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第三章

 第三章 「力と心」


 VANが全世界に向けて行う宣言を一週間後に控え、ダスクは本部へと戻って来ていた。

 部隊長たちの打ち合わせが大きな理由だ。一週間後の宣言により、世界は混乱に向かっていくだろう。その際、能力者の人口は増加するはずだ。

 VANが把握していない能力者が多数、名乗りを上げることになる。同時に、能力者を排除しようとする動きも大々的になるはずだ。

 世界各地に人員を派遣し、事態をより良い方向へ向かわせる。そのための人員配置の確認と、処理の打ち合わせが今回の主な議題だった。

 会議を終え、ダスクは通路の壁に背中を預けて大きく息を吐いた。

 時期尚早、という気がしないでもない。まだ世界各国にはVANに抵抗している者がいる。ROVがその良い例だ。能力者に対抗できるのは能力者だけ、と考えるなら敵対する者たちを全滅させてからの方が早いのではないだろうか。能力者でなくとも、VANの存在を知って対抗しようとしている者たちもいる。危険因子は全て消してからの方が世界の混乱も抑えられるのではないだろうか。

 だが、裏を返せば危険因子を排除するということはその分だけ同じ能力者たちを手にかけなければならない。相手が能力者なら、敵ではなく味方として出会いたい。

 加えて、時期尚早だと思いながらも、ついにここまで来たのだという期待感もある。今までは極力存在を悟られぬように動く必要があったが、VANが表舞台に出た後は堂々と行動できる。自分たちの居場所が確立され、周囲にも認識される。嬉しくないはずがなかった。

 会議室から出て行く者たちも、心なしか期待に満ちた表情をしている。彼らを見送って、ダスクも部下への報告へと向かおうと壁から背を離した。

「ダスク」

 不意に、声がかけられた。

「あなたは……!」

 相手を見つけて、ダスクは目を見張った。

 会議室では見かけることのない人物が立っている。無駄なく引き締まった身体に、やや厳つい顔立ちの男だ。くすんだ金髪を邪魔にならぬように切っている。どこか、アグニアに近い雰囲気を纏っている。とても四十代半ばとは思えない。

 ダスクは周囲を見回してから彼の下へ駆け寄った。

 男はダスクが近付いてくるのを確認して、近くの空き部屋の中へと入った。会議準備室、会議の終わった今は誰もいない部屋だ。

「いらしていたのですか?」

 部屋の中、二人きりになったのを見て、ダスクは尋ねた。自然と表情が引き締まる。

「あいつに頼まれたことがあってな」

 あいつ、とはアグニアのことだ。VANの中でアグニアの名を呼び捨てにしたり、あいつなどと呼べるのは彼ぐらいしかいない。

 第零特殊機動部隊隊長、ゼルフィード。

 彼の存在を知っているのは、特殊部隊の隊長クラスの者のみだ。組織の内偵を行うが故に、彼の存在はVANの中でも一握りの者しかいない。

「それで、俺に話ですか?」

 ダスクは問う。

「お前に単独任務だ」

 ゼルフィードの言葉に、ダスクは気を引き締める。彼から回される単独任務は極めて重要な案件である場合がほとんどだ。他の部隊にも秘密裏にこなさなければならない仕事もある。

「アキラをヒカルにぶつけろ」

 ダスクは目を見開いた。

 兄弟で戦わせろと言っているのだ。

「現状でのヒカルの危険性を計る。同時に、兄からの勧誘を試みて欲しい」

 ゼルフィードの言葉に、ダスクは息を呑んだ。

 アキラを使ってヒカルを勧誘し、拒否されたなら戦う。そういうことだ。

「危険性を計る、ですか?」

 殺せ、という指示ではないことに気付き、ダスクは問いを投げた。

「アキラはまだ実戦に立てる状態にはない。あれだけの力だ。部隊長クラスの覚悟は必要になる」

 ゼルフィードの言葉に、ダスクは静かに頷いた。

 力場破壊と、閃光型の力は強大だ。最終的な戦闘能力で言えば、アグニアにも匹敵するほどに成長する可能性がある。これだけの力を扱うのだから生半可な覚悟ではまずい。

「ヒカルとぶつけることで覚悟について真剣に考えさせろ」

 戦うために必要な覚悟は人それぞれ違う。性格が違うのだから当然だ。

 だが、具現力を用いて戦うのであれば、力を振るうために揺るがない意思が必要になる。

 同時に、実戦を経験させることで戦闘能力と意思を確認する。VANでは実力が全て立場へと繋がる要素になっている。もちろん、実力というのは単なる戦闘能力だけでなく、指揮能力や行動力、人格といったような、その人物が持つ全てが総合的に判断されるものだ。

