尊敬する上司からなら、無茶な命令も頑張れるのです
※残酷な描写があります。
「お、おぉん……?」
間抜けな声が出ました。私——リラ——は、運ばれてきた患者さんを見て、口を大きく開けてしまいました。だって、だって!こんなにも負傷兵が来るとは思わなかったから。
「ほら!リラ上等衛生兵!ボーッとしないで、定位置について」
「は、はい!了解いたしました」
言葉を失いすぎて、先輩に怒られてしまった。しかし、先輩はすごいなぁ。下っ端の私と違って……
ユーリア軍曹衛生兵殿。仕事ができて、優しい。時には怒ってくれる。なんて良い上司なのでしょう!ユーリア先輩、しびれます。
まあ、まずは仕事です。
「痛い、痛い!ダメだ。母さんに親孝行ができない!嗚呼!」
「……大丈夫です。安静にしてくださいね」
この患者の火傷は治すことはできる。けど、本当にあの時は……酷かったです。それでもあの時と比べると私も成長したと思う。
母親が看護婦だったということだけで衛生兵に徴兵された身としては少し、誇ってもいいですか?
母親といえば……故郷にいる幼馴染のリオンは大丈夫かな。私みたいに徴兵されたのかな。……徴兵が1番確率が高そう。
私は頑張って手を動かします。それと時折、変態野郎を排除しました。私、凄い。
「リラ、リラ!」
「え、あ、何でしょうか?」
おっと。呼び出しです。ユーリア先輩、私頑張りました。だから……休みが欲しい。無理ですけど。
「私……本部に伺うことになってしまって。悪いけど、私の代わりをやってくれるかな?あり得ないことは分かるんだけど……」
ええ、もちろん。あり得ません。歩兵では、ですが私の階級は上等兵です。任せるとしたら伍長の方が適任です。何故?
私の気持ちを汲み取ったのか、私の顔が不満気だったのか。ユーリア先輩は、補足してくれました。
「一応、ていうか。リラは、私を抜くと1番経験があるよね?だからお願いしようかなと」
「……むぅ」
成程。この国では、徴兵される年齢は16歳と決まっています。
ただ、衛生兵は例外でして。どの国もそうだと思うんですが、衛生兵は人材が足りないのです。ですから、徴兵年齢は13歳となっています。
「ごめん、もう行かなくては。……なんかあったら、カルト伍長衛生兵に聞いてね!」
13歳の衛生兵は例外がありませんでした。が、例ができたのです。私が……私が、可哀想な13歳衛生兵だったものです。今は、16歳ですが。……泣きそう。
「はっ!お任せください!」
尊敬する上司からなら、無茶な命令も頑張れるのです。拳でも上げて、気分を上げ上げしようと。
っていうか、早く行かないと!
私は若干いそいそと、ユーリア先輩が本来いる位置に移動し始めました。
周りの方々によると、私は猛スピードで、走って行ったそうです。私、そんなにスピードは出していませんよ?
テントの前まで行くと、負傷兵さんがたくさん並んでいました。私のところのテントと比べると、人は多いですね。まあ、理由は分かります。
「お?リラさんじゃないですか」
「カルト伍長衛生兵殿!」
うーん。カルトめ。後輩のくせに伍長だなんて。
「ユーリア軍曹衛生兵殿がいなくて寂しい?」
「俺?うん、とてもとても寂しいよ」
おー。色んな意味で怖い。
「それより、そっちをお願い」
「了解いたしましたぁ」
一応、上官としての敬意は払っていますから、感謝してほしい。
遠くには大砲の音。近くには薬の匂いがします。衛生兵を長らくやっていますが、これが日常。戦争の悲惨さを初めて知った時。今を後悔することになりたくないのですが。
「う、うう」
「もう少しです。——はい、終わりました」
只今、負傷兵さんの腕に薬をつけることに成功。この薬は、塗るととても痛いのです。まあガーゼをつけると、痛みは引くのですが。火傷が酷くなくてよかったです。
全体的に軽傷が多いな。よし、どんどん来い!
