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うたたね純愛譚


 ざまぁ後の展開をろくに考えていなかった柏と違い、イーラのほうは完璧にスタンバっていた。


「いつでも来い!礼装平服小物宝飾品、全部渡りはつけてある任せろ」


【うたたね】でダイエット、からの痩せて服がぶかぶかになる、からの服のオーダーメイド。


 見事、広告塔の役目を果たしてくれた次期伯爵は肥満体型から標準体型になったので、所持していた服がすべて着られなくなった。

 毎週のように痩せるのでそれまでの針子では足りず、出入りの商会とさらにイーラたちの商会が新たに参加して、よってたかって大至急で礼装から平服から総入れ替えした。その経験から、夜会で【うたたね】の痩身が話題になればこの流れが来る!と確信して、イーラはすでに動いていたらしい。


 手ぐすね引いて待ち構えていたイーラを見て、それからぽやんとしていた柏を見て、ルキが苦笑していた。


「カシワは大商人にはなれませんね」


 べつに、イーラと違って柏は大商人を目指していない。でも柏自身、ルキの意見に異論なかった。




 柏は多忙になった。


 領主夫人より下の爵位の貴婦人には【うたたね】に来てもらえるが、夫人より上の爵位の貴婦人の場合には、柏が出張する必要がある。

 これまでのように午後だけでなく、午前中から移動して一日かかることも増えた。


 なお、貴族男性の場合は、全員【うたたね】まで足を運んでもらっている。領主夫人によると、これは(淑女)たちの安全と評判のため、だそうだ。

 ご自身の邸宅ならいざ知らず、我が伯爵家の別邸で無茶をする紳士はいらっしゃらないでしょう、ということだった。

 じつはこれまでに二人ほど、柏を平民と見て無茶する似非(エセ)紳士が現れている――彼らはルキの前に敗れ去り、領主夫人から書面にて出禁を申し渡された――から別邸でも絶対安全ではないのだが、それでも他家より安全なのはたしかだった。


【うたたね】では、提供するサービスそのものも少し変わった。

 領都ではダイエットと日焼けを治すのと、まれに胸部の補正だった。が、貴族の女性はほとんど日焼けしないので、【キャラクターメイク】で肌の色に触れることはなくなった。

 その代わり、ダイエットともう一つ、別の要望に応えることになった。


 そのきっかけは、こうだ。


 あるとき柏は、ダイエットを目的に【うたたね】を訪れたマロウ男爵家のご令嬢から、ひどい縮毛に悩んでいるという話を聞いた。

 柏の前で髪をといてみせたマロウ嬢はたしかに爆発的天然パーマで、これでは髪を()くにも一苦労だと思われた。

 そこで柏はイーラとルキと、ルキを通して領主夫人に相談した。縮毛矯正できるが、やってみても良いか?と。


【キャラクターメイク】で変更できる項目には髪型もある。スキンヘッドからポニテ、リーゼントに縦ドリル、その他各種ある。もちろん、ロングのストレートヘアも。


 長く美しい髪というのは、貴族女性には一定のステータスのようで、領主夫人からはまた前のめり気味にOKが出た。

 相変わらずポチるだけの簡単なお仕事だ。

 柏はさっそくマロウ嬢を見事な美しい直毛に仕上げたのだが、彼女の話題が社交界の淑女たちの人気を(さら)い、大きな反響を呼んだのだ。




 マロウ嬢には、隣の領にアーネストという年上の幼馴染がいた。

 彼女は彼に淡い想いを抱いていた。でも、妹としてしか見られていないようだし、と思いこみ、髪のことで劣等感を抱えていた彼女は、はじめから「わたくしなんか」と諦めてしまっていた。


 ところが【うたたね】を訪れて以降、マロウ嬢は髪のことを気にしなくて良くなった。むしろ、うる艶さらっさら、天使の輪が光るストレートの長い髪で自信がついた彼女は積極的に社交をするようになった。


 一方で、幼馴染のアーネストは気が気ではなくなった。

 彼は彼で、兄としてしか見られていないようだし、と思いこんでいた。下手に婚約話など持ちかけて嫌がられたら辛すぎる、それならずっと幼馴染でいたほうが、と諦めてしまっていた。


 しかし、人と関わることが増えたマロウ嬢に、アーネストは焦った。みんなが彼女の魅力を知ってしまう。アーネストが知らない誰かと結婚してしまうかもしれない、と遅まきながら気がついた。

 彼はこれまで、彼女との関係を変えるタイミングを完全に失っていたのだが、それどころではなくなった。


 柏のスキルによって背中を押され、もとい、背中を突き飛ばされる勢いで、アーネストはマロウ家に婚約を打診。マロウ家の当主はこれを快諾。


 婚約者として順調に交流を深めるうちに、互いの思いこみも解消され、夜会には仲睦まじく寄り添う二人の姿が――




 という、マロウ嬢とアーネスト氏の純愛譚が社交界を席巻した。らしい。

 例によって、読めない達筆すぎる夫人の私信で伝えられ、柏はルキに読み上げてもらった。


 曰く、【うたたね】に招かれれば恋が叶う。曰く、【うたたね】を招いたら幸せな結婚ができる……

 そんな噂が噂を呼んで、すでに評判だった【うたたね】の人気はさらに爆上がり。髪の相談事にも乗ることになったのである。


 ちなみにマロウ嬢からは、夫人の私信より先に御礼状が届いていた。

 悩みの種だった縮毛が解消されて自信がつき、【うたたね】一同にとても感謝していること、【うたたね】をあちこちで推しまくっていることが綴られていたが、婚約したことは最後にさらっと触れられているだけだった。さすがに本人、堂々とノロケるには照れと恥ずかしいが過ぎたのだろう。


「両片思いとか♡」


 これでも柏、元女子高生である。

 この世界に来てしまって、もう高校卒業する程度の時間が経っているから元になるが、恋バナはべつに嫌いじゃない。


「甘酸っぱいですね。本人たち以外、周囲はみんな気がついてたんでしょうねえ」


 眩しいとニヨニヨの間くらいの表情のルキ。反対に冷静なのはイーラで、


「この情報、半分くらい捏造じゃないだろうね?」


 疑っているイーラに、ルキが苦笑した。


「夫人も貴族ですから。事業を有利にするのに、ある程度は噂を盛ったでしょうが、大筋は事実だと思いますよ」


 嘘は事実に多少混ぜるくらいでちょうどいいんです、と説明するルキに、イーラは納得したらしかった。それですぐさま、恋人への贈り物に最適な品を売りこまなければいけないね、となるあたりが逞しすぎて、柏は(おのの)いたが。


「まっすぐな髪になったし、髪飾りもいいね」


 定番の花やドレスも悪くないが……だとすると、あの職人に声をかけて……などと、脳内で着々と販売リストを準備しているらしいイーラに、ルキまで若干表情がぎこちなくなる。

 引き気味の二人に気がついたのか、イーラが異議を申し立てた。


「なんだい二人とも。恋人には熱いうちに売れって言うじゃないか。ここで売らなかったら商人の名折れだよ」


 なにその「鉄は熱いうちに打て」っぽい異世界ことわざ……




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