「実行日は?」

 ダスクは尋ねた。

 恐らく、今すぐ、というわけではない。アキラの訓練期間はまだ数日残っている。現状でも、戦闘に関する訓練は一通り終了しているため、連れ出すのも不可能ではないが。

「宣言の後、翌日にここを発てばいい」

 ゼルフィードの言葉に、ダスクは小さく頷いた。了解した、という旨の言葉は不要だった。

 実行内容と開始日さえ聞けばゼルフィードとの会話は終了する。要点だけを明確に伝えるのが彼のやり方だ。

「ダスク」

 珍しくゼルフィードが、部屋を出ようと踵を返したダスクを呼び止めた。

「はい?」

 驚きながらも、ダスクは振り返った。

「もし、アキラがヒカルに勝てないようなら、どうする?」

 問いに、ダスクは考えを巡らせた。

 ダスクがヒカルに対し寛容なのはゼルフィードの耳にも届いているはずだ。今までにダスクが降格されていないのは、ヒカルの抹殺に対して否定的な意見を述べるだけで、それ以外はいつも通り任務をこなしているからだ。作戦が決定され、実行に移されてしまえば、指示が無い限りは手出ししない。

 ダスクを試しているのだろうか。

「アキラを連れて、撤退します」

 考えた末に出した結論がそれだった。

「理由は?」

 表情を変えず、ゼルフィードが問う。

「第一に、アキラを失うのは避けるべきだと考えます。第二に、指示が危険性を計るであって抹殺ではないこと。第三に、単独任務であるため、アキラの他に戦力が俺しかいないこと。以上の三点から、撤退すべきだと判断します」

 戦力として、アキラの力は惜しい。それに、指示はヒカルの危険性を計ることであって、ヒカルの抹殺ではない。これは、ヒカルを必ずしも殺す必要はない、ということに他ならない。

 また、ダスクの単独任務ということは、ヒカルの前に立つのはダスク自身とアキラだけだ。部下を連れて行くとしても一人か二人が限度だろう。人数が少ないのだ。

 現時点で、ヒカルは親友のシュウと元VANの人間だったシェルリアを味方につけている。二人とも厄介な相手だ。シュウの力もまともに戦えば厄介な相手だが、シェルリアの存在も大きい。彼女は第二特殊特務部隊の出身だ。部隊長ではないが、通常部隊の隊長クラスの実力は備えている。特務部隊にいただけあって、VANの内情や行動にもそれなりに精通しているはずだ。

 アキラとヒカルが一対一で戦ったとして、勝てなかった場合、ダスクが加勢すればシュウやシェルリアも戦闘に参加するだろう。そうなった時、不利になるのはダスクの方だ。二対三、三対三に持ち込んだとしても、勝てるかどうか推測するのも難しい。

「悪くない答えだ。だが、お前がヒカルを殺したくない、というのは理由に含まれないのか?」

 ゼルフィードの表情は変わらない。

 ダスクを試しているのかすら判断させぬ無表情を貫いている。挑発や探りではなく、単なる問いとしか思えない。

「ゼロと言えば嘘になりますが、そうでなくても撤退を選択すると思います」

「ほう、何故だ?」

「俺は仲間と自身の安全を優先します」

 ゼルフィードの問いに、ダスクはきっぱりと言い切った。

 少しでも危険な要素があるのなら、身の安全を優先して動く。仲間だけでなく、自分の身も。それは、仲間を指揮している人物こそダスクだからだ。自分の力と仲間の力、戦略で突破できる可能性が高いなら戦う選択肢を取るだろう。だが、全滅の可能性や、仲間への負担と危険性が高い場合は別だ。

