序章 ーー 三日月の空 ーー
新しい物語の始まりとなります。
少しでも読んでいただける方の心に残る物語になることを祈っています。
よろしくお願いします。
序
さらさらと、さらさらと時は流れていた。
「なんて書けばいいんだよ……」
テレビの音が部屋にたたずむ部屋。賑やかな圧力が若林智也を苦しめていた。
耐えきれずに声がこぼれてしまった。
雑誌がだらしなく床に散らばるなか、ついベッドで寝転んでしまう。
ふうっ、と重い溜め息が宙に散っていく。
瞬きを忘れ、顔の前に持ってきた左手をじっと眺めた。
左手に握った黄色い短冊を。
黄色い小さな長方形の短冊をゆらゆらと揺らしてみるけれど、何も書かれてはいなかった。
一度目蓋を閉じ、暗闇を視界に浸透させ、5秒ほど沈黙すると、頭を傾かせて目を開いた。
飛び込んでくるのはベッドに向かい合っていたローテーブル。ガラス張りの天板に置かれた卓上カレンダー。
6月の暦が目に入る。
視線を戻すと短冊が向かい入れてくれる。
子供じゃないんだから、七夕って。
短冊が求める7月7日の七夕まで10日を切っていた。
智也は口角を吊り上げ、嘲笑せずにはいられない。
―― 今さら何を照れてるのよ。
鼓膜を通り、数時間前に投げかけられたセリフが脳裏を駆け巡る。
短冊を枕元に置き、髪を撫でていると、脳裏で駆け巡る茶化した女の声をかき消した。
手を止めるのと同時に上体を起こし、体を回転させるとベッドに腰かけてうつむいた。
黒のパジャマ姿の膝を眺め、手は頭から離れようとはしない。
執拗に瞬きを繰り返し、ノイズの走る視界に紛れ、静かに吐息がこぼれる。
「……恥ずかしがってるのか」
細々とした問いかけが部屋に小さく広がる。
―― 別に子供みたいに素直に書けばいいのよ。
また頭に声が響く。
言葉を反復させながら、おもむろに立ち上がると、狭い部屋を横切り、出窓の前に立って青いカーテンを半分ほどめくった。
星も隠れる闇に闇に、三日月も周りに靄が立ち込めて淡く輝いていた。
智也は窓越しに三日月を眺めてしまう。
窓には髪がボサボサで鼻が低く、くすんだ自分の情けない表情と目が合った。
息苦しくなる心臓に急かされ、不意に天の川を探してしまう。智也自身、星に詳しくはなく、見つけられないけれど。
書きたいことを書けばいいって、いわれてもな……。
「遠いな、あの月」