ヘンゼルとグレーテルと残念な魔女
二次創作(童話改変)です。後半ラブコメ展開します。
むかしむかし、貧しい木こりの家にヘンゼルとグレーテルという兄妹がいました。
ある日、とうとう食べる物がなくなってしまい、継母は木こりに言いました。
「明日、子供達を深い森の奥へ置いて行きましょう。何とか森で生きていくでしょうからね」
その話を隣の部屋で聞いていたヘンゼルとグレーテル。
シクシク泣き出した妹のグレーテルに兄のヘンゼルが言いました。
「大丈夫!僕に任せて!」
ヘンゼルは外へ出ると、月明かりに光る白い小石を拾いました。
次の朝、継母と木こりはヘンゼルとグレーテルを森へ連れて行きます。
歩きながらヘンゼルは、ポトン、ポトンと小石をこっそり落としていきました。
深い森の奥で継母が子供達に言いました。
「薪を拾ってくる間、ここで待っておいで」
でも、いくら待ってもお父さん達は戻って来ません。
「どうやって家に帰ればいいの?」
「グレーテル、夜になるのを待つんだよ」
やがて月がのぼると、白い小石がキラキラ光りはじめたのです。
二人は小石をたどって家に帰り着きました。
何日かして継母は、もう一度子供達を森に置いてこようと木こりに言いました。
ヘンゼルは小石を拾いに行こうとしましたが、その日の夜はドアに鍵がかかっていたので、外に出る事はできませんでした。
ヘンゼルは今度はポケットにパンを入れました。
森の奥で二人はまた待つように言われましたが、やはりお父さん達は戻って来ません。
「ヘンゼル、今日も家に帰れるの?」
「いや、もう家には帰らない」
ヘンゼルはキッパリと言いました。
「え? 帰らないの?」
「だって、帰ってもまた捨てられるもの。あんな家に戻るくらいなら、街を目指そう?」
街には子供を保護してくれる施設があるかもしれないし、子供にできる仕事だってあるかもしれません。
「でも、お父さんは私達を捨てるのを反対していたわ。帰ったら喜んでくれるはずよ?」
「グレーテル、それは物語補正だよ」
「も、物語補正?」
「そうだよ。例えばだけど…僕らがこの先、宝物を手に入れたとする。そしたら、グレーテルはどうする?」
「え? 宝物を手に入れたら?……うーん、家に持って帰るかな? お金があれば捨てられる事もないし、幸せに暮らせるでしょ?」
「グレーテル、よ〜く考えて? 本当に心からそう思う? 僕達を捨てた親とまた一緒に暮らしたい?」
「えーと…お母さんは意地悪だけど、お父さんは私達の事を愛してくれているはず…」
「本当に愛してるなら子供を捨てたりなんかしないよ。僕は、どちらかと言うとお父さんの方が許せないんだ。あんな女の口車にのせられてさ…そもそも生活が苦しいのは、お父さんの稼ぎが悪いのが原因でしょ?」
「確かに、そうかもしれない。私、何故だか分からないけど、お父さんは悪くないって思い込んでいたわ」
「それが、物語補正と言うものなんだ。何も疑わずに生きていると、シナリオ通りに話が進んでしまう。でも僕は、そんなのは嫌だ。世の中には物語補正に抗って生きる令嬢だっているらしい。だから僕らも抗おう!あんなクズ親は、こっちから捨ててやるんだ!」
「本当にそうね、そうしましょう!」
ヘンゼルの話を聞いてグレーテルは何度も頷きました。
「実は、仕返しだって用意したんだよ」
「え?仕返し?」
「ブレーメンの音楽隊に手紙を出したんだ」
「ブレーメンの音楽隊って何?」
「ブレーメンの音楽隊はね、高齢のロバと犬と猫とニワトリで形成された楽団だよ。泥棒の家を乗っ取ったという実績のある方々なんだ」
「家を乗っ取ったの?それって悪い事じゃないの?」
「グレーテル…この世界にはね、悪い奴には悪い事をしてもいいってルールがあるんだよ」
「そ、そうなの?」
「ブレーメンの音楽隊の住んでいる元泥棒の家は、もうガタが来ているらしい。我が家は貧乏だけど、家は綺麗だろう?」
「木こりの家だからね。家だけは頑丈だよね」
「僕は、両親にされた酷い仕打ちを手紙に書いたんだ。どうかお願いします。お仕置きをして下さい。何なら親を追い出した後、その家に住んでも構いませんってね」
「へ、返事は来たの?」
「うん。君の気持ちは受け取った!ぜひ我々がその毒親をやっつけてやろう!って心強い返事をもらったよ」
「お父さん、ビビりだから音楽隊におどかされたら真っ先に逃げるだろうね…」
「そうだね。家を失って、うんと困ればいいんだ」
ヘンゼルは悲しそうにそう言い捨てると、グレーテルの手を取って歩き始めました。
◇
街へ向かったはずのヘンゼルとグレーテルは、すっかり道に迷ってしまいました。