 ダスクは部下の命を預かる立場にある。たとえ敵を生かす結果になっても、自分たちの戦力も減らさない。指揮官が真っ先に死ぬようでは隊長として失格だ。

「それでいい。今までの部隊長はそこで失敗している」

 ゼルフィードが言った。

 確かに、今までヒカルに差し向けた部隊の隊長はヒカルによって殺されている。

 強行策に走った者は撤退という選択はできない。ROVとヒカルを同時に相手にして返り討ちにあったのなら撤退する暇も無かっただろう。アキラをVANへと向かわせるために撤退できなかった者もいた。

 全て、VANの戦力低下という結果を生み出している。

「だから俺に、ということですか?」

 慎重派であるダスクなら、脱出ルートは確保して戦う。誰から文句を言われようが、危険と感じたら迷わずに撤退を選ぶ潔さもある。無益な争いを避けたり、仲間の死を見たくないという心理も影響しているが。

「まぁ、そういうことだ。細かい部分はお前に任せる」

 ゼルフィードはそう言って歩き出した。ダスクの肩を軽く叩いてすれ違う。

 ダスクはそのままゼルフィードを見送ってから部屋を出た。

 今ならアキラはトレーニングルーム辺りにいるだろう。一度会って話をしておくべきだ。

 小さく息をつき、通路を歩き出す。

 ヒカルと同じ力を持つのなら、現時点で勝てる見込みは五分といったところだろうか。問題は、アキラにヒカルが殺せるか、というところだろう。戦闘能力で勝ったとしても、殺すだけの覚悟があるか、意思があるか。ゼルフィードはその部分を見極めろと言ったのかもしれない。

 トレーニングルーム前の休憩室には何人か休憩を取っている者がいた

「ダスク様?」

 先端を茶色に染めた長めの金髪と、微妙に日焼け気味の白い肌を持つ少女が声を掛けてきた。

「リゼもいたのか」

 リゼ・アルフィサス。ダスクの部下であり、副官でもある存在だ。

「ええ、様子を見に」

「様子?」

 リゼの言葉にダスクは問いを返した。

 アキラが来てから、トレーニングルームは貸切のような状態だ。当初はアグニア本人の訓練ということで見物する者もいたようだが、今では一人で訓練していると聞いている。

「模擬戦をしているんです」

 彼女の言葉で納得がいった。

 実戦ではないが、模擬戦は良い訓練になる。特に、対能力者戦闘に関しては実際に手合わせするのが一番だ。相手によって具現力は違う。対応すべき戦術も異なってくる。

「現状はどうなってる?」

「部隊長が数人、負けてます」

 リゼの返答にダスクは一瞬、耳を疑った。

 能力者の中で最強と言われているアグニアから訓練を受けたとはいえ、たったの数週間でそれだけの力がつくものだろうか。やはり、具現力のポテンシャルだろう。

 彼女によれば、第三突撃部隊、第二機動部隊、第四・第五特務部隊の長が模擬戦で負けているとのことだ。上位部隊の隊長クラスよりもアキラの戦闘能力は上になっているらしい。

