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それから


 王の要求を拒んだ柏に与えられたのは、死なない程度の暴力だった。散々に痛めつけられ、手当されて、そして再び三たび暴力にさらされる。

 それでも応じない柏に投げてよこされたのは、乾いた血で変色した三つの徽章だった。


「ルキさん!!!」


 柏は呆然として徽章を握りしめた。

 知っていた。胸を貫かれて、この世界この時代ではとても助からないと。でも助けられると思っていたかった。勝手に涙が落ちていく。

 泣く柏に王は猫なで声で言った。


「そなたはマルベリーという商会と懇意にしていたなあ?」


 にたりと嗤う王は(おぞ)ましかった。


「商会長の妻も妹も、なかなかの美女のようだ。その徽章の持ち主と同じく殺してしまうのは、予とて少々惜しく思うが……」


 柏に選択肢は無かった。




 ルキの最期の姿が頭から離れない。

 柏が、よく考えずにスキルを使い続けたから。柏が、イーラとルキと会えなくなるのを寂しいなんて思わなければ。柏が、王城での護衛なんて要らないと領主夫人に断っていれば。


 頭の中がグチャグチャだ。限界が訪れてうとうとして、泣きながら自分の悲鳴で飛び起きる。


 それでも柏は、柏に考えうるかぎりの交渉はしなければいけないということもわかっていた。泣いていては駄目だ。柏の行動に、マルベリー商会の人たちの命がかかっている。


「マルベリー商会の全員の無事を保証してください。イーラさんと必ず定期的に会わせてください。イーラさんと自由に話せなければ、私は何もしません」


 そう主張した柏の希望は叶えられた。

 数日して、近衛兵二人に挟まれて柏の前に連れてこられたイーラは、憔悴していた。


「イーラさん……私……」

「あたしとしたことが、抜かったよ」


 柏は駆け寄ろうとして、近衛兵に阻まれた。


「やつれたね」

「イーラさんこそ」


 力ない笑顔を浮かべるイーラ。


「カシワ、ルキは夫人が連れ帰ったよ。伯爵家で、歴代の英雄のあいだに弔うと言ってた。それで、夫人からなんだが……ルキの徽章三つ。カシワが持ってるかい?」


 柏が徽章を差し出して見せると、イーラは痛ましい表情になった。


「夫人はそのまま持っていて良いと言っていた。ルキもそうして欲しいだろう、と」


 柏はこくりと頷いた。


「カシワ、あんたが交渉してくれたんだろう?義姉さんが危ないところだったんだ。ありがとう」

「うぅん。隊長さんや他の人たちは?大丈夫だった?」

「みんな無事だよ」

「イーラさんは?」

「あたしは……断ってるんだが、断っても断ってもなんか元貴族が(そば)にいてなぁ……そのせいでわりと安全なんだ」


 どうやら、ナムーア伯の実弟はまだ頑張っているらしい。


「あとは、これもカシワか?今日、ここに来る前に、マルベリーに免状が出た」

「えっ……」

「その反応は、カシワじゃなかったようだね」


 そう言えば、王太子殿下、王太子妃殿下が()(まか)った件で、敵対していた二、三の貴族と後援していた大商家が一つ処分された。たぶん、それでだな。


 淡々と世間話のように口にするイーラに、柏は察した。きっと王から商会への口止め料だ。


「免状を貰ったら、もっと最高の気分になると思ってたよ」


 イーラの声は苦かった。


「……イーラさん。知らない国に行ったら、どんなだったか教えてください」

「ああ」


 イーラたちが無事でいなければ、柏はもう精神を保てない。

 イーラは柏の足枷を見つめていた。


「なあカシワ。……あたしと夫人とで、なんか考えてみるよ。いつかあんたが、ルキに花を手向けるくらいはできるように」

「イーラさん……」

「だからあんまりやつれるんじゃないよ。ルキもきっと心配する」

「……はい」






 ――柏が足枷から解放されたとき、十五年が経っていた。


 若返った王もやはり明君だった。国はよく護られ、貴族は程良く制御されて、民の生活は安定している。このまま続くかと思われた王の国。


 しかし。

 まだ子どもで、からくも王の凶刃を逃れたかつての王太子妃の第一子、彼が突如として兵を挙げた。ブライト伯ナムーア伯ら有力な家門がこれに従った。

 どこか慢心があったのか、不意を突かれた王は、貴族牢となっている塔を登った先の部屋の前で討たれた。


 新王と遺骸となった前王は、ほとんど年齢が変わらぬように見えたという。


「きっと多く者が、前王を討った余を非難するだろう。余は(さき)の王のように賢くはない。国も荒れるであろう」


 がしゃんと音を立てて、枷が外れ落ちた。


「だが余は、父母を、弟妹を手にかけた殺人者を、永遠に続く生の王にはしておれなかったのだ。……変幻の魔女よ」




 柏はルキの墓標に花を置いた。

 イーラにぎゅむっと抱きしめられる。


「カシワ……」

「イーラさん」


 もうイーラの腕の中から抜けられないほどではない。イーラも十五年分、年をとっている。


「イーラさん。私、逃げます。ルキさんも逃げてって言っていたし。ここにいたら、また迷惑になってしまいそう」

「……そうだな。兄さんには今度こそ自力で痩せてもらおう」


 柏はふふっと笑った。隊長はリバウンドしていた。


「なあ、カシワ。うちの商会もだいぶデカくなってね。あちこちの国に支店があるんだ」

「?」

「ブライト伯爵家の徽章を持つ客、とくに三つの徽章を持つ客人は必ず助けるように伝えてあるから。何かあったら頼りな」

「ありがとうございます」

「まあ、あんまり大きな厄介事は困るけどね!」

「はい!」


 イーラに別れを告げて、柏は旅立った。




 ……が、すぐに領都の路地に飛びこんだ。かつて【うたたね】があったそのかげで、柏は手鏡を出して声に出さずに唱える。


【キャラクターメイク】


 銀色の髪に黄色っぽい瞳。髪型、体型、年齢。柏はルキの姿になった。一番親しみ慣れた姿。ルキのことは、今でも柏の一部分になっている。柏はさっとマントを羽織って服装を隠した。


 それから路地を出ると、男が二人。

 彼らはちらりと柏を見て、しかしすぐに関心を失ったようだった。彼らは別の人物を探すように――そう、黒髪の柏を探すように目を配っている。


 柏はそのままさくっと歩いて逃げた。





お読みいただきありがとうございました。

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