「変だな? 道順はしっかり調べたはずなのに…」
「もしかして物語補正ってやつじゃないの?」
「うん、そうかもしれない」
ヘンゼルはポケットに入れておいた小さなパンをグレーテルと分け合って食べました。
森の中を歩き回ってお腹はペコペコです。
「もう、一歩も歩けないわ…」
そうグレーテルが呟いた時、ヘンゼルが小さな家を見つけました。
「凄いぞ、グレーテル!お菓子の家だ!」
「ほ、本当だわ!夢みたい……」
ビスケットの壁、チョコレートの扉、キャンディの窓、ドーナツ、シュークリーム、マシュマロやグミまで貼り付いています。
グレーテルがお菓子の家に手を伸ばすと、慌ててヘンゼルが止めました。
「グレーテル!この家、おかしくないか?」
「え? 何が?」
「だって、甘いお菓子なのに全く虫がいない」
「ほ、本当だわ!」
「いつからあるのか分からないけど、カビたり腐ったりもしていない!」
「確かにそうね…」
ヘンゼルとグレーテルが怪しんで見ていると、お菓子の家から人が出てきました。
「私の家をかじっているのは誰だい?」
「いえ、かじってませんけど」
ヘンゼルが速攻で否定すると、人影は慌ててポケットからメモ用紙を取り出しました。
「は、話が違う…子供達はお菓子の家をかじっているはずでは…?」
その人影は、サラサラの黒髪とルビーのように赤い瞳の可愛らしい女の子でした。
「だって、見るからに怪しい家ですからね。いくらお腹が空いていても、かじりませんよ」
ヘンゼルの冷静な判断に女の子は涙目になりました。
「やっぱり私には無理なんだ…子供を騙して食べる簡単な仕事だってお師匠様は言ってたけど…やっぱり私には無理なんだ…」
女の子は膝をついて落ち込んでしまいました。
「ねぇ、貴方ってもしかして魔女なの?」
グレーテルの言葉に、女の子の肩がビクリと跳ね上がります。
「ま、ま、魔女じゃありません!わ、私はただの親切なおばあさんですよ!」
「その黒ずくめの服はどう見ても魔女だよね? それに、おばあさんって歳ではないでしょ?」
女の子は大慌てでメモ用紙を確認しました。
「お、おやおや可愛い子供達だね。い、家に入って私が作ったご馳走をお上がり……」
先程のやり取りをなかった事にして、棒読みでセリフを読み上げたのです。
「ヘンゼル、どうする?」
「うーん…とりあえず、話に乗ってあげようか?」
ヘンゼルとグレーテルは、魔女の女の子が少し気の毒になって、言う通りにする事にしました。
2人が家に入ると、女の子はホッとした顔をしてメモ用紙をポケットにしまいました。
テーブルの上にはたくさんのご馳走が並んでいて、奥には2人のベッドまで用意されています。
「やっぱり怪し過ぎるよね?」
グレーテルの指摘に女の子はまた慌て始めました。
「あ、あ、怪しくなんてないですよ!お菓子の家もこのご馳走も全部私が作ったんですから!」
「魔法で出したんじゃないの?」
「私に、そんな高度な魔法は使えません!」
「あー! ほらやっぱり魔女なのね」
「え? え? ああぁぁ……」
頭を抱えて落ち込む魔女っ子に、グレーテルは励ますようにポンポンと肩を叩いたのでした。
「じゃあ本当に、お菓子の家もご馳走も魔法で出したんじゃないのね?」
「はい…」
「虫が寄ってこないのはどうして?」
「それは、お師匠様のおかげなのです。お師匠様はとても力の強い魔女ですからね」
魔女っ子は壁際に置いてある大きな壺を指差しました。
「あの壺を使って作ったお料理は、しばらく腐らないし虫も寄ってこないのです。お師匠様が私の為に用意してくれた魔法の壺なのです」
少し得意げに答える魔女っ子に、今度はヘンゼルが尋ねました。
「つまりその壺を使うと腐らないし虫も寄りつかない…毒のような食べ物が出来るって事?」
「し、失礼な!毒じゃないですよ!添加物すら入っていません。素材にはかなりこだわりましたし、心を込めて作ったんです。長期保存可能で虫除け効果が付与されているだけの普通の食べ物です」
「食べても体に害はないの?」
「害なんてありません。美味しいかどうかは…分かりませんけど…せっかく作ったので、良かったら一緒に食べませんか?」
そう言うと魔女っ子は、大丈夫ですよと言うようにパクパクと料理を食べ始めました。
それを見て一安心したヘンゼルとグレーテルは、一緒にご馳走を食べる事にしました。
「ふごくほいしい!」
「グレーテル、食べながら喋ったらダメだよ。でも本当に凄く美味しいね」
「こんなに美味しい料理が作れるなんて凄いわ!」
右手にチキン左手にケーキを持ったグレーテルが褒めると、魔女っ子はしょんぼりした様子で答えました。
