第二章 2 ーー 奇妙な不安 ーー
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確かに一馬は曲がったことが嫌いな奴ではあった。
普段の大人しさはなく、威嚇するみたく鋭い眼光で睨む一馬に、智也は委縮してしまう。
怯えた様子を察したのか、呆気に取られて溜め息交じりでかぶりを振る。
動きを止めたとき、普段の穏やかさに戻っていた。
「んなわけないじゃん。ま、今日は休みみたいだけど」
智也が漂わせた重苦しい空気に根負けしたのか、笑いながら一馬は愛未の席を眺め、智也も釣られて眺めた。
「……冗談だろ」
真剣に眺める智也に驚き、一馬は声を上擦らせた。
「智也、なんでそんなこと、思ったんだ?」
ふざけた様子を見せない智也に、一馬の疑念がこぼれた。
「なんで、そんなこと考えてしまったんだよ?」
「そんなことって?」
一馬はこちらを向こうとしなかった。けれど、じっと愛未の席を眺めている様から、伝えたいことは多少伝わってきた。
愛未に対する疑念だと。
「……だってほら、事故で」
「……事故って?」
…………
……あれ?
メガネのブリッジを上げて問う一馬に、智也は声を詰まらせ、目が泳いでしまう。
なんで?
顎に手を当て、宙に視線を泳がせてしまう。自分でも納得できる明確な理由が浮かんでくれなかった。
霧に紛れた記憶を探ってしまう。
「――だったら火事、とか」
自然とこぼれていた。
記憶の奥底に見えた光景。
真っ赤に燃え、黒煙を昇らせる住宅街の光景が脳裏に映し出される。
実際に見た画ではない。火事によって燃えた住宅街の映像を映したテレビのニュースとして脳裏に過っていた。
すぐに胸が熱くなり、放課後に見た愛未の笑顔が不意に蘇っていた。
「そう。火事だよ。それで……」
「だったら、ってなんだよそれ」
そこで急激に記憶に扉が閉ざされてしまった。
胸の奥に潜む、奇妙な不安。
それが事実なのか虚構なのかわからないまま、疑念は矛盾して膨らんでいく。
「それに火事って、やけにはっきり言われてもな。ってか、ほら」
呆れながら聞いていた一馬はふと声を詰まらせ、ポンと智也の肩を叩いた。
何度か叩いて何かを促していた。
最初は茶化しているのだと無視をしていた智也。それでも叩かれるたびに力がこもっていく様に、ようやく顔を上げると、一馬はペットボトルの底である場所を指した。
「火事がどうって言ってもな、本人がああやって」
-― 姫野っ。
ペットボトルの底は愛未の席を捉えており、そこには死を疑っていた愛未の姿があった。
あたかも遅刻した様子で、騒然とする輪に静かに紛れていき、カバンから教科書を机のなかに移していた。
「何か変な夢でも見ていたんじゃないか」
心配して言う一馬だけれど、智也には届いていなかった。
夢だったのか?
やはり信じられず、じっと愛未の姿を不安から睨んでしまっていた。