11.継母到城
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城内に入ると、香鈴を迎えたのは美魅ではなくそこにいるはずのない人物だった。
[お帰りなさい、香・鈴・さん]
[第二妃……]
わざとらしいねっとりとした甘い声色。
そんな風に感じるのはとても失礼だと分かっていたが、幼い頃からの感情はなかなか隠すことは出来なかった。
[あら、そんな他人行儀で呼ばないで。麗艶でいいって言ってるでしょう?]
派手な化粧に煌びやかな着物、装飾品。どれもこの城から出て行くときに、麗艶が持ち出した香鈴の財産で買ったものだ。
そんな格好でよく堂々と門をくぐれたものだ。
[ここに、何の用だ?あなたは出入りを禁じたはずだ]
[ん〜……そんなに冷たくしなくてもいいじゃない。私は貴方のために婚約者を連れてきてあげたのよ]
[俺に婚約者はいない]
[あら、この子ったら何を言ってるのかしら。いるじゃない]
妖艶な身のこなしで麗艶は近付いてきた。
思わず後ずさったが、入り口は既に兵によって堅く閉ざされていた。ふわりときつい香の匂いが鼻を突く。
気持ち悪い。
[奔の第三王子が]
ぞわりと鳥肌が立つ。
[彼、明日には着くそうよ。うふふ、待ち遠しいわねぇ]
待ち遠しいのは麗艶だけだ。
[美魅や他の人は……?]
[少し休暇を与えて上げたのよ。冷たい牢の中でね]
どうりで見たことのない兵がいたわけだ。城内の警備兵は全て麗艶寄りの兵によって捕らえられているたのだろう。
身重の麻依は捕まらなかっただろうか。そんな冷えきった場所に入れられて、無事でいられるわけがない。麻依だけでなく、城には年をとった家臣もいるのだ。
[皆を解放しろ……]
[あら、私は優しいから休暇を与えてあげただけよ。それに……解放しろ?]
黒く塗られた爪が床を指した。
[どの口があたしに命令しているのかしら?]
ぐっと奥歯を噛み、冷たい床に膝を着くと赤く塗られた唇が歪んだ。
[解放して…下さい]
[あらぁ、一国のお姫様がこんな所にひざまづいてどうしたの?]
[ぐっ……]
肩の上に置かれた足は、容赦なく香鈴を踏みにじった。皮が破けてしまいそうだ。
[解放して下さい!!]
[……面白くないわ]
肩を下に蹴ると、香鈴の肩から足が避けられた。
[これを私の目に付かない所へやって]
やはり、何と言っても、麗艶は誰も牢から出すつもりはなかったのだ。
側にきた兵はまるで罪人のように香鈴の腕を掴んだ。
悔しい。ただ悔しかった。無力な自分が。
[どうして、こんなことをするんですか?私が……憎いから?美魅たちは関係ないじゃない!!]
両側の兵に引っ張られ、無理やり麗艶から離される。
[あら、何を言ってるのこの子ってば]
その顔に張り付けられた笑みが香鈴には恐ろしかった。
顎に麗艶の爪が引っかけられる。それは香鈴の白い肌に傷を付け、鋭い痛みを与えた。
[あんたが邪魔なのよ。私が幸せになる過程に置いてね。とっととどこかに消えて頂戴]
我欲を隠そうともしない濁った瞳。
[そうだわ、あなたの庭]
[っ!!]
[責任を持って私が全て管理してあげるわ。そうね、取り敢えずあの雑草を取り払おうかしら]
それを聞いた瞬間、目の前が赤く染まったのが分かった。
[私の庭に入るな!!一歩でも踏み入ったら、殺す!殺してやる!!]
[自分で植えた毒で死ぬなんて、過去にはとんだ馬鹿な君主もいたものね]
[……!!]
やはりあの五年前の事件は麗艶だったのだ。
第一后の死因が毒殺。それも自分が庭で育てていたものが使われたのだと知っているのはごく一部の者だけなのだ。勿論、そのごく一部の者に麗艶は含まれていない。
そして、幾度となく城内で交わされた噂――
《香鈴の母を毒殺したのは麗艶ではないか》
[親子揃って……うっとおしい]
有り難う御座いました




