スキルの活用法・後
領都では、感動の再会が待っていた。
領都に入ったところですでに、住民たちから口々に無事の帰還を喜ばれていたから、この街に根付いて愛されている商会なんだな、と柏は思ったものだが。
「おかえりなさい、あなた!……あら、ちょっと痩せた?」
「エレシュ!ただいま!」
「父さん!」
隊長が妻と子と抱擁している。他の商隊員たちもだ。商会で待っていたパートナーと熱烈なキスをしていたり、子を抱き上げたり頬ずりしたり。
羨ましそうに見ていたつもりはないが、柏はイーラにぎゅむっと抱き寄せられて慌てた。ちなみにイーラは独身だった。
「わわっ」
「カシワ」
「イーラさん」
好きなだけ乗っていきな、と言ってくれたイーラたちに甘えて、柏は領都まで来た。でも、もうここからは頼ってはいけないのだ。
イーラの豊満な胸から顔を上げて、柏は改めて御礼を述べた。
「イーラさん、ここまでありがとうございました。私……」
「なあカシワ」
涙まじりに別れの挨拶をしようとしていた柏を遮り、にやりと笑って続けるイーラ。若干の邪悪さというか、腹黒さを感じるイーラの笑顔に柏はにげようとした――つもりが、しかし まわりこまれてしまった!
「あたしに一つ考えがあるんだ。良い儲け話だと思う。ちょっと耳貸してくれないか」
良い儲け話……ってなにそれあやしい闇バイト?と思うも、イーラは離してくれない。柏は肩を抱きこまれたまま、強引に商会の中へ連れこまれた。
柏は、てっきりここでお別れだと思って、とてもセンチメンタルな気分になっていたのに。
マルベリー商会の応接室でイーラから「良い儲け話」をされて、そんな気分は吹っ飛んだ。
「どうだいカシワ。痩身の店を出してみないかい」
イーラは腕を組んで自信たっぷりに言った。
「痩身の店……」
痩身の店とはつまり、現代の日本だと、エステとか美容外科のような業態を言うのだろう。
「これまであちこち行ってるあたしでも、そんな店、見たことも聞いたこともないんだけどね。あたしの見立てではね、……兄さんを痩せさせたあんたの腕前、絶対金になる。そう思わないかい?」
イーラは根っからの商売人だった。
柏が隊長を少しダイエットさせたのを、商機として見逃さなかったようだ。
エステや美容外科がまだないらしいこの世界でダイエットに目をつけるとは、すごい商才だった。
「それは、……そう思います」
柏は肯いた。
日本でそういった商売が成り立っていたのは知っているし、なによりここでは競合する他社など皆無。しかもたぶん、時代を先取りしている。
「そうかい、カシワもそう思うかい!」
「えっと、はい」
「っし、じゃあ早速話を詰めていこうか!」
疾風怒濤、巧遅は拙速に如かず、兵は神速を貴ぶ……?
領都の目抜き通りから、路地を一つ挟んだところ。
【うたたね】という看板がかかっている。ちょっと小洒落た外観の、でも内装はしっとり落ち着いていて、なんか良い香りのする店舗があっという間に用意されて、柏は丸椅子にぽつーんと座っていた。
展開が早い!早すぎる。
柏は我が身の変遷に、ちょっとついていけてなかった。
ちりりん、と涼やかな音がして、店の扉が開く。
「カシワさん、こんにちはー」
「エレシュさん!いらっしゃいませ」
エレシュは、隊長の奥様である。
「うちの人を連れてきたわ。今日も痩せさせてあげてちょうだい」
「はい」
「いい?あなた。わたしは太ってるあなたも愛してるけど、なにより元気なあなたで居て欲しいの」
「わかってるよ、エレシュ」
忙しさにかまけて、睡眠も運動もおざなりでそのくせ飲食を伴う商用の会合にはしっかり出席する、自分ではまったく痩せる気のない隊長は、二週間に一度、奥様に連行されてくる。
隊長は、【うたたね】の初客にして、常連の上客だった。
柏はイーラのところに居候させてもらっているが、店ができあがる前から定期的に隊長の家を訪れてスキルを使っていたため、隊長はだいぶ痩せてきている。
幌馬車隊に拾われた当初は、領都に着くまでに痩せてもらわなければ!と使命感に燃えて三日に一度スキルを使っていた。が、急ぐ必要がなくなったので、今は身体への負担を少なくしようと、二週間に一度のゆったり余裕を見たスケジュールに変えている。
あれほど絶望的なトルネコさん体型だった隊長だが、推定、体重三桁はもうとっくに切っている。本日含めてあと二回ほど体型の目盛りを下げれば、エレシュさん曰くの「往年のあの人♡」になりそうだ。