「——ありがとうございます。そういえば、ユーリア軍曹衛生兵殿はどちらに?」
「ユーリア軍曹衛生兵殿は、只今本部にいます。私が代理です」
薬をつけてからけろりと元気になった少年負傷兵さんは、私の痛いところを突きました。
多分だけど「えー。こんな子が代理?」「ユーリア軍曹衛生兵殿がよかったなぁ」とか言うんでしょうね!
口調が丁寧なことは褒めて差し上げましょう。
私は眉を顰める。ていうか、時間も時間なんですけど。流石に次の人に行かないと終わる気がしません。
「……あの」
「ユーリア軍曹衛生兵殿も凄いですけど、えっと」
「……リラ上等衛生兵であります」
何が言いたいのでしょうか。けどの続きが気になります。
「リラ上等衛生兵殿も凄いですね。ガーゼの貼り方なんて綺麗で、びっくりしちゃいました」
まさかの褒め?!
……本心じゃないやろ。
「すみません。チラッと見たんですけど、治療している時のリラ上等衛生兵殿の顔が真剣で。だから僕も頑張ろという気持ちになれて。……い、言いたいこと、分かんないですよね」
ううん、伝わるよ。
そっかぁ。褒めて貰えると、すごく嬉しい気分になれるんだ。……知らなかったな。
もっと、話してみた……
と、その時。
パンパンパッ
「げっ……!」
そこには
「げ、じゃない!リラさん。早くして、ほら!」
手を叩いたカルト伍長衛生兵がいました。
「ふぅ……。軽傷だからどんどん、回して」
「了解いたしました……」
ユーリア先輩以来、もっと話したいと思える人に会えた気がします。
「……」
「す、すみません。失礼しました」
ユーリア先輩。私は貴女よりガーゼを貼ることが上手なのですか?
それとも先輩は、不器用だから?
何故なの?モヤモヤする。
「……変な悩み」
そういう時は、仕事をすると良い。仕事をしていると悩み事が消えるからです。
そう思っても。懸念が消えない気がしたのです。
考え事をしていたのか。私は、彼が最後に言った言葉が聞こえませんでした。
「——ユーリア軍曹衛生兵殿は何故か僕を、一瞬睨むんです。声は優しいのに」
「終わったーー!!」
治療が終わりました!私はこの開放感が大好きです!
目をこすりながら、眠気と戦っていた甲斐がありました。
はたと、隣を見ると。
「リラさんが、もう少し速く治療すれば、もっと……」
カルト伍長衛生兵がげっそりしていました。
ここは一つ、言ってやりましょう。
「くそカルト伍長衛生兵殿。あれは有意義な時間でした。」
「ふむ。リラさんが、俺のことをどう思っているかは知らないけど、上官への敬意が足りないね」
ええー。「くそ」は小さく呟いたはずなのになぁ。聞こえたか。くそっ。
「ま、それよりですよ。ユーリア軍曹衛生兵殿はまだでしょうか」
「あ、確かに。時間が結構、経っているもんね」
ええ、本当に。時間的にアレですし。
「じゃあ、俺が迎えに行こうかな」
「あ、じゃあ。お願いします」
「……あの、こっちに行けばいいの?」
……え。道、分かんないのですか。うーわ。
「……やあ」
「ユーリア軍曹衛生兵殿!」
噂をすれば、でしょうか。やっと帰ってきた先輩。
「どうでしたか?」
ごめんなさい。ちょっとソワソワしていて落ち着きがないかも。
「……私の、私の友人が。ひっく。す、スパイ疑惑で銃殺の刑に、なって」
え。先輩が泣いている。あのユーリア先輩が?
