第一章 3 ーー 姫野 愛未 ーー
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氷姫――。
智也の席から対角線上にある廊下側の席。そこにいた1人の女子生徒をクラスメートらは影で罵っていたあだ名。
「別にいいから」
ふと話しかけたとき、目も合わさず素っ気なく突き放されると、智也は困って髪を擦り、息を吐いた。
放課後のこと。
智也が翌日に提出しなければいけないプリントを教室に忘れて忘れてしまい、誰もいないと思って教室に入ると、勢いついた足が止まった。
体を屈め、教室を歩き回る一人の女子生徒を見つけて。
姫野 愛未。
窓から差し込む夕日により、栗色の髪をより茶色に光らせながら、愛未は執拗に床を睨み、教室を徘徊していた。
時折、背を伸ばして髪を掻き上げると、高い鼻筋がより鮮明に見えた。
智也が不思議そうに眺めていると、視線に気づいたのか、目尻を吊り上げて智也を無言で睨んできた。
大きな目に捉えられると、無意識に緊張が襲い、体を強張らせてしまう。
言葉に詰まる智也をよそに、愛未はすぐに目を逸らすと、無言でまた身を屈め、床を睨みながら歩き出していた。
無視されながらも自分の席に智也は進むと、机のなかを覗き込む。すすと一枚のプリントを見つけ、ひとまず安堵した。
胸を撫で下ろして目的のプリントをカバンに入れている間も、愛未は歩き回り、時には教卓を覗き込み、ロッカーを1つずつ確認して回っている。
明らかに何かを探している様子であった。
「何か探してるの?」
自然と口が開いた。すると愛未はビクッと体を起こすと、まじまじと智也を見てきた。
その目は臆することなく、どこか敵意すら漂わせた眼差しで。
「手伝おうか? 何か探しているみたいだし」
どうも放っておけず、教室を見渡して指を差した。すると、
「別にいいから」
素っ気ない返事とともに、愛未はまた教室を歩き出した。
氷姫、か。
愛想のない冷たい反応に、内心毒づいてしまう。
それからも1人で何かを探し回る愛未。目で追いながらも、智也は帰ろうかとしたけれど、ついカバンを机に置いた。
反射的にしゃがみ込み、軽くホコリの舞った床を凝視した。
「探してる物って、この教室で失くしたの?」
しゃがみながら歩き回り、聞いてしまう。
「えっと…… 白いシャープペン」
か細い声に顔を上げると、3列離れた場所で止まり、智也と同じくしゃがみ、愛未は背中を向けていた。