もうすでに、隊長はイケオジの片鱗を見せていて――というか、元はイケてたわけだから片鱗というのもおかしいのだが――【うたたね】の良い広告塔になっている。
ちなみに、今のところ柏にも隊長にも、スキルによる減量での副作用や悪影響は出ていない。
痩せたい人には極めて理想的なスキルである。
「カシワさん、今日も世話になるね。………ぐー」
多忙な隊長はここに来ると、人をダメにするクッションもどきに埋もれてすぐ爆睡する。その点でも素晴らしい上客である。
いちおう、店内にはお客様にリラックスしてもらうため――可能なら寝てもらうため――揺り椅子、長椅子、簡易寝台も取り揃えていた。が、一番人気は柏がイーラに提案して作ってもらった人をダメにするクッションもどきだった。
ただし、どうしても時代的素材的に再現度が高くならない。柏自身はもどきの出来に満足しておらず、イーラには市販しないでくれと頼んでいる。
柏は爆睡する隊長を見ながら、いつものように声に出さずに【キャラクターメイク】を唱えた。出てくるのは、もうすっかり慣れたスキル画面だ。
隊長のキャラクターメイク画面もあと一回か。
柏は、ささっと体型のスライドバーを変更して設定完了した。ポチリ。
ポチるだけの、じつに簡単なお仕事である。
そうして、陶器のカップに白湯を注ぐ。
ちょうど良く冷めたあたりで、隊長を起こすのだ。
現代日本人の柏は、火起こしだとか火打石だとか竈だとか、そんなのは習っても今ひとつ使いこなせない。なので、白湯すら簡単に作れず、じつは昼にマルベリー商会から熱した石をもらっている。水の入った容器にぽちゃんと入れたら、それでお湯の完成である。容器は蓋をして、端切れ布を詰めた甕の中に吊るして保温している。
起きた隊長が白湯を飲み干し、しゃっきりしたところで、柏の仕事は終わりである。隊長が帰ったあとには、使用したクッションカバーを外して、新しいものにする。
ここまででおおよそ体感三十分。
【うたたね】は予約制なので、予約があれば次のお客様、という形だ。
柏の想像よりも【うたたね】は案外流行っている。
隊長のように、往時の体型を取り戻したい年齢層の富裕なお得意様。
一回限りの利用で、結婚式前に日焼けを直したいだとか体型を戻したいという花嫁さんたち。肌の色だって【キャラクターメイク】のスキルにかかればポチるだけだ。
他にも変わったところでは、意中の男性を堕としたいから胸を大きくしたいの!と言って来店した女性。スキル使用後しばしして、彼と恋人になれたわ!と報告を受けた三カ月後、ふられたぁ〜〜とエグエグ泣きながら店に突撃された。
「だから言ったじゃないか。胸しか見ない男は駄目だって」
イーラが説教なのか慰めなのか、どっちともつかないことを言っているそばで、イーラの天然100%ボリューミィなおっぱいをまじまじと見て、柏は思った。
えっとイーラさん、過去に何かあったんですか……?
【うたたね】の顧客は、そういうほのぼの(?)した庶民だけではない。
先頃には、ついに評判が貴族階級にまで届いたようで、領主夫人にお仕えしているという侍女のかたを終日貸切で歓待。
さらには、領都の城館で行われるお茶会の前に痩せたいという男爵夫人に依頼されて出張し、きちんとポチってお褒めの言葉をいただくという栄誉に与った。
「カシワ!この調子でガンガンいくよ!」
痩身の店の読みが当たったイーラは、もう乗りに乗っている。
イーラが言うには、今でも国の南部では三本の指に入る商会だが、さらに貴族階級に食いこんで国で三本の指に入る商会にしたいのだそうだ。そうして国と王家の免状を得て、遠く夜の明けない外つ国や獣人が住まう海の涯の国と商売してみたいのだそうだ。なかなかどうして、兄の隊長よりも妹のイーラのほうが野心家である。
「いいかいカシワ。ここに重要な報せが一つある」
「はい」
イーラがペラリと一通の封筒を振ってみせたので、柏は素直に頷いた。柏は、この世界の商習慣に疎いので、外部とのやり取りはすべてイーラにお任せだ。日本にいたときだって単なる女子高生だったから、べつに商習慣には詳しくなかったが。
「お呼びがかかったよ」
「?」
「領主夫人からだ!」
「!!!」
ボタン一つで痩せたい願望……