確信はないけど、先輩が言う友人は友人じゃないと思う。……彼氏だ。顔がそう語っている。
「……ご友人殿の出身地は、国外、ですか?」
カルトが言う。その可能性が大だろう。例え、同盟国であっても。
先輩は何も言わない。それが答えなんだ。
「ご愁傷様、です」
……本当にごめんなさい、先輩。これしか私は、言えないのです。優しいユーリア先輩は、きっと許してくれるでしょう。
「ごめんね、な、情けない姿を見せちゃって。わかっているつもり、だったのになあ」
私が情けないのです、先輩。未来に、先輩の優しさに甘えている自分がいる気がするんです。今も。
「さあ、もう夜遅いから、寝ましょう。まだ戦争が酷くないうちに、さ……」
——これが戦争なのですね。衛生兵、4年目。まだまだ未熟な者でした。
やがて、一人の外国人が銃殺されたという話を耳にするようになりました。先輩は無理をして笑っています。その笑みが、またこの空気を冷たくしていきます。カルトとは、あれから軽口は言えなくて。
でもしょうがないです。友人が、突然死んだらどうなるんだろう。悲しい、で済むのかな。
ぽわん、と。脳裏に浮かんできた。幼馴染のリオン。優しくて、人見知りで。——素敵な女の子だった。3年間、会えていないけど、顔を覚えています。好きなのもわかる。ま、今とは違うかもしれないけどね。
「——しかし、おっかないなぁ」
「マイク一等衛生兵殿、どうしましたか?」
後輩が、会話をしていますね。ちょっと、内容が気になる。
「それが、出身地が国外の軍人を全員はいじょ」
「それ以上は言わないで!!」
ゆ、ユーリア先輩……。怖いのかな、微かに身体が震えている。マイクよ。君、最低。
「も、申し訳ありません」
「ううん、こっちも急に怒鳴ってごめん、ね」
怖い。先輩は優しい。けど、いつか先輩が壊れそうな気がして堪らなかった。——嫌な予感が、します。
命令でした。外国出身者は、排除せよ。ただし、歩兵のみを。
その命令の宛先は、我々衛生兵でした。信じられないです。人を助ける衛生兵が、人を拘束するですと?
この命令は、あの数日後に詳しく知りました。どうやらマイク一等衛生兵の友人に情報部がいるそうです。なんか羨ましい。
ユーリア先輩のご友人がスパイ疑惑で亡くなってから、お偉いさん達は緊張感ができたのでしょうか。個人的には、同盟国とも下手したら戦争が起こりうるかもしれない、ということにしか思えないのです。もっと、見るべきことがあるのに。
「さて、君の故郷はどこかな?ここ?それともあちら?」
「ゆ、許してくだ、あ、っんぎゅ!!?」
「バイバイ〜」
戦場だった。いつものとは、違う。目の前に起こっている状況は現実?
ユーリア先輩が楽しそうに鬼ごっこをしていることが?笑いながらもやっていることが?
「あれ?君たちはやらないの?命令ですよ」
「あ、あ……そ、の」
こっちを振り返った先輩は、私達衛生兵に話しかける。綺麗な頬には赤いものが付いていました。
「ふふ、あははは!」
……ここ最近、いつも違うと思っていた。やっぱり……。
「ユーリア軍曹衛生兵殿!その、あの」
上手く言えない。言葉が詰まる。私はどうすればいいんですか?命令は命令です。軍人である以上命令には従わないといけません。
「ん?どうしたの?」
「……あ、」
彼がいました。私をあの時、褒めてくれた少年が。先輩の手の中に。
「あ、この子?この子は外国からの亡命者なんだって。でも暴れちゃって。だからやっておいたよ!」
恐る恐る触れた彼の手は、冷たくて。初めて、ちゃんと見た彼の顔は、青くて。
私は
私は
ユーリア先輩を
無意識に
——殴ってしまいました。
「お?リラ。貴女がやったことは命令違反と上官への反抗、になるよ?」
「り、了解しています」
私、今何を先輩にしたの?尊敬する先輩に?
