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「元婚約者の✕✕✕を腐り落として欲しいの」・前


「元婚約者の✕✕✕を腐り落として欲しいの」

「…………んっ!?」


 柏はちょっと言われたことが信じられなくて、喉に声が詰まってしまった。


 いかにも清楚で高貴で、貴族のご令嬢とまるわかりの女性から、そんな言葉が出てくるとは思ってなかったから。

 柏が(うめ)いたのが良くなかったのだろう。聞き取れなかったと思われたのか、女性はもう一度、同じ科白を繰り返そうとした。


「ですから、元婚約者の✕✕✕を」

「わーーー!」


 柏は慌てて大声をあげて遮った。つい早口になる。


「大丈夫です聞こえてます二度も言わなくても把握してます」


 うまく変装しているにしても、いかにも清楚で高貴で、貴族のご令嬢とまるわかりの女性から何度も聞きたい言葉ではなかった。


「そうですの?」

「そうです」


 柏は急いで頷いた。


「それで、できますの?変幻の魔女様ならできると聞いたのですけれど」


 女性から問われて、柏は口を引き結んだ。


 変幻の魔女というのは、柏の通称だ。柏自身が自ら名乗った覚えはないが、通称だ。

 バレないように、こっそりひっそり暮らしていたのに。いつの間に知られてしまったのだろう。この国には長く居過ぎたようだ。もっと早く、違う国に移動しておくべきだった。でも、後悔してももう遅い。


 柏は女性の背後にちらりと目をやった。


 当然だが、高貴な女性がたった一人で出かけるということはない。必ず護衛がつく。今、この女性の背後、剣把に手をかけている屈強な騎士がいるように。


 たぶん断ったら、この話が漏れないよう、今ここで騎士に斬り殺されるのだろう。

 仮に引き受けても、依頼を達成した段階で、話が漏れないように処分されそうだが。


 柏は、己の長い銀色の髪を指先で(もてあそ)んだ。

 まったく、嫌な状況だ。


 柏は、変幻の魔女と呼ばれる元になったスキルを持っているが、戦闘能力は皆無である。

 この世界に転移してからかなり経っているので年齢は重ねたが、柏は元々はセーラー服を着た単なる日本の女子高生だったのである。そしてその後も、武力を身につけることなく生きてきた。今、女性の背後に控える騎士から逃げ切れる気がしない。


 実質、選択肢が無いことに柏はため息をついた。


「できるかできないかで言えば、できます」

「まあ!さすが魔女様ですわね!」

「私は、たぶんあなたの事情を知っていると思います。あなたがわざわざ私を探し出して、その……腐り落としてほしいと依頼したくなった事情」

「ええ、そうですわね。噂になってますから。高名な魔女様が、わたくしの事情を知らないはずがありませんわね」


 柏はできるだけ人との接触を避けて暮らしていたが、それでも時折街に出れば聞こえてくることもある。

 ここ一年ほど囁かれていただろうか、この国の第二王子が侯爵令嬢との婚約を破棄して平民上がりの娘と結婚するという話題。王子と平民上がりの娘は、一週間後には挙式して、都の聖堂前広場で庶民にも披露目をするという。


 察するに、この女性は侯爵令嬢で、浮気しやがった元婚約者である第二王子のことが許せない。だから元凶である奴の局部を腐り落として欲しい、というのだろう。彼女自身では実現不可能だから、こうして柏に依頼しに来たというわけだ。

 物騒なことである。気持ちはわかるが、巻き込まないでほしいやめてほしい。


 いちおう、柏は止めてみることにした。


「あなたの気持ちはわかります。よくわかります」

「そう」

「でも、そんなどうしようもない王子と縁が切れたのは良かったと思って、この際、もう関わるのはやめませんか」


 依頼をやらされるのは柏だ。やらずに済むなら、できればやりたくない。

 柏だって浮気野郎は滅べと思うが、だからって、自分が相手を破滅させるとなったら話は別だ。

 第二王子なんてそもそも柏とは何の接点もない相手だし、一国の王族相手にそんな危険な橋を渡りたくない。第二王子の局部を腐り落とすなんて、そんな。


「わたくし、とても傷ついたんですのよ」

「それは、そうでしょうね」

「彼には私と同じだけ傷ついて欲しいんですの」


 口調ばかりは淡々としているが、ご令嬢の目の奥にはギラギラした激情がある。

 貴族としての理性はあるだろうに、感情に任せてそんな風に頼まれたら、もう柏の理屈では止めようがない。さらに、背後の騎士がさっきから殺気を放っている。

 げんなりした。説得できる気がしない。


 だいたい、柏は世間に流れている正しいのか正しくないのかもわからない噂しか知らないのだ。貴族に情報統制されているのかどうかもわからない、上っ面の噂でしか婚約破棄騒動を把握していないのだ。

 目の前の当事者に聞けば、真相の一端は知れるかもしれないが、貴族の事情に深入りもしたくない。これ以上、抜き差しならない状況に陥りたくない。これで的確な慰めや説得をしようなど、土台無理だったのだ。

 柏は折れた。


「……報酬は」

「魔女様にお見せして」


 そう言って女性が目配せすると、騎士が革袋を取り出して目の前の木卓に置いた。金貨同士がぶつかったのだろう、金属の重い音がした。


「こちらは前金ですわ。残りの半分は依頼達成後に」

「良いですね。やりましょう」


 柏は革袋の中身も確認せず、投げやりに肯いた。


「まあ!ありがとう、引き受けていただけて嬉しいですわ!」


 花のような笑顔を向けられても、柏のほうはべつに嬉しくない。柏は少し考えて、それから告げた。


「……残りは一週間後、第二王子成婚後の深夜、都の聖堂前広場で払ってもらいましょうか」

「わかりましたわ」

「初夜に使いものにならなくて、王城は一騒動というわけです。それまでに用意してください」

「さすが魔女様、容赦ないことですわね」


 微笑んだ女性に、騎士が背後から進み出てくる。


「お嬢様。僭越ながらこれより一週間、騎士団より二名、魔女殿の護衛につかせていただきたく」

「まあ!それなら安心ね!」


 何がだ!勝手な依頼をしておいて、そのうえ監視か。

 柏は舌打ちしたくなる気持ちを精一杯抑えた。


「魔女殿、よろしいか」

「はい」


 よろしくはないが、頷くしかなかった。






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