スキルの活用法・前
それで結局、柏は商隊と領都まで同行することになった。
騎兵と商隊の隊長の会話の後、顔色悪くうずくまる柏にイーラは何も言わないでくれた。商隊の隊長も何か察したのか、暇を見て干した果物などの甘味を差し入れてくれた。
金勘定にはシビアだが、商隊の人たちは優しい。
柏は、幌馬車の中に誰もいないとき、あるいは深夜に不寝番を除いてみなが寝静まったあと、ときどきスキル画面を開いてみた。一番最初にスキル画面が開かれたとき、あの夜盗には見えていないようだった。だから他の人からは見えないのだという気はしていたが、念のため安全策をとったのだ。
柏は、このスキルのことをもっとちゃんと知らなければいけないと思っていた。スキルをきっかけに誰かが死ぬなんて、もう嫌だ。
柏はいろいろと試してみて、【キャラクターメイク】と声に出さずとも、意識するだけで発動できることを知った。
鞄の中に入れていた手鏡で柏を映すと、柏自身にもスキルを使えることを知った。柏自身にスキルを使うときは、特別に初期設定というボタンが表示されることも知った。あれこれ変更してみても、初期設定ボタンを押すとすべての項目が元に戻り、キャラクターメイク画面の画像が黒髪にセーラー服の柏の姿に戻ることも知った。
また、対象となる人が見えないとき、その人にスキルを使えないことも知った。
しかし、【キャラクターメイク】のスキルを検証するたび、柏はあの夜に結果的に金銭を奪い、しかも間接的に殺人を幇助した形になったことを直視しなければならなかった。検証しているうちに、どうしても最初にスキル使ったときのことが思い出されて耐えられなくなり、いつも最後はうずくまって膝に顔を埋めて震えて終わった。
あれは正当防衛だ、結果的にはちょっとオーバーキルで強盗殺人になったかもしれないけど、柏が直接殺そうと思ったわけじゃない。だからもう夜盗のことは忘れよう、そう心の内で繰り返して、でも思うようにはいかず、柏は商隊の人たちの優しさに寄りかかった。
領都に近づくほど街道はきれいに整えられていて、治安もよく維持されている。あの野営地の付近とは違う緩やかな空気が流れていて、商隊の中は平和な会話が飛び交っている。
「兄さ……違った。隊長。そんなに食ってるとまた太るよ?」
「しかたないだろう、収支計算して頭を使うと甘いものが欲しくなるんだ」
驚いたことに、商隊の隊長とイーラは兄妹なのだそうだ。
ド◯クエのトルネコさん体型――要するにメタボ――な隊長と、出るところは出て引っこむところは引っこんでいる気風の良いイーラ。髪の色こそ同じだが、外見は全然似ていない兄妹だ。
「ったく。十年前はカッコよかったのにって、また義姉さんに泣かれても知らないよ!」
「うっ……」
商隊員や護衛達から笑い声が上がる。
「そうだよ!隊長が結婚するときなんて、行く街全部で泣く女たちがいたってのに」
商隊の人たちは、あちこちに商いに赴いているから話題も豊富だ。柏はイーラ達と一緒にいられることをありがたく思った。一人だったら、とても無理だった。
「やぁ、隊長の結婚式の前一週間はハンカチが大量に売れたなぁ。後にも先にも、あれほど売れたことはなかったよ!」
「涙する女たちの失恋に付けこんで、うまいことやったよな」
「こらそこ、外聞が悪い!我がマルベリー商会の商品が淑女たちの悲しみを拭ってあげたと言え」
「隊長見て泣くなんて、今じゃ義姉さんだけだ」
「良いんだよ!妻一筋なんだから!」
商隊は道中、定期的に休憩を挟む。幌引く馬たちにも休憩が必要だからだ。
木の実を持ってやって来た隊長に、柏は訊いてみた。
「隊長さんは、痩せたいんですか?」
太ったことをからかわれていたので。
柏は、商隊の人たちにとても感謝している。商隊の人たちのために、柏にできることを何か少しでもしたかった。
「いやカシワさん、これはこれで貫禄が出るからハッタリが効いて良いこともあるんだよ。ただ、妻が気にしているっていうだけでね」
「ここで嘘かましてどうするんだい」
軽く腹を撫でて苦笑いする隊長に、一緒にいたイーラが肘打ちを食らわせた。イーラの突っ込みは容赦ない。
「ブリックス商会の会頭も、デルフトんとこの旦那も、あの美形でハッタリ十分のやり手だよ!隊長も言い訳してないで、ちったぁ痩せろ」
「手厳しいな。まあ頑張ってみるがね」
口ではそう言っているものの、隊長はあまりやる気がなさそうだった。
柏はちょっと思いついたことがあって、提案してみた。
「少し、私に試させてもらえませんか」
柏の思いつきは、こうだ。
スキルで体型を変更することで、隊長を痩せさせることができるんじゃないか?
柏は、スキルがもたらす結果を、悲惨なものだけとは思いたくなかった。スキルの使用が悲惨なことにしかならないのだとしたら、柏は異世界に転移して厄災だけを背負わされたことになる。そんなのは嫌すぎる。
柏のスキルは、良いことにも使えるのだと思いたかったのだ。
まず柏は、スキルによる隊長ダイエット計画に先立って、自分自身でスキルを試してみた。いきなり隊長にスキルを使ってみて何か良くないことが起きたら、商隊の人たちにとても顔向けできない。
柏は手鏡を使って、自身のキャラクターメイク画面を開いた。変更するのは一つの項目だけだ。
体型。
スライドバーを目盛り一つ分だけ、最小の側に動かす。設定完了。ポチリ。
どういう原理なのか、変更しても痛みなどはとくにない。柏自身がスキルを使っているから変化も自覚できるが、そうでなければおそらく瞬時には気がつけない。
柏は、自分の身体を見下ろした。セーラー服のウエストがやや緩くなっている。それから袖、手首の部分が少し余裕が増えた気がする。それだけだった。
後刻の食事のときも、目に見えて量を食べられなくなるというようなことはなかった。
丸一日様子を見て何事も起きないのを確認し、柏は隊長に改めて許可をもらった。
「本当に寝ているだけで痩せるのかい」
「はい」
隊長に尋ねられて、むしろスキルの操作を見られないために、寝ていてもらわなければ困る、と柏は思った。
不寝番のイーラには幌の外で待ってもらい、柏は目を閉じて横になった隊長を見る。
【キャラクターメイク】
心のうちでつぶやくだけで、やはりきちんと発動した。
隊長の体型の項目は、スライドバーがほとんど最大に近いところになっていた。急激に動かして何かあっても困るし、まだ柏自身も目盛り一つ動かした分しか実体験していない。
ひとまず体型のスライドバーを一つ分だけ最小の側に動かして、今日の分を終えることにした。設定完了。ポチリ。
「おぉ、なんだかちょっと体が軽い気がするな」
翌朝の隊長は機嫌が良さそうである。
柏はこれで三日ほど様子を見ることにした。
柏自身は翌日とその翌々日、二日連続で体型の目盛りを一つずつ下げ、先行して安全性を確認する。
日数をかけて、隊長の体型スライドバーを二目盛り分下げたところで商隊は領都に着いた。
隊長のそばで寝ていた商隊員によると、イビキがやや改善されたそうだ。
何よりである。