「次は誰が行くんだ?」

 部屋の中を見回して、一人の男が声を上げた。

「なら、俺が行こう」

 言って、ダスクは上着を脱いだ。

「ダスク様……?」

 リゼに上着を預け、ダスクはトレーニングルームのドアに手を伸ばす。

 周囲の者達はダスクの登場に驚いているようだった。もっとも、いきなり特殊部隊の隊長が現れたとなれば驚きもするだろうが。

「次の相手はあんたが?」

 部屋の中に入ると、アキラが声を掛けてきた。服装はシャツにジーンズと、動きやすいラフなものだ。

「ああ。ダスクだ」

「所属は?」

「第一特殊機動部隊、隊長」

 ダスクの言葉にアキラは少し驚いたようだった。

「手加減はするなよ。本気で来い」

 言い、ダスクは右足を一歩分だけ後ろへ引いた。アキラに対し、身体を四十五度ほど逸らすようにして立つ。

 アキラが駆け出した。一瞬で防護膜を纏い、ダスクへと突撃してくる。ダスク自身も暗い紫色の防護膜に身を包み、アキラの動きを見極める。

 突き出された拳を身体を半身にしてかわし、振り払われた腕を後退して避けた。着地の瞬間に、アキラが光弾を三発放つ。ダスクは横へと転がるように攻撃をかわした。

 ダスクは右手をアキラへ伸ばした。アキラを力場で包み、彼に真正面から重力を叩き付ける。

「っ!」

 吹き飛ばされ、アキラが壁に背中を打ち付けた。受身を取ったようで、ダメージはほとんどないようだ。

「風、じゃないな。重力か?」

「重力制御が俺の力だ」

 アキラの言葉に、ダスクは告げた。

 力場内部の重力を掌握し、自在に操るのがダスクが持つ具現力の特性だ。力場を境に重力の効果は消えるが、慣性は残る。力場の内部で相手に重力を叩き付ければ、力場外部に飛び出した場合でも慣性に従って吹き飛ばすことが可能だ。

「本気で、良いんだったよな?」

 アキラの表情が引き締まる。

 朱い光弾をばら撒くアキラを見据え、ダスクは出方を窺った。

 向かってくる光弾を最小限の動作でかわし、接近してくるアキラへ手を伸ばす。力場を発生させ、その内部にアキラが侵入した瞬間に横合いから重力を叩き付ける。

 吹き飛ばされたアキラの周囲に力場を張る。追撃をかけようとしたところで、アキラが腕を振るった。

 白い光弾が放たれ、ダスクの力場が破壊される。

(使い分けはできているのか)

 さして驚くこともなく、ダスクは着地するアキラを見つめていた。

 単純な攻撃エネルギーと力場破壊の力をアキラは使い分けることができるようだ。アグニアから訓練を受けていたことを考えれば当然といえば当然だが。

 恐らく、今までの模擬戦でも力場破壊が決め手になっていたのだろう。具現力に対して絶対の防御力を誇る力を、誰も突破できなかったに違いない。ヒカルを排除できずにいる要因の一つには間違いなく力場破壊の力が関係しているはずだ。

 アキラは光弾をばら撒き、意のままに操る。部屋中を跳ね回る光弾の動きに注意しながら、接近してくるアキラに対してダスクを意識を向ける。

 力場破壊能力が使えるということは、迂闊に力場を張るのは避けるべきだ。力場を無効化できるなら、ダスクの重力制御でアキラに攻撃を加えるのは難しい。ダスクの力は力場内部の重力しか制御できないのだ。重力を働かせる前に力場を破られては効果を発揮できない。

 ここは力場を使っての攻撃ではなく、肉弾戦で対応すべきだろう。

 お互いに手の内を探っているような状況だった。

 繰り出されたアキラの拳を腕で弾き、追撃の蹴りを後退してかわす。横合いからぶつかってくる光弾を屈んでかわし、下方から蹴りを放った。アキラは後退して攻撃をかわし、光弾を四発連射する。ダスクはアキラを中心に弧を描くように走り、光弾をかわしながら距離を縮めていく。

 光弾には時折、白い輝きを帯びているものが混じっていた。通常の攻撃に力場破壊を付加したものをいくつか混ぜて放っているようだ。攻撃を相殺しようとすれば、力場破壊が付与された光弾が力場を突き破るようにしている。

 少しずつ、ダスクはアキラの力量を見極めていた。

 アキラの攻撃頻度が増していく。針のようにエネルギーを細く絞り込み、無数にばら撒いてダスクへと放つ。ダスクは掌の上に重力球を生じさせ、それを引き伸ばして盾にした。

 力場破壊を付与された針が重力の盾を消し去る。

 だが、盾が消えた時、その場所にダスクはいなかった。大きく跳躍し、部屋の天井に背中をつけるぐらいの勢いでアキラを飛び越え、背後に回る。

 着地と同時に上体を沈め、左足を軸にして右足で円を描くように背後のアキラへ足払いを仕掛けた。軽く跳んでかわしたアキラが空中からダスクへと蹴りを放つ。ダスクは右手で足を受け止め、掴んで引き寄せながら左腕で肘打ちを繰り出す。アキラはそれを掌で受け止め、身体を回転させてもう一方の足で踵落としを仕掛けた。

