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柏、新たな契約

 

 領都のどこからでも見える城館は、内部もやっぱり凄かった。簡単な身体検査後に入るのを許可されたのだが、仮に日本から海外旅行に行った先で「この城は世界遺産です」なんて言われていたら柏はまるっと信じただろう、そういう感じだ。


 侍女に案内され、柏はイーラのすぐうしろにくっついて歩く。イーラがいてくれて良かった。柏一人ではどうしていいかわからない。

 呼び出しの手紙を受け取ってから日数がない中、柏はイーラから貴族とここの領に関するレクチャーを受けた。受けたが、身についてはいないのだ。


 ここの領主はブライト伯爵様で、国の南部にある三つの伯爵領のうちの一つ。家宰というらしい領のナンバー2が男爵様。柏が出張ダイエットの仕事をしたのが、この家宰様の御夫人。ブライト伯爵様は王太子妃を出したスプルース家の派閥で、スプルース家というのはこの世界に数多いる女神様の一柱を代々(まつ)る大聖官の一族。イーラは伯爵様から派閥づてに、その上の王太子妃様に売り込みをかけたいらしい。とかなんとか。


 伯爵様はここの領では一番偉い。男爵様より偉い。それはわかった。

 でも大聖官ってなに。そんなの聞いたことがない。王太子妃を出すって、世俗権力と宗教ズブズブなの?王太子妃様に売りこんだら、国で三本の指に入る商会に……ってそんなうまくいく?

 うん、わからん。


 実質、テスト前の一夜漬けのようなものだ。無理矢理に詰めこんだはいいものの、さほどあてにできない知識。柏は、中間考査&期末考査の前と同じ、半ばあきらめの境地に至った。


 柏とイーラが通された部屋は、たぶん応接室だった。

 ちょっと柏の応接室の概念を超えている広さと豪華さの部屋で、待つことしばし。

 侍女と護衛と思われる数名を従えて、シンプルながらもとても品のある装いの女性が入室してきた。


「ごきげんよう、イーラ。よく来てくれたわ」

「御用命いただき光栄にございます、夫人」


 どうやらこの女性が領主夫人らしい、と理解し、柏もイーラに(なら)って礼をとった。

 国の南部で三本の指に入る商会というだけあって、イーラは貴族からの呼び出しに慣れていた。領主夫人ともすでに面識がある。

 イーラが美辞麗句を並べた長い挨拶を済ませると、ブライト夫人はすぐ本題に入ってきた。


「聞いたのだけど、今までにない新しいことを始めたようね?」


 あとでイーラから聞かされたところによると、貴族とのやりとりは本来もっと前置きが長いそうだ。貴族ゆえに直接的な表情や態度に出さないものの、前置きが無い=【うたたね】の提供するサービスに前のめりになるほど注目している、ということらしい。


 夫人とイーラは、二人とも底知れない微笑をたたえながら、何か熱心に話し始めた。

 ときどき【うたたね】という店名が出てくるから、痩身の商売のことについて話しているのはわかるが、もちろん柏はついていけない。転移のときの特典なのか、こちらの言葉はわかるが、貴族特有らしき修飾語や慣用句や婉曲な表現を多用されてしまうと、もう柏にはお手上げである。

