第二章 1 ーー 胸騒ぎ ーー
第二章
1
目が覚めると、カーテンの隙間から朝日が射し込んでいた。
代わり映えのない朝なのに、智也の体はどうも重たく、ベッドから早く起きる気が湧いてはくれなかった。
何度か寝返りを打ち、ようやく体を起こすと、大きなあくびをこぼしてしまう。
寝ぼけたまま霞んだ目で辺りを見渡していると、テーブルの上にあった短冊を捉えてしまう。
一度頭を掻いてから不意に短冊を手に取った。
まだ何も書かれていないはずの短冊に智也は目を疑ってしまう。
―― 忘れてしまうのが怖い ――
「なんだよ、これ。こんなの書いた覚えなんて……」
何も書いてないはず、なのに。
書かれていた内容に覚えはなく、戸惑いが声に出てしまっていた。
昨日の夜、一馬との電話を切ったあとに書いた覚えすらない。
なんだよ、これ。
困惑は拭いきれず、頭痛となって智也を襲い、学校に着いても解消できずにいた。
朝のHR。
智也は机にうつ伏せになり、窓の外を眺めていた。
ゆっくりと流れる雲を目で追っていると、幾分邪魔な頭痛が紛れてくれて、気が楽になってくれた。
だからか、頭痛が薄れると睡魔が強まって襲ってきて、ウトウトとしてしまう。
ざわめきが教室を支配してくなか、出席を取る担任の声すらも子守歌に聴こえてしまう。
「――姫野、なんだ、姫野は休みか?」
淡々と行われる点呼に智也の意識が止まり、顔を上げてしまう。
つい担任を睨んでしまったけれど、気づかれはしなかった。
なんでだろう?
なぜか気がかりになってしまい、愛未の席を眺めてしまった。
どうしてなのか、動揺から胸が熱くなってしまう。今日はいない愛未の空席を眺めてしまうと。
動揺を鎮めようと胸を押さえても鎮まってはくれず、緊張からか大きく唾を呑み込み、ごくりと喉が動いた。
それから気持ちが虚ろだった。
このままじっとしていていいのだろうか、体を動かすべきなのか躊躇してしまい、うずうずとしていた。
HRが終わり、続けて1限目が始まったけれど、正直授業の内容など頭に一切入ってくれなかった。
なぜなら、1限目の点呼でも姫野愛未の名前を呼んでいたから。
当たり前なのに、なぜか胸騒ぎに襲われた。
胸に竦む不安を吐き出したのは、2限目が始まる前の休憩時間である。
「なあ、なんかおかしくなかったか? 今日の出席を取るとき」
「――え? 別に。何もなかっただろ」
智也の机に腰かけ、炭酸水を一口飲んだ一馬に疑問を投げかけると、一馬は気にも留めなかった。
「いや、だってさ。氷、姫野を呼んだろ」
「だから? 別に当たり前じゃん」
「でもさ、氷姫って……」
「智也、お前もそうなのか」
姫野は……。
大切なことを放とうとすると、急に語句を強めた一馬の一蹴を食らってしまう。
つい委縮してしまい、口を噤んだ。
体の向きを変え、壁に凭れて教室を眺めた。
机に座る一馬も炭酸水を飲みながら、メガネ越しに険しく教室を睨んでいた。
正直、姫野愛未に対するイメージは悪かった。〝氷姫〟と呼ばれるのも陰口だ。ただ、
そういえば、一馬は〝氷姫〟と呼んだことはなかったな。
「そうじゃないんだ。あのさ」
ずっと胸に竦んでいた疑念を隠しきれない。
「あいつって…… その、死んだんじゃ」
「お前っ」
口につけていたペットボトルを放し、勢いよく一馬は振り返ると、睨んできた。
これまでにない物々しい形相で。
別にイジメでそんなことを言ったわけじゃない。どうしてか、そんな事態を抱いてしまったのだ。
記憶が訴えていたのだ。
だからこそ、自分でも驚きを隠せなかった。