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【ダークSF】侵寇のトリックスター  作者: 秋穂 衛宇
第一章:失われた日々の果てで
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冷たい報せと燃える誓い


 意識が闇の底からゆっくりと浮上してきた。機械音と消毒薬の残り香が静かに漂っている。

 聴覚と嗅覚から、ここが最後に見た光景の場所ではないことがわかる。


 俺は重い瞼をゆっくりと開いた。

 天井の白い明かりがぼやけて滲んでいる。全身には鉛のような重さがあり、思うように動かすことができない。


 隣に人の気配を感じ、目を向けると、若い女性がベッド脇に立っていた。


 迷彩柄の制服越しでも分かる鍛え上げられた体躯は、長年の訓練を経た者だけが持つ輪郭だ。

 深い焦茶の髪は艶を湛え、肩に沿って自然に流れている。その軽やかさと清冽な印象が目を引いた。

 瞳は暗い翡翠色。訓練によって研ぎ澄まされた意思の光が宿っている。

 肌はやや黄みがかった色味で、我が国の人々に特有のなめらかさを備えていた。

 化粧の類はほとんど施されていないが、整った表情と姿勢がそれを不要にしている。


 彼女は凛とした表情のまま、こちらを見下ろして口を開いた。


 「お目覚めになりましたか、『相澤 凪』様」


 静かだが、芯の通った声が病室に響いた。


 喉は焼けつくように渇いていたが、なんとか言葉を絞り出す。


 「……っ、……こ、こ……は……?」


 一ヶ月ぶりに発した声はかすれて途切れ、もはや言葉とは呼べないものだった。


 「ここは陸上隊中央病院です。相澤様は一ヶ月前、首都湾での防衛戦において意識不明の状態で発見され、当院へ搬送されました」


 女性はそう告げると、静かに水を注ぎ、リクライニングの角度を三〇度ほどまで上げ、準備を整えると、俺にコップを手渡して続けた。


 「私は佐々木いのり。陸上隊に所属し、現在は政府直轄の特別連絡官として任に就いております。

 上層部の命により、相澤様へ状況を報告し、今後の協力についてご説明する責任を担っています。

 呼称は“佐々木”で構いません」


 喉を水が通過していく。冷たさが乾きをほどき、身体の芯に静かに染み渡った。

 しばらく忘れていた感覚だった。


 一ヶ月という時間は想像よりはるかに長い。今の状況を把握しようと、思わず身体を起こそうとした。

 だが力は入らず、佐々木と名乗った彼女がそっと肩を押してくる。

 そうなると再びシーツに沈むしかなかった。


 「防衛戦……首都湾は、その後どうなったんですか?」


 「首都湾における防衛戦は、残念ながら失敗に終わりました。投入された部隊はほぼ壊滅、生存者は撤退しております。

 湾岸一帯は現在も壊滅状態にあります。

 ただ、VX-T404 “TARAK-X”――例の襲撃飛行体は、数時間後には再び大気圏外へと離脱したことが確認されました」


 【VX-T404 “TARAK-X”】


 一ヶ月の間に与えられた、あの化け物のコードネームだろう。


 「…………」


 嫌な予感が、言葉となって漏れる。


 「この攻撃……世界各地で同時に?」


 佐々木は一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、すぐに任務の声に戻った。


 「はい。世界中で、首都湾と同様の事態が確認されております。把握されている限りで八十箇所近く。

 いずれも飛行体“TARAK-X”による攻撃を受け、その後、大気圏外へ離脱しています」


 「各国の軍も……?」


 「各国の先進兵力も、ほぼ壊滅状態に追い込まれました。我が国の90式戦車やF-2戦闘機のみならず、西の巨国が有するF-22やM1A2戦車までもが機能を喪失しています。

 東の古都郡に配備されていた兵器群も同様です。

 攻撃を受けた各地は甚大な被害を受けましたが、現時点でも“TARAK-X”の目的や性質は把握できておらず、各国は調査と対応に追われております」


 情報が繋がる。論理ではなく、確信として。

 人類が誇る兵器群ですら通用しない――それが現実だ。


 「被害は……」


 「我が国の首都湾周辺では、死者および行方不明者が数万人規模に達しております。負傷者はその倍以上です。

 他国も同様に甚大な被害を受けており、民間人の死傷者数は計測すら困難な状況です。加えて、難民の流入が各地で問題化しています」


 佐々木は一度、俺を見た。


 「国際社会は混乱の渦中にありますが、各国間での協調体制の構築が進められております。我が国も同様に、他国との連携を図り、この未曽有の脅威に立ち向かう方針です」


 唇が震える。抑えきれず、言葉が漏れた。


 「……ナミは?」


 「申し訳ありません。『相澤 波』様の所在については、現在も確認が取れておりません」






 一瞬、何も聞こえなくなった。


 そして次の瞬間、怒りが爆ぜる音が頭蓋を貫いた。

 壊す。壊すしかない。――それだけが、心に残る。


 「……奴らを、皆殺しにする」


 低く漏れたその声は、もはや自分のものではなかった。


 佐々木は黙したまま、俺を見据えていた。肯定も否定もせず、ただ冷静に、揺るぎない視線を向けてくる。


 激情が収まる気配はないが、深く息を吐き、目を逸らしながら佐々木に向けて声を出す。


 「……判断は済んでいます。協力します。俺は、ナミを奪った存在を――この手で終わらせる」


 その言葉を受けて、佐々木は静かに頷いた。


 「ご協力、感謝いたします。

 相澤様の知能をはじめとする能力は、現段階で極めて重要と位置付けられております。詳細につきましては、追ってご説明申し上げます」


 窓から射し込む光は、嘘のように穏やかだった。

 空には雲ひとつなく、まるで嵐の前の凪のように、世界は静まり返っている。

 だが俺の胸の内には、怒りの波が渦巻いていた。

 妹を奪われた痛みは、復讐の炎として、燃え盛り続けている。




  ナミ……お前を奪ったすべてに、終わりを与える。

 この手で、必ず。


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