デリバリーサービス
顔色が悪そうな、その男が持ってきたものは、人間の指だった。
……あぁ、その話の前に、先に俺のことを説明しておかないといけない。
俺は芸術家だ。周りの奴らからは変人扱いされている。
仕事のほとんどを自宅のアトリエで過ごすから、そもそも他人と関わることなんてほとんどない。関わるとしたら、かかりつけの病院の先生か、定期便の配達のお兄さんくらいだ。
スーパーや薬局に買いに行くのも面倒で、日用品のほとんどは通販の定期購入で済ませている。
……と言っても、俺はその代金を一切払っていない。
俺の作品のファンだと言ってくれる男がいて、その人が通販会社の社長をやっているらしい。いつも無料で食料品やら洗剤やらを、定期的に運んでくれるのだ。
いわゆるパトロンってやつなのかもしれない。
今、俺が定期的に会っている人間がいるとしたら、その配達のお兄さんくらいだ。病院も、最近は全然行けていない。
――ああ、定期便が来る時間か。
インターホンの音が鳴り、俺は玄関に向かった。
玄関の扉を開けた先に立っていたのは、いつもの配達員のお兄さんではなかった。
「えっと......」
「お届け物です」
見知らぬ男が立っていた。
その男の顔色はひどく悪く、今にも倒れてしまいそうだと俺は思った。
「あ、あの……前の配達員の冬海さんは?」
「あ、はい。彼、急に体調を崩したみたいで、しばらく配達に来れなくなったみたいなんです。なので、当面は代わりに僕が来ます」
「あ、そうなんですね」
「はい。ではこちらに受け取りのサインをお願いします」
俺がペンを受け取ろうとしたとき、ふと玄関先に置かれた荷物に目が止まった。
「あ、あの……これは何ですか?」
そこには、いつもの定期便とは別に、見慣れない箱がひとつ置かれていた。
「分かりません」
「え、分かりません? わからないって、どういう?」
「僕はただ、箱を運べと言われたものを持ってきただけなので。箱の中身までは分かりません。失礼します」
男はそれだけ早口で言うと、逃げるように去っていった。
俺はその箱を家の中に運び入れ、それから、恐る恐る蓋を開けた。
「……なんだよ、これ」
中に入っていたのは、きれいに切断された、人間の指だった。
***
「お届け物です」
翌日も、同じ時間にチャイムが鳴った。
ドアを開けると、昨日の顔色の悪い配達員が立っている。
「あの、昨日持ってきていただいたものなんですが――」
「こちらにサインをお願いします」
男は俺の話をさえぎるようにして、サインを促す。
「失礼します」
サインを受け取った男は、そそくさと帰っていった。
俺はまた、玄関に残された箱を家の中に持ち運ぶ。そして、中を開ける。
そこには、人間の前腕が入っていた。
***
「お届け物です」
次の日も、またその次の日も、同じやり取りが続いた。
「あの、あのっ!」
「こちらにサインをお願いします」
男は毎回、俺の言葉を遮るようにしてサインだけを求め、話を聞こうとしない。
俺は箱を受け取り、家の中で蓋を開ける。
今度は、人間の上腕が入っていた。
その日から、箱の中身は少しずつ増えていった。
足首。
膝下。
太もも。
胸。
そうしている間に、体のパーツはどんどん溜まっていく。
俺は、周りの人間が言うように、本当に頭がおかしいのだろうと思った。
この状況で、何をどうすればいいのかが、俺にはまったくわからない。相談できるような人も、周りにはいない。
今、俺と関わりがあるのは、あの配達のお兄さんだけだ。
明日。明日こそ、話を切り出さないと。
きっと明日で最後だ。明日、早く見てもらわないと――。
***
ピンポーン。
「お届け物です。」
「あの、」
「こちらにサインをお願いします」
いつもと同じく、俺の話は遮られる。
「あの、」
「こちらにサインをお願いします」
「あ、あの、あなたに見ていただきたいものが――」
「こちらにサインをお願いします」
男はやはり、俺の話に耳を貸そうとしない。
どうすればいい? どうすれば――。
……そうだ。とりあえず、見てもらいさえすればいい。
俺はサインを済ませるふりをして、男の腕を掴んだ。