 掴んでいた足を放し、ダスクは一気に後退する。

「慎重なんだな……?」

 アキラは驚いているようだった。

「迂闊じゃないだけだ」

 一言だけ答え、ダスクはアキラの出方を窺う。

「戦いにくいか?」

 ダスクの問いに、アキラは苦笑した。

 図星のようだ。

 確かに、今までアキラが相手にしてきた者よりはダスクの方が戦い難いだろう。部隊としてのランクは実力に直結している。同じ能力者でも、より高い位置に配属された者の方が実力は上だ。

「まだ、本気じゃないんだろ?」

 アキラの口元に笑みが浮かぶ。

 防護膜が厚みを増し、アキラが床を蹴った。

 身体能力を強化し、アキラはダスクとの距離を詰めていく。回し蹴りを左腕で受け止め、右へと受け流す。アキラは速度を落とさずに身体を捻り、肘打ちを繰り出した。右手で受け止め、左足を軸に右足で回し蹴りを放つ。踵を空いている手で受け止めたアキラを、ダスクの力場が包み込む。

 アキラが反応するよりも早く、ダスクは力を発動した。

 蹴りを受け止めて硬直したアキラに重力をかける。突き飛ばすように強烈な重力を発生させ、アキラを弾き飛ばした。着地したアキラが無動作で光弾をばら撒く。

(密度が高い……)

 瞬間的に、アキラの攻撃に判断を下す。

 普通に回避するのは無理だ。弾幕の密度が高過ぎる。回避行動を想定した位置へ光弾が向けられていた。

 恐らく、アキラは気付いていないだろう。その攻撃が相手を殺すために十分なものであることに。

 ダスクは駆けた。

 自らの防護膜を力場とし、自分自身にかかる重力をゼロにする。同時に地面を蹴り、大きく加速。瞬間的に天井まで跳び、身体の上下を入れ替えて天井を蹴飛ばす。両手で着地し、前転をするように勢いの向きを変え、床すれすれを高速で移動する。

 アキラが驚愕に目を見張った。だが、それも一瞬のことだ。すぐさま光弾をばら撒き、壁際まで後退する。

 ダスクは自分の身体に横合いから重力をかけ、光弾をかわした。それでも回避しきれない攻撃を、床から天井まで跳んでかわす。そのまま空中で強引にベクトルの向きを変更、アキラへと一直線に蹴りを向けた。

 アキラは横に転がるようにしてかわす。ダスクは壁に足が接触すると同時に膝を曲げ、そのまま壁に着地した。アキラの拳を壁を蹴って回り込むようにかわす。重力の向きを変え、天井に着地すると真上からアキラに突撃する。

 アキラの腕が拳を払い、重力をゼロにしたダスクの身体は払われた手に引き寄せられるようにアキラの隣へと流れていく。繰り出した蹴りを受け止めたダスクはアキラの攻撃の勢いのまま遠ざかった。

 重力方向を調整し、床に着地、ダスクは真っ直ぐにアキラを見据えた。

(……違う)

 ダスクは心の中で呟いた。

 アキラの瞳にはまだ戦う意思がある。やる気も感じられる。

 だが、何かが違う。

(――ヒカルとは、違う……)

 これは模擬戦であって、殺し合いではない。だが、アキラはダスクに対して相手を殺しかねない攻撃を放っている。意識していなかったのだろうが、僅かながら殺気はあった。

 ダスクは床を蹴った。

 小さく息を吸い込み、アキラとの距離を詰める。

 突き出された拳を払おうと、アキラが腕を振るう。だが、ダスクの腕は速度をそのままに攻撃地点を変えた。腕にだけ重力操作をかけ、強引に位置を変えての攻撃だ。アキラの膝が跳ね上がり、ダスクの拳を打ち上げるように弾いた。