「凄くなんてないです。まともに魔法が使えず、いつもお師匠様に呆れられていましたから…」
「お師匠様って、そんなに凄い魔女なの?」
「とても素晴らしい魔女ですよ! 最近は魔女不足が深刻な問題でして…お師匠様は深海に行ってしまいました」
「深海に?」
「人魚に薬を作るそうです。深海で魔法を使うなんて高度な事が出来る魔女はなかなかいませんからね」
そして、魔女っ子は大きなため息をつきました。
「代わりにここの魔女を任されましたが、やはり私には無理なんです…」
がっくり項垂れる魔女っ子にヘンゼルが言いました。
「魔女の事はよく分からないけど、君の料理は頬っぺが落ちそうなくらい美味しいよ。魔法も使わずにお菓子の家まで作ってしまうなんて、僕は逆にそっちの方が凄いと思うけどな」
あまり褒められた事のない魔女っ子は、嬉しさのあまりリンゴのように顔を赤くしてうつむきました。
「その壺を使った料理は、しばらく腐らないって言ってたけど、しばらくってどのくらいなの?」
「え? んーと…たぶん100年くらいですかね?」
「「 ひゃ、100年!? 」」
ヘンゼルとグレーテルは驚いて同時に声を上げました。
「お師匠様は昔、城や人や生き物や食べ物を全て丸ごと100年の眠りにつかせた事があるそうです」
「じゃ、じゃあ、このお菓子の家も100年間このままなの?」
「食べなければこのままですね」
「す、凄いね、お師匠…」
「そうなのです!お師匠様は凄いのです!」
誇らしげに話す魔女っ子に、ヘンゼルはある提案を持ちかけました。
「その凄いお師匠様の壺の力をお借りして、商売を始めてみない?」
「しょ、商売ですか?」
「君と僕とグレーテルで、お菓子をたくさん作って売るんだよ。長期保存可能で美味しいお菓子なんて絶対に売れるはずだよ」
「ヘンゼル!それは名案だわ!」
「で、でも私、商売なんて…自信ないです…」
「君の作る料理は最高に美味しい!どうか僕達にチャンスをくれないか?」
「そうよ!こんなに美味しいお菓子なら絶対に売れるはずよ。お願い!一緒にやりましょう?」
キラキラと目を輝かせて頼むヘンゼルとグレーテル。
魔女っ子は断る事が出来ませんでした。
人に褒められて頼られるなんて、生まれて初めてだったのです。
3人は『お菓子の家カンパニー』を立ち上げました。
ビスケットとクラッカーを袋に詰めて賞味期限5年のシールを貼ります。
賞味期限100年は怪しすぎますからね。
ドライフルーツやチョコレート入りのビスケット、ニンニクや胡椒をきかせたクラッカーも作りました。
子供が一口で食べられる大きさのビスケットは、部屋が汚れなくていいと大変喜ばれました。
期間限定で作った唐辛子山盛り激辛クラッカーは、街の我慢大会で使われて話題になりました。
美味しくて食べやすくて長期保存可能。
期間限定の味は遊び心があって面白い。
やがて、お菓子の家カンパニーは人々に愛されるようになったのです。
◇
「やったぞ!ついに認められたんだ!」
背が伸びて美しい青年に成長したヘンゼルは魔女を抱き上げてクルクルと回りました。
艶やかな黒髪が楽しげになびきます。
彼女もすっかり成長して大人の女性になりました。
「ヘンゼル、どうしたの?」
急に抱き上げられてクルクルされた魔女は驚いてヘンゼルの首にしがみつきます。
「王様にお菓子の家カンパニーが認められたんだ!」
「王様って、あの裸の?」
この国の王様は、若い頃に裸でパレードをしたという少し変わり者の王様なのです。
今はもう、昔の面影はありません。
しっかりコンプライアンスを守り、民の話を聞き入れる立派な王様としてみんなに尊敬されています。
でも、一度ついてしまったイメージってなかなか消えないものなんですよ。
「そうだよ。あの裸の王様だよ」
ヘンゼルは魔女の、顔を覗き込むと優しく笑いました。
「お城の災害備蓄用に、ビスケットとクラッカーを大量購入したいそうだ」
「ほ、本当に?」
「本当だよ。全て君のおかげだ」
ヘンゼルは再び魔女を抱きしめると、またクルクルと回ったのでした。
落ちないようにしがみついた魔女の頬をヘンゼルの金色の髪が柔らかく撫でます。
楽しそうに笑う魔女を抱きしめながら、ヘンゼルも幸せそうに笑いました。
「でも、そうなると人手が足りないわね…」
実は数日前からグレーテルは産休に入ったので、お菓子作りが出来ないのです。
グレーテルは去年、木こりの青年と結婚しました。
金と銀の斧を所有している正直者の木こりです。
「男は誠実な人が一番よ!」
グレーテルは、木こりに対して不信感を抱く兄を説き伏せて、理想の夫を手に入れたのです。
トントントン、バン!