「な、何するんですか?」
「来てください。あなたに見てもらいたいものがあるんです」
「やめてください、離してください!」
「いいから来てください。こっちです」
「痛い!」
俺は男の腕を引っ張り、そのまま家の中へと招き入れる。
「早く来てください。こっちです、こっちなんです」
「痛い痛い! 引っ張らないで……痛い、痛い痛い、引っ張らないで! 痛い!」
「これです。見てください。これなんです」
俺はアトリエの扉を開けた。
そこには、俺の身長ほどもある「作品」が立っていた。
「……何、これ? 何ですか?」
「人……死体、です。あなたが届けてくれたものを組み立てたんです」
「あ、な……何言ってるんですか?」
「これ、今日で多分完成するんです。あなたが持ってきてくれたもので、きっと完成するんです。完成……この荷物で、きっと、この中に――」
俺は、さっき受け取った一番新しい箱を開けた。
「あ、やっぱり。見てください」
「な、何? 何?」
「頭。人の頭です。」
「冬海さ...冬海さん....っ!!ああああああああ……!!」
「はい。前まできっと俺の家に配達してきてくれてた、冬海さんです」
「何? 何? 何? 何? 何?」
「これをここに飾れば……。ほら、見てください。こんなに素敵な芸術作品が作れたのは、初めてです」
「やだ、やだやだやだ! おかしい、おかしい、おかしい! あなた、おかしい、おかしい!」
「感動していただけたんですね。涙も流していただいて、ありがとうございます。絶対に、この作品が完成する瞬間を誰かに見届けてほしかったんです。どうしたらいいか分からなくて、あなたしか頼れる人がいなくて」
「おかしい……やだ……助けて、助けて……助けて助けて、助けて、助けて……!!」
「ああ……そんなに、そんなに感動してもらえて嬉しいです。よかったら、よかったらもっと見てください。嬉しい。嬉しい。.......................あなたも、俺の作品にしたい」
「……え?」
「..........そしたら、........俺の作品としてあなたを飾れれば、あなたとずっと一緒にいられるのに。そうだ。あなたも……」
「やだ、来ないで。こっちに来ないで!!やだ、やだ……あ、助けて!!助けて!!!助けて!!!!助けて!!!!」
グチャ。
***
ブー、ブー、ブー。
ケータイのバイブがやけに頭に響いてくる。うるさくて仕方がない。
「――はい。」
「死体配送サービスの社長ですよー。あなたの作品の大ファンで、パトロンです♪」
電話口の、少年のような無邪気な声が言う。
「ああ、いつもありがとうございます。」
「今回の死体もお楽しみいただけましたか?」
「……死体?」
「あれ? もしかして、ご自分でご注文されたの、忘れてしまわれたんですか?」
「俺が……注文?」
「はい。そっかぁ。最近、病院のほうにはあまり行かれてないみたいですもんね。記憶の混濁が以前より強くなっているのかもしれませんね」
穏やかな声が、まるで雑談でもしているかのように続ける。
「ところで、うちの従業員の冬海に続いて、新しい配達員の須戸という人間も連絡がつかなくなってしまったんですが……もしかして、お気に召していただきました?」
「ああ……この方は須戸さんっていうんですね。……はい。とても気に入っています。」
「わー☆そうなんですね。良かったですぅ。よろしかったら、そちらの死体を回収させていただいて、また小分けにしてお送りさせていただければと思うのですが、いかがでしょうか?」
「……小分けに?」
「そのほうが、あなた様の創作活動の意欲も湧くかと思いますので」
「ああ、そうなんですね」
「はい。少しずつ完成していく作品を、またお楽しみいただけるかと思います。」
「ああ……それじゃあ、お願いします。」
「はい、承知いたしました。それでは後ほど、死体の回収に伺いますので、よろしくお願いいたしますぅ。」
・・・・・・
通話が切れたアトリエの中で、作品たちは静かに立ち尽くしている。
その足元には、まだ使われていない、新しい箱がひとつ転がっていた。