 打ち上げられた拳に引っ張られるようにダスクの上体が反り、右足が跳ね上がる。アキラはダスクに向かって左へと身を投げ出した。ダスクは自分の身体にかかる重力を調整し、蹴りの動作を止める。その浮いた体勢から右足を軸に身体を捻り、左足で回し蹴りを放つ。アキラの左脇腹にダスクの踵が真上から叩き付けられた。

「ぐ――っ!」

 アキラの身体が床に打ち付けられ、バウンドする。

 跳ね上がったアキラにダスクが拳を突き出した。アキラは拳を受け止め、わざと弾き飛ばされて距離を取った。着地したアキラは直ぐに床を蹴り、ダスクへと急接近する。

 突き出された拳、その渾身の一撃をダスクは左手で受け止めた。身体の軸をアキラに対して少しだけずらし、力に逆らわず、右手方向へと回転させる。無重力状態のダスクに、思い切り加速して繰り出された渾身の一撃。加えられたベクトルは凄まじく、無重力のダスクはその力を回転による遠心力で更に加速させる。アキラの攻撃力を倍加させ、彼自身へと返す。

 遠心力で加速させたダスクの裏拳が、アキラの頬に決まった。

 大きく吹き飛んで、アキラが床に倒れる。

「続けるか?」

 身を起こしたアキラに、ダスクは声をかけた。

 口の端を切ったのか、赤い筋がアキラの口元から伸びる。それを手の甲で拭ったアキラが、ダスクを見上げた。

「……いや、もういい」

 アキラは大きく息を吐いた。

 どうやら今のアキラではダスクに勝てないと悟ったらしい。

 首筋に汗が浮き出ている。連戦していたのなら疲労していても当然といえば当然か。

 ダスクは小さく息をつき、力を閉ざした。対するダスクはほとんど汗をかいていない。模擬戦ということで、本気で戦っていないということもある。実戦経験もかなり積んでいるのだ。アキラに比べれば疲労もほとんどない。

「何で、力場をほとんど使わなかったんだ?」

 アキラが問う。

 相手が力場破壊の力を持っているからといって、具現力が全て無効化されるわけではない。不意を突き、力場破壊の力を使わせなければ攻撃は通るのだ。絶対的な防御力を誇る力ではあるが、力場破壊もまた、一つの具現力に過ぎない。力を発揮し、相手の力場を破壊しなければ意味がないのだ。

 力場を多用することが無駄というわけではない。注意を引いたり、牽制に使うことはできる。防がれることを前提にすれば、防御せざるを得ない場所に攻撃を放ち、牽制することはできるのだから。

「模擬戦だからな」

「手加減か?」

 ダスクの返答に、アキラが言う。

「いや……まぁ、そう取ることもできるか」

 溜め息をつく。

 ダスクの力、重力制御は攻撃力が高過ぎる。力の密度を高めれば、力場の内部だけとはいえブラック・ホールが作り出せるのだ。閃光型の力と同様、一撃一撃が致命傷を与えられるだけの破壊力を持っている。

 模擬戦では相手を殺してしまうわけにはいかない。もちろん、具現力に頼って力場を多用すればアキラの力で足元を掬われる可能性もある。故に、ダスクは力場を多用しなかった。

 手加減と見られても仕方がない。

 だが、重力による攻撃をしなかったという点以外で手加減はしていなかった。

 ゼロ・ジー。防護膜の本質が力場と同じであるために可能な、重力制御能力の奥義。能力者自身にかかる重力の影響を全て遮断し、意のままに空間を移動する技術である。

 これはダスクの奥の手だ。

 通常の力場による戦闘で勝敗が決まらず、苦戦を強いられる場合にのみダスクはこの技を使用する。単なる無重力状態にするのではなく、任意の方向に重力を発生させることができるのだ。

 空間を移動する力は格段に上昇し、速度も自在に変化させることができる。反動も衝撃も受け流し、逆に利用することも可能だ。

 これと併用して重力制御を用いれば戦術の幅はかなり広がる。

 防護膜と力場が本質的に同じものだとはいえ、力場破壊能力でも防護膜は破壊が困難を極めるはずだ。能力者を能力者たらしめる防護膜を破壊するということは、相手の力を奪うも同然だ。並の精神力でできることではないだろう。それこそ、命を削るほどの力を引き出さない限りは。

