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第一章 4  ーー 氷姫 ーー

                      

           4


 なぜだろう、素直な反応に驚きよりも胸が弾みそうになった。

 

「白いシャーペンね」


 意外な反応だったので、不意に口角が上がってしまう。

 返事をくれたことが嬉しかったのかもしれない。

 ただ、探す物がわかったとはしても、容易ではないことに気づかされ、すぐに唇を噛んでしまう。


 失くしたことにいつ気づいた?

 ほかの場所は探した?


 いくつかの質問をしたのだけれど、一言だけ返されるか、無視のどちらかしかなく、また素っ気なさに黙って頷くしかできなかった。

 

 当てもないまま探して4、5分ほど経っていたころ、


「なあ、もう一度カバンを探してみたら?」


 ふと顔を上げて提案してみた。とはいえ、なかば諦めも含んでいたのだけど。

 カバンはすでに探した、とばかりに釈然とせず唇を尖らす愛未に。


「ま、念のためにさ」


 不快感を強める愛未を手で制し、申しわけなさげに促すと、渋々と愛未は立ち、自分の席へと進んだ。

 渋い表情のまま机のカバンを開き、なかを確認していく。智也も立ち上がると、教卓に肘を突いて待った。

 しばらく探していた愛未の手が止まる。

 そして呆気に取られた様子で振り返った。


「……あった」


 弱々しく途切れそうな声に智也は引かれ、「あった?」と身を乗り出して声を弾ませる。


「……教科書に挟んであった」


 それまでの態度が気まずいのか、愛未は目を泳がせながらカバンから白いシャーペンを出して立てて見せた。


「よかった」


 素直に声が弾んで頬が緩むと、愛未はオドオドとシャーペンを揺らしていた。


「大切なやつなんだ」


 何気ない一言に愛未は驚き、目を丸くした。


「だってそれだけ必死ってことは、大切なんだろうなって思って」


 シャーペンを指差してみると、愛未は唇を噛みながら小さく頷いた。


「……うん」

「じゃ、なおさらよかったじゃん」

「……ありがと」


 途切れそうな声が智也の胸に沁み込んできた。

 えっ、と聞き返そうと愛未を見ると、


「ありがと」


 大きな目を屈託なく細め、満面の笑みを献上してくれた。一瞬、智也は目を疑い、時間が止まってしまう。


 正直、信じられなかった。

 

「じゃ、私帰るね」


 一瞬の笑みはすでに消え、どこか感情を押し殺した冷めた顔で吐き捨て、そそくさと逃げるようにカバンを持って教室を出てしまった。


 1人教室に残され、不意に黒板に凭れてしまった。おもむろに顎に手を当てて瞬きを忘れてしまう。


「氷姫、だよな」


 予想は大きく外れていた。

 誰にでも素っ気なく接する“氷姫”と呼ばれていたけれど、そのイメージが崩れていく。


「なんだよ、普通に話せるんじゃないか」


 なぜか嬉しくなり、顎を触りながら笑ってしまった。

 しかし、すぐに下唇を噛んでしまう。

 愛未が去った廊下を眺めていると、不意に首を傾げてしまう。


「それだけ大切にしてるって、なんなんだろ」


 風に乗った呟きが耳に大きく響いた。


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