第一章 1 ーー そろそろ七夕 ーー
第一章
1
窓の外から流れ込む風はどこか暖かく、遠くに待つ夏を肌に感じさせてくれた。
けれど、時計の針が午後を回り、最後の授業を待つ智也にしてみれば、風の温もりは睡魔を呼び起こす呪文でしかなく、あくびを誘ってしまい、咄嗟に口に手を当てた。
「ラーメン食いたくない?」
椅子に凭れ、あくびを必死に堪えていると、教室の雑音に紛れながら届いた声。
前の席の椅子に座っていた平塚一馬が振り返っていた。
「ラーメンって、さっき昼飯食ったところじゃん」
「でも腹減ってるんだよね」
一馬は宙を見上げながら腹を擦り、空腹を強調していた。
「ラーメンって、どこの?」
ま、悪くはないよね。
机に肘を突いて問うと、一馬は体の正面をこちらに向け、身を乗り出した。
黒いフレームのメガネが飛び込む。
ブリッジを指で上げると、一馬は細い目を見開いた。
「駅前にある店なんだけどさ、あそこってミソ専門で――」
水を得た魚みたいにまくし立てる一馬。メガネのレンズ越しでも目が輝いており、好奇心を押さえられずにいた。
キツネみたいに細い目をした一馬。
一馬は目と同様に、体も華奢で細い。背もさほど高くはなく、後ろ姿ならば、女の子と見違えそうでもある。
それなのに食欲は人一倍あり、想像を膨らまして声を弾ませる姿に圧倒され、目を点にしてしまう。
どこにその食欲は隠れているんだか。
話に割り込む隙が見当たらない。
「じゃ、帰りに行こうな。絶対だ――」
「――ストップッ」
有無もなく、今日の予定を組み込まれそうになっていると、甲高い声とともに一馬の頭部に手刀が降り注いだ。
痛っ、と漏らす一馬は頭部を擦って眉をひそめた。
「ラーメンの前にこれしない?」
自分の話を中断された人物に唇を尖らせながら顔を上げる一馬。智也も釣られて顔を上げる。
机のそばに一人の女子生徒が立っていた。
得意げに不敵な笑みを浮かべ、二人を見下ろしていた。
「ったく、なんだよ、沙良」
不満げに眉間にシワを寄せる一馬。
深田沙良。
現れたのは智也らと同じクラスメートの女の子。
突然話を割かれてしまい、呆気に取られる二人に、沙良は嬉しそうに目を細めている。
ただ、目尻が下がる様は、どこか企んでいるようにも見えた。
小柄な沙良は、見た目としては幼い。淡く明るい髪が丸みのある顔を覆っているからか、より幼く見えてくる。
気性もどこか子供みたいに無邪気なところもあるけれど、その無邪気さが智也にしては、恐怖でもあった。
おもちゃを手に入れた子供みたいに、無邪気さを漂わせる姿は不安を掻き立てられ、笑った口元のホクロが色白な沙良にはより目立っていた。
「ねえ、そろそろ七夕でしょ」
前触れもなく沙良は言うと、智也の隣の席から椅子を取り出して座り込み、耳元の髪を掻き上げた。
唐突な問いに智也と一馬は顔を見合わせ、無動作な瞬きが止まらないまま、意志を交わした。
「それがどうした?」
脳裏に浮かんだ疑問を一馬が代弁し、智也も沙良を見て頷いた。
「七夕って言ったら、やっぱりこれでしょ?」
待ってました、と沙良はスカートのポケットをおもむろに探ると、机の上に3枚の小さな紙切れを広げた。
大きさにして本のしおりほどで、青、黄色、ピンクの3色となっていた。
「何これ?」