「特殊部隊、やっぱり強いんだな……」

 アキラが呟いた。

 特殊部隊はVANの中でも数えるほどしかない。隊長に選抜された者たちの力は、通常部隊の隊長を遥かに凌ぐ。

「リゼとも戦ってみるか?」

「リゼ?」

 ダスクの呟きに、アキラが反応した。

「俺の片腕と言ってもいい。副官だ」

「実力は?」

「上位部隊長クラスはあるな」

 少しだけ笑みを浮かべ、ダスクは答えた。

 リゼの実力はかなりのものだ。部隊長にならないかと勧誘されたこともあったが、彼女はダスクの副官であり続けている。ダスクにとっても彼女は自慢の部下であり、パートナーだ。

「……ダスクの上には、何人いるんだ?」

 少し考えた様子で、アキラが問う。

「立場だけで言うなら、表向きは二人だ」

 やや声を落とし、ダスクは告げた。後半はアキラにしか聞こえないように。

「第一特撃部隊長、第零特撃部隊長、この二人だ」

 第一、第零、二つの特殊突撃部隊長が立場上、ダスクより上の人物ということになる。だが、実際は四人だ。第一特殊突撃部隊長の上には第零特殊特務部隊長があり、その上に第零特殊機動部隊長つまりゼルフィードがいる。ゼルフィードの上に位置しているのが第零特殊突撃部隊長だ。

 第零特殊突撃部隊長、シェイドだけが存在を公に知られている。第零特殊機動部隊長と第零特殊特務部隊長の存在は公にされておらず、特殊部隊以上の地位が無ければその存在を知ることはできない。

 シェイドだけはアグニアが拾い、直に鍛え上げた次期総帥候補としてVANの内部で公表された。恐らく、実力はダスクよりも上だ。VANの中でも、アグニアに最も近い戦闘力を有する人物と噂されている。

 アキラもアグニアからVANの説明などを受けているが、第零特殊部隊については明かさない方がいいだろう。もし、第零特殊部隊について話を聞いているのなら、ダスクより上にいるのが二人ではなく四人だと気付いているはずだ。

「実力的には俺、どのくらいだと思う?」

「そうだな……第一突撃部隊長か、その一つ上ぐらいだろうな」

 顎に手を当てて思案しながら、ダスクは答えた。

 それでも、アキラの実力は相当なものだ。実戦で経験を積めば特殊部隊の隊長クラスの実力はつくだろう。指揮能力の高さにもよるが。

 ダスクは少しだけ目を細め、アキラを見つめた。

「具現力ってのも万能じゃないんだな」

「何でもできるなら、今頃この世界は能力者だけになってるだろうな」

 アキラの呟きに、ダスクは言った。

 具現力は特性の幅が広い。応用が利く者もいればそうでない者もいる。何でもできる力というのは今のところ存在しない。近い能力があったとしても、少なからずデメリットがあるものだ。

 具現力が万能なもので、何でもできるのであれば、とっくにこの世界は能力者のものになっていただろう。能力者の多くは虐げられてきたのだ。万能だったならVANという組織の必要性もない。

「なぁ、VANの中で光の名前を良く聞くんだけど、これって……」

 少し俯いて、アキラは問う。

 ヒカルはVANの中でも有名だ。ROVと並ぶほど、名前が知られている。ヒカルの実兄というだけでも、アキラは注目するに十分な存在なのだ。

「それだけ、ヒカルが危険視されているんだ」

 ダスクは言った。

 事実だけを考えれば、ヒカルは第二特殊特務部隊の隊長を打ち倒している。オーバー・ロードを使ったかどうかはダスクには判らない。ただ、オーバー・ロードを使ったからといって、ヒカルとアキラが同等の力を持っているかと言えばそうではない。オーバー・ロードをするだけの覚悟があるヒカルの方が実力は上と判断すべきだろう。

