表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺された約束  作者: 棗田智紘
13/13

第四章 第十三話 二〇XX年十月十八日

羽音神社 二〇XX年十月十八日


 菱沼更紗が意識を取り戻したのは、神事から二日後の早朝だった。何とはなしに頭の奥の方に重苦しさを感じる。布団から上体を起こし首筋を揉む。何気なく首に触れた親指に違和感があった。いや、()()()()()()


「あー、そういう事……」


 神事での出来事を最初から思い出していく。朝比奈家の父娘と鹿沼教授、下男さん達。


 先の屏風岩で拵えを改め奥の屏風岩へ。


  神楽鈴を鳴らし詠唱呪文を唱え、外なる神(ナクルトン)を召還し鈴郁嬢が卒倒した。


 とっさにワタシが鈴郁嬢の身代わりとなり、ワタシの形代を用意。神事を続行。


 無事に生け贄の献上は行えた。


 最後に覚えているのは「()()()は無事に帰れるな」と安堵した記憶だ。


 この記憶は正しい記憶だろう。


 違っているのは肉体なのだろう。


 布団を出、寝間着から巫女装束へ着替え晴道の元へ向かう。



「目が覚めたか。お勤めご苦労」居間で対面する晴道と更紗(おやこ)


「一騒動ありましたが……。十五代目と鈴郁嬢は無事でしたか?」座布団に座りながら鈴郁が言う。


「無事戻られた。鈴郁嬢は、まぁ初見でアレは仕方在るまい。赤い瓶子のお陰で忌避感も強くは残っておらなんだ。当日の内に正気を取り戻し、とはいえ寝込んでいるとの事だ。後で見舞うといい」


「分かりました。……神事自体は」


「そちらも滞りなく終えた。毎年のことだが一安心だな。鹿沼君や朝比奈家の方々も無事だ」


「ワタシ自身は」


()()()()()()()。その上で()()()()()であると奏上して()()()頂いた。どこか不都合はないか?」


「問題無いようです。後程、朝比奈家へ見舞いに行きます」


「それがいい。まぁ数日は身体を休めるように」



朝比奈家 二〇XX年十月十八日


「それで、結局神事は無事終わったの?」ベッドの中でダルそうな鈴郁が言う。


「全部無事に終わったよ。これでまた一年間、五穀豊穣・無病息災・家内安全だね。まぁ強いて言うなられーちゃんが卒倒した以外は無事?」


「ほんとイジワルだよね」むくれて布団をかぶる鈴郁。


「普通に平気だったんだけどな……。なんかあの眼にじーって見られてて、目が合ったらダメだった」


 外なる神(ナクルトン)と目が合ったとか、そりゃ卒倒するわなぁ……。準備万端でもこうやって不運を引く確率が有る。だから羽音神社が在る。


「まぁ、ほれ、タルトとチーズケーキ、どっち食べよる?」鈴郁が(もちろんあたしも)通い詰めるケーキ屋さんで買ってきたお土産を見せる。


「タルト」モゾモゾと布団から顔を出しぶっきらぼうに言う鈴郁。


「ほんじゃ起きて。お茶もらってくるから」



 パタパタと台所へ向かった()()を見送る。いや、親友と姿形、仕草、体温、体臭が同じ()()を。そんな事あり得ないのは分かっているのだけれど、()()()()()()()()()。そんな妄想を払いのけることが出来ない。


 説明も証明も出来ない。何もかも、二〇年間見てきた更紗だから、何も変わらないから、()()()()()


 きっと神事がトラウマになってるだけ。更紗が更紗じゃないなんて意味わからんもん。そう自分に言い聞かせる。



()()()()()()もらってきたよ」お盆にポットとカップ、お皿とフォークを手に更紗が戻ってきた。


 カートンボックスからケーキを取り出し、それぞれ取り分ける。ハーブティーをカップに注ぐ。柔らかく清々しい香りが部屋に満ちた。


「ミントティー。自律神経が改善するんて」角砂糖を投入し、更紗がカップを口に運ぶ。「ほー、スッキリする」


「水野さんがよくいろんなハーブティー淹れてくれるんよね」鈴郁も一口。口内にすっと広がるフレーバーが、ざわざわと落ち着かない、気落ちした心を洗い流してくれるようだった。



 十月のシーズナルメニュー、マスカットとヨーグルトのタルトを心ゆくまで味わい、更紗と軽口をたたき合い、ミントティーを二杯。ようやく人心地付いてきた。そんな気がしてきた。


「ねぇ更紗……」


「なーに?」


「なんか、ごめんね。いつもありがとう」


「何したん突然」驚いた顔をしているがチーズケーキを運ぶ手は止めない更紗。


神事こんかいのコトもそうなんだけど、なんか産まれてからずっと、ずーっと更紗がそばに居てくれてて頼ってばっかやんなーて」


「ほやねぇ。まぁ身長はれーちゃんの方が十五センチ大きいけど、包容力はあたしのが上ですし」ドヤ顔で胸を張る更紗。自ら言うだけあり、胸元は豊かに隆起していた。


「うるっさいのー! わたしだって有るのー!」ふくれ面で更紗の胸元をぽこぽこ叩く鈴郁、それを抱き寄せる更紗。鈴郁の喉あたりからふぎゅ、とおかしな音が鳴る。


「いっつも言ってると。れーちゃんの事はあたしが守るとよ。おねぇちゃんに任せなし」


「うん……」ぐずり出した鈴郁の背中をぽんぽんとあやすように叩き、いつしか眠ってしまった鈴郁をベッドに収め、更紗は部屋を後にした。



「おやすみ、鈴郁嬢れーちゃん。また明日ね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