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柏、新たな出会い


 ブライト夫人の一声で、女が一人、入室してきた。

 長い銀髪に中肉中背、一見して護衛という感じはしないが、立礼はきれいだった。


「お呼びとうかがいました」

「ルキ、あなた向きの仕事よ。これから当家は大きな事業を動かすわ。わたくしもこの事業には期待している」

「はい」

「そこで、あなたには事業に関わる大切な人材を護って欲しいの」

「はい」

「必ずよ。必ず護ってちょうだい」

「かしこまりまして」


 夫人は頷くと、イーラと柏のほうに向き直った。


「イーラ。彼女がルキ。たいていのことは器用にこなすわ」

「はい」


 了承するイーラに、銀髪の女性が名乗った。


「ルキ・メイズ。ルキと呼んでください」


 黄色っぽい瞳と目が合った。

 落ち着きがあって優しそうな人だ。たぶんイーラよりは年下、でも柏よりは年上。


「お初にお目にかかりますルキ様。マルベリー商会のイーラと申します。こちらが新事業を担う【うたたね】店主のカシワ。ルキ様には、こちらのカシワを護衛していただきたく存じます」

「ルキ様。柏です。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」




 ルキはもともと、傭兵団にいたそうだ。


 以前、この国の王太子妃を決定する際に、どこの家の誰を支持するかというので貴族が割れた。それで日常が危険になったので、元々ここの伯爵家に仕える護衛だけでは足りなくなり、同性でどこでも夫人に同行できるルキが引き抜かれたのだという。


 権力闘争で日常が危険になるって、さすが異世界だ。さすいせ?

 柏は妙なところに感心したが、ルキの話にはまだ続きがあった。


 しばらくして無事に王太子妃が決まり――柏は思った。それ絶対無事じゃなかったヤツだ――日常の危険が減って、そうすると今度は護衛の人数が余る状況になった。ルキは傭兵の出で、元々の護衛たちとは身についた戦いかたも違う。連係も、呼吸をするように自然に一糸乱れず、とはいかない。

 でも、伯爵家の都合で引き抜いて伯爵家の紋章を与えた者を、不要だからとすぐさま放り出すような真似をすれば自家の評判にも関わる。

 そこに柏の護衛の話が出て、


「ちょうど良かったのですよ」


 自嘲気味に言うルキに、柏はなんとなく親近感を覚えた。


 ルキは他の護衛が伯爵家に長く仕える中で、たった一人、引き抜かれてきた元傭兵で、そして、なぜだかこの世界に来てしまった柏は、ここではたった一人の異分子だ。


 元々の出自の差とか少しの疎外感で、ちょっと自信を欠いているルキと、元から自分に自信があるほうではない柏。


 柏は、日本にいたときだって頭の良さとか高い運動能力とか美貌とか、どれか一つくらいあっても良いのにと思うようなものは、どれも持っていなかった。

 今でこそ【キャラクターメイク】というスキルがあるが、それだって努力して自分で得たものという感覚はないし、なんならスキルに振り回されている。


「ルキ様」

「様、は要らないですよ」

「じゃあ、ルキさんで」


 そんな会話を経て、柏はルキと仲良くなった。


 ちなみに、常に自信たっぷりで目標に向かって全速前進のイーラは、「姐さん、全力でついていきます!」と言いたくなるようなタイプだから、柏のそばにはずいぶんと系統の違う二人が仲良く並んでいることになる。柏は二人を眺めてちょっと思った。


 人の出会いって不思議だ。




 柏は、領主夫人との契約がまとまって以降、順調に領都のお得意様がたのダイエットを完了させた。

 夫人の肝入りで、【うたたね】を閉めて転居することをお知らせすると、一部のお得意様からは熱心だったり執拗だったり強引だったりする引き止めを受けた。破落戸(ゴロツキ)を雇って暴力に物言わせようとする騒動も起きた。が、そこは護衛についたルキがうまく捌いてくれた。

 すぐに護衛をつけましょう、と言った領主夫人は慧眼だった。領主夫人というのは伊達ではない。


 当のルキ自身は、伯爵家に古くから仕える護衛たちと比べてしまうのか、


「わたしなどまだまだですよ」


 と苦笑するが、柏から見たら十分強い。

 瞬く間に破落戸二人を伸したルキに、柏はただただ感心したものである。


【うたたね】をたたんで、伯爵家の別邸に向かう旅程では、とくに傭兵団出のルキの本領が発揮された。

 ルキは護衛の合間に、柏に色々な豆知識を教えてくれる。


 野営のとき虫を除けるのに使う植物。眠気を誘う香木香草。服毒してしまったとき嘔吐のさせかた解毒のしかた。負傷したときの応急手当の方法。


 ルキは、もしかしたら傭兵団でも衛生兵とか看護兵とか、そんな役割だったのかもしれない。と柏は思った。

 伯爵家でもお抱えの医師はいるに違いないが、医師に戦闘能力を求めるのは酷だろう。そこそこ戦えて応急処置もできるルキは、一家に一人いて欲しい立ち位置の人かもしれない。


「ルキさん」

「はい」


 ルキさんはたぶん、領主の伯爵家でも一目置かれてるよ。護衛の人数が余ったから私の護衛に回されたんじゃないよ。きっとルキさんが適任だから、ちょうど良かったんだよ。


 柏は直感的に思ったことをそのまま言おうとして、でも同じようなこと領主夫人が言ってたな、踏みこみすぎかな、でしゃばりすぎかな、と思ってやめた。そのかわりに別のことを言うことにした。


「ルキさんは、イーラさんくらい根拠なく自信満々でも良いと思う」

「うん?」


 何言ってるんですかね?という表情をするルキに、会話を聞きつけたイーラがにやりと笑って口を挟んでくる。


「なんだいカシワ。それはあたしが無駄に自信ありすぎるっていう文句かい?」

「えっ?!や、文句なんてそんな」

「そうかい?」

「あの、だって、自信満々じゃないイーラさんなんてイーラさんじゃないから、イーラさんはそのままで良いんです」


 慌てる柏に、イーラが「カシワの中であたしはどんな人間なんだろうね」と洩らす。ルキがくくっと笑った。




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