「元婚約者の✕✕✕を腐り落として欲しいの」・後
一週間後、警備の厳しい門をくぐった先の都は、大賑わいだった。
「第二王子殿下のご成婚だ!」
「わたしたちと同じ、平民からお妃様が出るんだよ!」
「めでたいねえ!」
あちこちからそんな声が聞こえる。
依頼主にとっては、略奪の上に婚約破棄されてめでたいもなにもないだろうが、庶民にとっては遠い話。柏と同様、庶民には普段から正確な情報なんて与えられないし、誰も詳しいことを知らないのだからこんなものだろう。
聖堂前広場へ向かう石畳の道は人であふれかえっている。王子とその妃を一目見ようと、庶民も国の内外から大勢集まっているのだ。
柏もそのうちの一人にまぎれている。後方左右に護衛という名の監視付きだが、柏は人波をかきわけてずんずんと聖堂前広場を目指した。
柏は、依頼達成のために、王子とその妃が聖堂前広場に出てくるその瞬間を狙うつもりだった。
じつは、局部を腐り落とす、という依頼をそのまま文字通りに達成することは柏にもできない。だが、柏のスキルを使えば同じ結果を得ることはできる。
そして依頼主にも護衛にも告げていないが、柏のスキルは、対象が見えることが発動の条件なのだ。変幻の魔女という通称だけは世間に流れてしまっているが、スキルの詳細はこれまで隠してきている。
誰かに明かす気もない。だから、柏はなぜここに来たのか、わざわざ説明などしない。ひたすら聖堂前広場に向かって歩いた。
「お祝いのお花だよ!」
「ほら乾杯だ!この酒はどうだい!」
通りの左右に並ぶ商店では、今日はどこも本業半ばに、王家の慶事を祝う花束や酒を売り出している。祝意を示すリボンや旗も大いに売れているようだ。
変わったところでは、色とりどりの花弁だけ籠売りしているところもある。
聖堂前広場の手前で、柏も周囲に合わせて花びら入りの籠を一つ買った。
事情を何も知らず、元婚約者の✕✕✕を腐り落としてほしい、なんて依頼を受けていなければ、柏ももっと雰囲気を楽しめたかもしれない。
柏についてくる護衛の二人は、人の多さに苦い顔をしていた。たしかにこの人出では護衛にも監視にも向かないだろう。
今この段階で見失ってくれれば、依頼なんぞ放り投げて逃走できるのに。ぼやいた柏の声は街の喧騒に消える。
この一週間で、彼ら二人から逃走する隙は見出せなかった。一週間前に、ご令嬢の背後に控えていた騎士ほどの脅威は感じないが、騎士団の一員を名乗るだけのことはあるようだ。
どうにか遠目に聖堂の出入口を臨める場所に陣取って、柏は周囲の確認を行った。
一定距離ごとに警備兵が立っている。聖堂と広場の間には、飛び道具も届かないようにしっかりと空間が確保されている。王族に危害が及ばないよう、万全の体制が敷かれているのだろう。柏のスキルにとって、その空間は何の意味もないが。
広場には後から後から人が押し寄せてきていて、柏と護衛との間には二、三人が挟まれ少し距離ができる。好都合だ。
王子と妃の登場を待ちわびる観衆に溶けこんで、柏はじっとそのときを待った。
日も中天にかかっただろうか。
聖堂の鐘が鳴り響いた。聖堂の大扉がゆっくりと開かれていく。距離があるので聞こえはしないが、大扉の木材と金属が重くきしむ音が想像できる。
前方のほうから歓声が上がり始める。
暗く見える聖堂の中から、人が出てきた。
最初は、護衛を務める近衛騎士だろう。騎士服に身を包み、剣を佩いた人物が二人。
次に聖職者らしき長衣の人物。
彼らが大扉の横に並ぶと、最後に、ひときわ綺羅びやかな礼装の男と、男の腕に手を添えた豪奢なドレスの美女が姿を見せた。
「出てきたぞ!」
「王子殿下だ!」
「妃殿下だわ!」