 とりあえず、ちゃんと聞いてますよという表情を作って静かにお行儀良く座っているが、それ以外にできることがないし、本当にただ聞いているだけで全然理解はできていない。


 そんな柏の擬態は、貴族を見慣れている夫人の侍女たちには通用しなかったらしい。

 柏があまりに手持ち無沙汰に見えてしまったのか、控えていた夫人の侍女からちょっと大きめのキャラメルらしきお菓子を提供されてしまった。


 キャラメルらしきお菓子はかなりの甘さで、しかしこの機会を逃したら当分口にすることはなさそうだったので、柏は素直に全部押しいただいて、じっくりと味わった。


 三つ目をゆっくり口の中で溶かし終わったところで、夫人とイーラの交渉は決着したようだ。


「ではそのように」


 夫人が言って、イーラが再び礼をとったので柏も急いで真似た。


「メティ、聞いていたわね?契約書を用意して」

「はい」


 夫人の指示に侍女の一人がすかさず動く。一流の侍女とは、きっとこういう人を言うのだろう。柏が感心していると、イーラに小突かれた。


「カシワ。あたしは隣で祐筆(ゆうひつ)殿と契約書を準備してくる。その間に、夫人がカシワの腕前を見たいってさ」

「わ、わかりました」


 侍女ではなかったらしい。あとで教えてもらって、祐筆というのは秘書のようなものだと理解した。


「夫人は最近コルセットがきつくて大変らしい」


 耳元でこそっと囁かれて、柏はやっと把握した。こくりと頷く。イーラは柏の肩をぽんと叩くと、隣室へ移動していった。

 見える範囲では、隣にもまた同じように大きい部屋があるが、この応接室とは違って華やかながらも実用的な仕事机と椅子、文具などが揃っているようだ。執務室のようなものだろうか。


 イーラが向かった隣室のほうを気にしていると、夫人から話しかけられた。


「【うたたね】では、少しの休息で簡単に痩せるそうね?」

「はっ、はい!」

「わたくしにも【うたたね】の技を見せてもらおうかしら?」

「かしこまりました。今すぐに!始めさせていただきます!」

「そうしてちょうだい」


 夫人に微笑まれて、柏はとても緊張しながら応えた。


「それではまず、深くゆっくりと呼吸してくださいませ。目を閉じて、体の力を抜いて」


 夫人の侍女たちは壁際に並び、護衛たちは柏の背後、部屋の出入口の左右に立哨している。夫人が目を閉じてしまえば、柏のスキル操作をはっきり見える人は誰もいない。

 それでも複数人がいるところでスキルを使うのは初めてで、柏はちょっとドキドキした。しかしいつものように声は出さない。心の中でつぶやくだけだ。


【キャラクターメイク】


 相変わらず、基本ポチるだけの簡単なお仕事である。




 結果から言うと、領主夫人は【うたたね】の技――ということになっている柏のスキル――に大変満足し、会合は成功した、らしい。


 契約書を作成後、応接室に戻ってきたイーラは柏にもわかりやすく説明してくれた。柏がいてこそ成立する商いだと理解しているイーラは、了承できない点があればすぐ修正すると言い、最大限配慮した条件を整えてくれたようだった。


 ざっくり、契約内容はこんな感じだ。


 イーラは領主夫人の伝手を利用して、国都の貴族にも柏と共に商売を拡げる。

 領主夫人は貴族を紹介する分、事業にも一枚噛んで、都度紹介料も受け取る。

 柏はというと、領都の顧客の調整がつき次第、引っ越し。伯爵家で持っている国都近くの別邸の一つを【うたたね】のサービス提供場所とするので、そこで暮らす。


 いまいち火おこしできなかったり竈が使えなかったり、この世界この時代の生活に適応しきれずちょいちょいマルベリー商会に負担をかけていた柏。

 その柏に、三食おやつ付き――さすがに昼寝は付けられなかったらしい。【うたたね】の営業時間は基本午後である――でお風呂有り、そして家政婦と護衛が一人ずつ、という生活を保証してくれるらしい。至れり尽くせり。さすがイーラ、柏のことをよく心得た契約内容になっていた。

 さらに、【うたたね】の来客一人ごとの出来高給を一人あたり10%上げてくれるらしい。すごい。景気の良い話だ。貴族相手にどれだけぼったくるつもりだろう。


 イーラ自身は、小さいながらも商会の店舗が国都にあるので、当面、そこと別邸の【うたたね】を行き来してくれるという。


 ここまで交渉してもらって、柏に不満などあるはずもなく――そもそもイーラがいなければ【うたたね】も領主夫人との会合も無理だった――、領主夫人とイーラも頷いて正式に署名、契約は発効した。


「護衛に関しては、今日この後すぐにつけましょう。そうね、ルキを呼んでちょうだい」




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