チョコレートの扉がノックされた直後、すぐに勢いよく開きました。
「ヘンゼル、助っ人を連れてきたわ!」
大きなお腹をさすりながらグレーテルが言いました。
隣には心配そうな顔の木こりが寄り添っています。
「助っ人だって?」
ヘンゼルがグレーテルの方を見ると、木こりの後ろからゾロゾロと小人達が現れました。
「凄いぞ!本当にお菓子の家だ!」
7人の小人達は手を叩いて喜んでいます。
「同居していた女の子が隣国の王子と結婚する事になったんですって! 山で生活するのが虚しくなったと嘆いていたから、スカウトしてきたのよ」
「我々は小さいけれど力持ち。何でも言ってくれ!」
お菓子の家カンパニーは、とても頼りになる仲間を手に入れたのでした。
◇
グレーテルの子供は、予定日よりも少し早めに無事生まれました。
木こりにそっくりな可愛い女の子です。
しばらく産休を取った後、仕事に復帰するそうですよ。
お菓子の家の隣には、木こりの家と小人達の家が建ち並んでいます。
ある日、魔女の元に一羽のカラスがやって来ました。
お師匠様の返事を届けに来たのです。
実は魔女は、今までの事を全てお師匠様に打ち明けたのでした。
自分が魔女として役に立たなかった事。お師匠様の壺で作ったお菓子を売って商売をしている事。人間の男性を愛してしまった事。
それは魔女として褒められる事ではありません。
もしかしたら、お師匠様は許してくれないかも…。
魔女は恐る恐る震える手で封を開けました。
『お前の好きに生きればいいさ』
手紙には、たった一言だけ書かれていました。
魔女は手紙を運んでくれたカラスの前に立つと、静かに深く頭を下げました。
優秀なお師匠様は、深海の魔女の役目を終えて、今度は傲慢な王子に野獣の呪いをかけに行くそうです。
「君に話があるんだ」
月のキレイな夜に、ヘンゼルは魔女の前でひざまずいて言いました。
「僕は君の事が好きだよ。君を思うと幸せで苦しくて、どうしても君が欲しくてたまらないんだ。どうか、どうかこれから先もずっと僕の側にいてくれませんか?」
ヘンゼルは震える指で魔女の手を握ると、まるで祈るように自分の額を寄せました。
魔女は小さな声で「はい」と答えるのが精一杯です。
赤い瞳は幸せそうに潤んで、宝石のように美しい涙がこぼれ落ちました。
ヘンゼルは魔女を強く抱きしめると、まるで踊るようにクルクルと回りました。
ビスケットの香りのする腕にしがみついて、魔女は楽しそうに笑います。
「受け取ってくれる?」
ヘンゼルが指を鳴らすと、右手から指輪が左手から花束が現れました。
「ヘンゼル!魔法が使えたの!?」
「そうだよ。僕は君の為なら魔法だって使えるんだ」
魔女の手を取って指輪をはめると、ヘンゼルは嬉しそうに頬にキスをしました。
実はこれ、魔法ではありません。
何度もグレーテルにダメ出しをされながら練習した手品なんですよ。
こうして長い長い時間をかけてようやく結ばれた2人は、いつまでも幸せに暮らしました。
でもね、何事もなく幸せに暮らした訳ではないんです。
だってこの後に、とんでもないトラブルに見舞われるのですから。
「私、小人達の家に帰らせていただきます!」
隣国の王子と喧嘩した白雪姫が小人の家にやって来て、お菓子の家コーポレーションは厄介事に巻き込まれてしまうのです。
その騒動が落ち着くと、今度はブレーメンの音楽隊から「何故か家が壊れてしまうんだが…」と相談を持ちかけられます。
やがて、ブレーメンの音楽隊は小人達の家の隣に引越してくるので、だいぶ賑やかになりますよ。
お菓子の家コーポレーションは、今日も美味しいお菓子をたくさん作っています。
今なら、期間限定の紅茶ビスケットと七味クラッカーが購入可能です。
よろしければ、あなたも食べてみませんか?
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