御招き
「ついに来たよ!!!」
本日最後のお客様をお見送りして、ほぅっと一息ついていたところにイーラが飛びこんできた。
「イーラさんっ?!」
柏は驚いて声を上げる。
あまりの勢いに、危うくルキが剣を抜きかけたほどだった。
「まだ読んでないか」
「何ですか?」
「領主夫人からの手紙だよ」
イーラは服の襟口から封筒を引っ張り出した。柏が知るかぎり、イーラはよほど大切なものでなければそこに入れない。
「そういえば昼頃こちらにも届いていましたね。今日も予約がいっぱいでしたから、確認する時間がありませんでした」
ルキがそう言うと、イーラがにやりと笑った。
「っし、じゃあせっかくだから、あたしも一緒に確認するよ。嬉しい報せは何度見ても嬉しいからね!」
文箱から取り出し開封したは良いものの、夫人の手跡はやっぱり達筆すぎて柏には読めないため、ルキに読み上げてもらった。
それによると、
「王太子妃様からの御招き……?!?!」
「そうだよカシワ!ついに来たんだ!」
イーラにぎゅむっと力いっぱい抱きしめられて、柏はその豪壮な胸で窒息しかけた。
「んっ!んーんーーー!!」
「まずはおめでとうございます。でも、これからですね?」
ルキがイーラに祝意を伝えながら、器用に柏を解放してくれた。イーラが力強く頷く。
「そうだな。お会いするのは取っ掛かりにすぎない。お会いして、その後が大切だ。気に入られて、いずれ何度もお呼びがかかるようにならなければ」
「そうでしょうね」
「夫人に同行させていただくから、たぶんあたしらが王太子妃様と話す機会はない。でもやりようはある」
イーラはいつも以上に燃えているようだ。
「カシワ、こないだ作った人をダメにするクッションもどき15号を献上品にする気はないかい」
「え。うーん、でもあれはまだ品質がイマイチで……」
「あたしが思うに。もし王太子妃様が気に入れば、王家の力を使って改良するだろう。あたしらの商会だって小さくはないが、絶対にそれ以上の人とお金を使える。納得のものができるかもしれない」
「おぉー」
「どうだい」
「持っていきましょう」
「っし」
ルキから、チョロい……という声が聞こえた気がしたが、柏もイーラも無視した。
「他の献上品については、こっちで準備する。礼儀は確認が要るな」
「「要りますね……」」
これは柏もルキも同意見だった。
「あと服。ルキは護衛で揃いのがあるから良いとして、あたしと柏は程良く上等なのが必要だ」
着用するものに関しては、王城に上がるのに相応しく、かつ、領主夫人の事業に関わっていることがわかるような、しかし分を越えない等級の、などと条件がたくさんあるらしい。
イーラならきっと素敵なものを用意してくれるだろうと、柏は全面的にイーラを信じることにした。丸投げとも言う。
「夫人にも確認しておく。柏も何かあったら言うんだよ。あたしかルキから夫人に聞いておくから」
「はい!」
そうして、主にイーラが満を持して迎えた御招きの日。
王城は、内部もやっぱり凄かった。厳重な身体検査後に入るのを許可されたのだが、仮に日本から海外旅行に行った先で「この城は世界遺産です」なんて言われていたら柏はまるっと信じただろう、そういう感じだ。
……なんか、前にも同じこと思った気がする。
侍女に案内され、近衛兵、領主夫人、護衛、イーラ、のすぐうしろにくっついて柏は歩いた。柏の後ろはルキで、最後尾をさらに近衛兵が固めている。
柏たちが通された部屋は、たぶん応接室だった。部屋を見て、柏は初めて上品と豪奢が両立する概念だと知った。が、意外なことに領都のブライト家居城の応接室よりは狭かった。
あとから夫人発イーラ経由で聞いたところによると、通されたのは王太子妃様の私的な応接室で、本当に限られた人しか入れないため広くなくて良いらしい。同時にこれは、ブライト伯爵家が王太子妃様の私的応接室に通してもらえるほどの力と信用を得ている、ということを意味するそうだ。貴族って難しい。
ちなみに、王城内で公的に多くの人と会うとき用には、謁見の間や政務用の応接室があると説明された。王城っていったい何LDKあるのだろう。
じっと待つこと少し。数名の侍女や近衛兵を引き連れて、ちょっと見たことないほど気品のある美女がやって来た。
柏でも一目でわかった。王太子妃様だ。
「ごきげんよう、ブライト夫人」
「王太子妃殿下に御挨拶申し上げます」
王族に相対したとき限定の最高礼をとる領主夫人。イーラ、柏、ルキと護衛たちも一斉にこれに倣う。柏が思うに、ここに来るまでの準備の半分以上は、最高礼の練習だった。
「わたくしと夫人の間柄ですもの、そう畏まらないで。楽にしてちょうだい」
「はい、妃殿下。では御言葉に甘えまして」
柏がしっかり全文聴き取れてしっかり理解できたのは、このへんの定型文までだ。王太子妃様と夫人の間で流れるように言葉が増えて、すぐに追えなくなる。
現代日本で、園児が社会人の会議を聞いたときには、こういう気持ちになるのかもしれない、と柏は思った。柏は園児ではないので、せめてスキルを希望される箇所――ダイエットなのか髪なのか、とか――だけでも聴き取ろうと頑張ったが。
ブライト夫人に初めて会ったときには匙を投げていた貴族の会話も、柏なりに努力して――教師役を引き受けたルキが努力したとも言う――少しはわかるように成長した、はずなのだ。柏は、中間考査及び期末考査でリスニングの試験に挑むのと変わらぬ気合いで、なんとか把握した。
どうやら王太子妃様は第一子ご出産と加齢とで、体型が変わったことをお悩みのようだった。柏が中学生の頃、叔母がなんか似たようなことを言っていたから、これはたぶん合っている。
しかも、王太子妃様の妊娠中から王太子様が愛妾にうつつを抜かし、戻ってこなくなって第二子がどうのこうの。とも言っていたかもしれない。柏はこのへんの聴き取りにはあまり自信が持てなかった。
隠語略語業界用語は、聴き取れても意味を察するのが難しいのだ。現代日本でも、チャリが自転車だとかデフォがデフォルトだとか、そういうのなら柏だってわかるが、王太子妃様と夫人はすべてが婉曲遠回しである。いちいち考えていたら、会話が進んでしまっている。
それにしても、妊娠中の浮気か!
世界が違っても、人間やることは同じなんだろうか。
きっと同じなんだろうな。
人間だもの。かしわ。
柏はちょっと詩人になった。