柏の周囲からも声が上がり始める。遠すぎて顔はよく見えないが、周囲の声からも察するに、あの綺羅びやかな男が第二王子なのだろう。ほかにそれらしい人もいないし。
柏は男を見つめながら、心のうちでつぶやいた。
【キャラクターメイク】
スキルを発動するのに、実際に声に出す必要はなかった。たちまち目の前に、第二王子の画像と設定画面が現れる。他の人からは見えない、柏のスキルによる、柏だけの画面。
柏にとってこの設定画面は、この世界に転移する前、新しいオンラインゲームやソーシャルゲームを始めるときにだいたい最初に出てきたもので、見慣れたものだった。
ゲーム内において、自分の分身として使うキャラクターの容姿外見を設定する、【キャラクターメイク】。ゲームによっては、アバター設定だとか、キャラクタークリエイトと言ったりもしていたが、おおよそ機能的には同じだ。
柏は、少し離れた位置にいる護衛の二人をちらりと見て、ためらいを捨てた。やらなければ、殺られるのはきっと柏だ。
柏は、他の人からは見えない設定画面上の項目を手早く変更していった。
今回の変更箇所は三つ。
タイプ1からタイプ2へ。要するに男から女へ。
それから、タイプ2にしたことでやや低くなった身長を元の高さに戻す。
最後に、胸部を最少に。
これで、一見しての変化はわからないだろう。局部が無くなるだけだから。
設定完了。ポチリ。
ちょうど王子とその妃が最前面に出て、手を振るところだった。
「わぁぁぁっ!!!」
観衆の興奮も最高潮だ。大歓声に、人垣が揺れる。
「王子殿下万歳っ!」
「妃殿下万歳っ!」
「王国万歳っ!」
誰かが、持っていた花を空高く投げ上げた。それを見ていた人々が次々とあとに続く。
花を投げる。リボンや旗が舞い上がる。大量の花びらがまき散らされる。柏も、籠の花びらを盛大に上へ放り投げた。誰も彼もが空に放ったものが降り注いできて、急激に視界が悪くなる。
柏は機会を逃さなかった。
そのままぎゅうぎゅうの人ごみの中を、柏は無理矢理前に突き進んだ。視界の端に、柏を見失った護衛二人の焦った表情がかすめる。いい気味だと思う。
柏は護衛が追えないでいる間に、十分に距離を取った。それから胸元から手鏡を出して自分を映し、再度スキルを発動。今度のスキル発動対象は、柏自身だ。
これだけ人がいても、護衛二人はきっと追ってくるだろう。容姿を変えておいたほうが、逃げ切れる可能性が高まる。ただし、細かい変更をしている余裕はない。初期設定を選択した。ポチリ。
そして柏は、着ていたフード付きのローブを脱ぎ捨てた。もう銀髪は消え失せている。
この世界に転移してきたときの姿、黒髪セーラー服の女子高生になった。元の姿に戻ったとも言う。
花びらが舞い散る中。
すでに王子とその妃を一目見て満足した一部の人々は、聖堂前広場を離れて通りに流れ出ている。
まだ王子とその妃を見るには間に合うとばかりに、広場になだれこむ人々と小さな衝突を起こしながら、柏は流れに逆らわなかった。人通りに任せて、そのまま広場を離れた。
護衛という名の監視二人はうまく撒けたようだ。柏は雑踏を縫うように、足早に通りを歩いていく。
もうこの王国に関わるのはごめんだ。できるだけ早く国境を越えよう。浮気王子も脅迫令嬢も、二度と見たくない。
残金など、柏は最初から受け取る気はなかった。命のほうが大切だ。
入るときよりも出るときのほうが警備が緩い都の門をくぐって、柏はすたこら逃げ出した。
ドラクエオンラインが出た頃、自キャラを作る画面で、
ちょっと書こうと思いついてそのまま携帯端末のメモ帳に(何年経ったよ)。
モンハンも出たしさすがに書くかと思って書いた。