「……後で話しがある。時間が空いたら俺のところに来てくれ。明日でもいい」

 そう言って、ダスクはアキラに背を向けた。

「ここじゃ駄目なのか?」

「ああ。詳しいことはその時に話す」

 アキラの問いに答え、ダスクは歩き出した。

 単独任務の話は人の多い場所ですべきではない。また時間がある時、周囲の目がない場所で話した方がいいだろう。内容が内容でもある。落ち着いて話せる時に打ち明けた方がいい。

 ドアを開け、休憩室に戻る。

「ダスク様」

 リゼがダスクに上着を差し出した。受け取って着込みながら、ダスクは休憩室を出る。

「リゼ」

「はい」

 通路を歩きながら、ダスクは隣にいるリゼに声をかけた。

「……どう思う?」

 ダスクの問いに、リゼは考えているようだった。視線を床に落とし、暫くしてダスクに向ける。

「訓練だから、かもしれませんが……」

 一度だけ言い淀み、リゼは言葉を続けた。

「ヒカルの方が脅威に思えます」

 リゼの言葉に、ダスクは小さく頷いた。

「やはり、違うか」

 ダスクの言いたいことを察したのか、リゼも頷いている。

 実戦でないため、相手を殺してはいけない。だが、戦う時の心構えは変わらないものだ。向かい合った時、実戦と同じ心構えを持っていれば殺気は感じる。目つきも相応に真剣なものになる。

 しかし、アキラから殺気は感じなかった。表情は真剣なものではあったが、それは単に自分の力がどれだけのものなのかを知りたいという意思に近い。

 ただ、実戦も経験していないアキラでは当然なのかもしれない。

 実際にヒカルが戦っている場面を見たことがあるのは、ダスクとリゼぐらいだろう。ヒカルと接触した者のほとんどが彼によって抹殺されているのだ。

 戦っている時のヒカルは、常に必死だった。相手の命を奪うことにも心の整理をつけ、覚悟を決めている。いかなる状況でも意志を貫き、そのために戦い続けている。

「眼が、違うように思います」

 リゼが言う。

 どれだけ自分が不利になろうとも、ヒカルたちは諦めるということをしない。ヒカルも、その親友であるシュウも、内に秘めた覚悟はとてつもなく大きなものに違いない。

 しかし、アキラには、まだ同じだけの覚悟がない。それが眼つきに現れているのだろう。

 覚醒した状況から既に違っている。同じ考えを持つには至らないのだ。

「少し、危険だな……」

 ダスクは呟いた。

 アキラ自身、気付かぬうちにダスクを殺す可能性があった。ダスクならかわせると思ったのだろうか。確かに、ダスクはアキラの弾幕をかわすことができた。しかし、同じ攻撃に晒された時、ダスクのようにかわせるものがどれだけいるだろうか。

 命中の寸前に力場を消すつもりだったのかもしれないが。

「何かあったんですか?」

 考え込むようなダスクの様子に、リゼが問う。

「……アキラを、ヒカルにぶつけろという指示が出た」

 少し考えて、ダスクは告げた。もちろん、声を落として。

 リゼは驚いたようだった。

 恐らく、彼女はダスクの一番の理解者だ。ダスクがヒカルに対して寛容なことに、リゼは不満を言わない。部下たちはダスクの性格を知っているから、苦笑したり、「隊長らしい」と言う者がほとんどだ。

 ヒカルのことで相談できるのはリゼぐらいだった。

「このまま、というのは不安ですね」

 リゼの言葉に、ダスクは頷く。

 アキラがVANに来たという時点で、ヒカルとは敵対関係にある。アキラがVANに賛同する限り、いずれはヒカルと対峙することになる。

 アキラとヒカルが対峙した時、どうなるのだろうか。

 VANが表舞台に現れるまであと一週間だ。

 ヒカルに対して敵意を抱いていないダスクには複雑な気分だ。ダスクの意に反して、VANはヒカルへと攻撃を続けてきた。その結果、アキラという貴重な戦力を得ることはできた。

 ダスクは素直に喜ぶことはできなかった。どうしても、不安が拭い去れない。

 もう、流れは止められないのだろう。

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