手が震える。身体が、すうっと冷たくなっていく感覚になる。
そして、周りの後輩達が一斉に私を見る。みんな泣きそうな目だった。
カルトは、愕然とした顔だった。
「そもそも、リラはなぜこの子を庇うの?名前も知らない少年だよ」
「ユーリア軍曹衛生兵殿から代役を務めたときに、患者として……」
そうです。そして、少し話しました。
「そっか——残念だったなぁ」
「ざ、んねん?」
なに、を言って……
「毒を塗っていたのに。リラが薬をつけたのね」
へ?
毒って、毒薬と同じよね?
それを、塗る?
ユーリア先輩から見たら。私達はどう映っているのだろうか。悲しい顔?恐怖の顔?驚きの顔?
カルトは、訴えるように先輩に問う。
「説明できますか」
「うーん。誰もいない?なら、テントに集合ね」
説明、してくれるんだ。私達は顔を見合わせて、先輩について行く。なんだか、足が重い。
テントに着くと。先輩はいつもの優しい笑顔で、周りを見渡した。そして、口を開けたのです。
「許せない。外国人が憎い。祖国を守りたい。だから、外国人を排除するべき、毒を少々塗ったのです!2、3回ぐらい塗れば、毒が効くから。ほんと、火傷の患者が多くて助かったの!」
短い。いつも簡潔に話が終わる。まとめて下さるの、好きなんだ。だから先輩を尊敬しているんです。
「いつも、ユーリア軍曹衛生兵殿のガーゼの貼り方は雑なのは、もしかして……」
「カルト伍長衛生兵、そうなの?気づかなかったなぁ。私、不器用なのかな?うふふ」
なに、この空気の差。
「ま、言っちゃうけど、スパイ疑惑で銃殺された人間、知らない人だよ?」
「え」
「流石に、あの命令通りに殺すのは無理があるし。怯える演技をするの私、あんまり得意じゃないの!だから、友人が死んで、壊れた人みたいにすれば、バレないかなって。あ、命令はこっそり、少し変えました」
演技?
じゃあ、あの優しさも、怒りも、涙も全部なの?
私が、尊敬していた部分は、嘘だったということ?
膝が、地面につく。土とともに、嗅いだことのない匂いがしてきます。
そんな私に先輩は優しく、声をかける。
「初めて、私とリラが会った日のこと、覚えている?」
ええ、もちろん。覚えていますよ。私が、13歳。新兵のときですね。
『ユーリア・ミドニー上等衛生兵です。よろしくね』
まだ夏の始まりで、風が心地良かった季節。
『り、リラ・ベリッカル二等衛生兵であります!』
徴兵されて、すぐで。ガチガチに緊張していた私。そんな新兵に、先輩は優しく微笑む。
『なんかあったら、私を頼ってね。あ、それでも命令違反は絶対にしないでね』
『もちろんであります!』
思ったんだ。私、この人になら、命を尽くせるって。
『上等衛生兵殿!私は、貴女を決して裏切りません!!』
『ふふ。期待しているわよ、小さな衛生兵さん』
「真相を言う、つもりはなかったのになぁ」
「……」
「あはっ、何故かな、涙が……」
先輩、尊敬します。尊崇いたします。先輩は、先輩です。
きっと、過去に先輩は、外国の方に嫌なことをされたのですよね。……家族や仲間が、いなくなったんですね。
「……どうか、命令をください」
仲間がギョッとして私を見る。後輩かつ上官のカルトは、羨ましそうに見ていた。あんたが、ユーリア先輩に恋していたこと。結構、バレバレだったよ。
「逆らいません」
ユーリア先輩は世界で1番、素敵な笑みを浮かべる。私は貴女の為なら……
後世において。
外国人残虐の犯人は、上官の命令と自らの意思で犯人になったことは、あまり知られていない。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
今回も軍事ものを書いてみました。
衛生兵について調べながら書きましたが、軍隊・医療などについての知識が十分ではないため、実際とは異なる部分があると思います。
あくまで創作として読んでいただけると嬉しいです。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!




