あとはコーラがあれば完全無欠のお客様・前
伯爵家が所有する別邸にて。
新生【うたたね】で柏は考えていた。
最初のお客様はどうしようか、と。
領主夫人からは、紹介できる貴族の一覧表が届けられていた。が、これは達筆すぎて読めなかった。契約書などとは違って、貴族の私信はみんなこんな感じらしい。
どうしようもなくて、貴族のやりかたに慣れたルキに読み上げてもらい、ついでにそのリストの貴族がどんな人なのか説明してもらった。
ルキは領主夫人に同行してお茶会や夜会の場に控えたこともあるし、領都の城館にいたので多少の情報がある。
「夫人が紹介する貴族は、基本的に同じ王太子妃様の派閥なので」
ここに来ることができる人は必ず味方で、しかも王太子妃選出の権力争いに勝った側なので気楽に選べば良いですよ、とルキまで気楽に言う。
でも、柏としては、
「できれば隊長さんみたいに、センセーショナルでインパクトがある人がいいんだよね。さらに可能なら、目立つ舞台で一気に大勢に知ってもらえるといいかな」
第一印象は大切だ。最初にババーンと広告塔を出したい。イーラと領主夫人の儲けのためにも。――イーラは放っておいても紹介された貴族に売りこみをかけて儲けてそうだが。
「目立つ舞台というなら、そうですね、半年ほど後に建国記念の夜会があったと思いますが……要するに、できるだけ太っているお客様が良いということですか?」
ルキが首を傾げた。ルキは城館にいたので、商談に訪れる隊長のビフォーもアフターも目撃している。
「うーん。それはそうなんだけど、でもただ太ってるだけじゃなくて、痩せたら美人とか。そういう感じだといいんだけど」
「この一覧表の貴族の方々だと、わたしは太ってる姿しか知らないんですよね……」
痩せたときに美人かどうか保証できません、とルキ。
「えっと、美人じゃなくても良くて、んんーとにかくみんなが思わず注目する何かがある人。インフルエンサー……影響力がある人とか」
「それは王族ですね。影響力と権力はほとんど同じですよ」
「そうなるかー……」
いきなり王族は無理だ。
領主夫人も、まずは貴族間で注目を集め評判を高めてそれから王太子妃様へ、というラインを狙っている節がある。柏は、少し方向を変えてみた。
「じゃあ、流行りの服着てる人とか、目立つ服着てる人とか」
「お茶会や夜会はだいたい服装規定があるので、流行を外す人は少ないし、そんなに目立つっていうほどの人はいませんよ」
「ああー……」
異世界の壁を感じて突っ伏す柏。
ルキがためらいがちに確認する。
「えーと、目立ってたら何でも良いんですか?」
「うん」
「それなら、このかたですかね」
ルキは一覧表から一つの名前を指差した。
「ナムーア伯のご令息にして次期伯爵のギュラ殿」
「イケメンなんですか?」
「痩せてるときの姿は知りません」
「そうだった」
「でもこのかたは目立ってましたよ。アリザリン家のご令嬢と婚約しているのですが、とても不仲で」
「ほほぅ?」
「夜会でそのアリザリン嬢からお酒を浴びせられましてね。『醜い姿でわたくしに触らないで』と。あれは酷かったですよ。太ってはいますが、ただ礼儀を守っていただけのギュラ殿がお気の毒でした」
「その話、くわしく!」
柏は身を乗り出した。
ルキが語ったところによると、それはありがちと言えばありがちな話だった。
くだんのご令嬢のアリザリン家は、簡単に言えば権力争いに敗北していた。以前の王太子妃選出の際に、今の王太子妃様の派閥と敵対したのだ。
結局、アリザリン家が支持した候補は選ばれず、スプルース家から今の王太子妃様が出たため、このままでは一門冷遇される未来しか無い。そこでアリザリン家は、勝利した側の派閥であるナムーア伯に政略的な婚姻を持ちかけた。派閥の乗り換え、すり寄りを目論んだのだ。
対するナムーア伯のほうはというと、肥満という体型的な問題があって嫡男ギュラの妻帯を不安視していたため、あっさりとこれを了承。かくして婚約が調ったのだが、納得しているのは親たちだけだったのである。
アリザリン嬢は、政略で決まった婚約者が太っているのがとにかく気に入らない。
ご令嬢自身、「ギュラ殿は醜い」「わたくしと婚約できていることを感謝すべきですわ」などと公言して憚らず、婚約者ではない男性と夜会に出席することもたびたび。
贈られた宝飾品はすべて売り払ったと臆面もなく言ってのけ、返礼の品どころか手紙の一つも返さない。
婚約直後からもう不仲であるとの噂が立って、結婚の予定は延びに延び、未だ決まらず。
さらに、王家主催、王太子様王太子妃様の第一子帯剣の儀を祝う夜会での事件は、トドメのように二人の不仲を全貴族に知らしめてしまった。アリザリン嬢は、正式に婚約者同士で出席しなければならないところを親族でもない別の男性と出席した。それを穏やかに窘め、エスコートしようとした婚約者のギュラに「醜い姿でわたくしに触らないで」。からのお酒バシャー。
太っているから醜いから、といって相手に礼を欠いて良いことにはならない。
なのに、婚約者があのような体型の男ではしかたない、と擁護する者が一定数いて、アリザリン嬢は反省もしないとか。なかなかの惨状。
「ルキさん」
「はい」
「そういうので良いんです。そういうのが良いんです」
「はぁ、はい?」
新生【うたたね】、初のお客様は次期伯爵、キミにきめた!
柏は椅子から立ち上がり、宣言した。
「さあ、はりきってざまぁしますよ!」