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ブックレビュー

ブックレビュー3 (なろう作品)雨慮さん『雪の道へと』

作者: みかげ石

 このところ気になる小説があって、それを読んだものかどうか、感想を書いたものかどうか、日々の中で迷っていたのですが、「勇気を出してコメントする」と最初に決めたのは私自身なので、思いきってぶつかってみることにしました。

 この小説を読んで思うことはいろいろあるのですが、一番に思ったのは「自分と似てる」ということでした。文章が自然なものと不思議なものがどこか不可分に入り混じっていて、この人は何を描きたいんだろうというところとか、この人も多分私と同じでどうやって小説を書くのかきっと手探りなんだろうなと、そういうことを思いながら読んでいました。

 もっともこの方は私とは違って、きっちり作品を完結させていらっしゃいますし、作品そのものは作家の感性のもとで揺れ動くことなく閉じられていますので、書き手としての私には持つべき言葉もないのですが、ひとりの読者として感じたものを記すのであれば、きっと作者も許してくださるものと思っています。


 初めて「なろう」の小説を扱うので、相手の方を不当に傷つけるようなものにしたくはありませんし、でも自分の思ったことを素直に書いておきたいしと、心が少しそわそわしていますが、ここではあくまで私がシンパシーを感じたり、応援したい、次の作品も読んでみたいと思えるような方の作品を扱うのですから、物怖じせずにやってみようと思います。

(そもそもこのレビューはお笑い芸人が漫才の練習もそこそこに平場でのトークを練習しているようなものですが、私はこうして、読み手としての私がひとつずつ力をつけ、誰かがこれを目にしたときに素直に紹介した作品へと誘うことができるような、そういう信頼できる読み手になりたいと思っています。それがやがてはここで取り上げる方々へのささやかなエールになると、そう信じているからです)

  


雨慮さん 『雪の道へと』 (私のお気に入りから飛べます)

おすすめ度 ☆4(10段階の8)


あらすじ

 戦火の気配が漂う村で暮らす少女ティセは、軍靴の訪れとともに同居するおじいさんから「村を発とう」と告げられます。ティセは旅支度を始めますが、それはおじいさんとともに向かう西への旅ではなく、夏以来音信の途絶えた友人ハルラの住まう北の村へと向かうものでした。

 今の私は、何もできずにただ置いていかれたあの頃とは違う。「会いに行こう」――そう決意した少女は、ひとりハルラの住む北の村へと旅立ちます。


レビュー

 旅立ちにあたって、少女が拾い集めていたドングリの缶をひっくり返すシーンがあるのですが、毎日ひとつずつ彼女が吟味して選んだドングリが、月明かりを受けた窓辺で散らばりゆくその響景には詩的で美しいものがあると思いました。そこには少女の確かな生活の証があって、それを翻すことでこれから始まる少女の旅に(つまりは物語そのものに)、何か決然としたものを与えてもいる。私はこの少女らしい仕草と描写に手を取られて読んでみようという気持ちになりました。

 読み進めていくと、この方の書く風景描写が優れていることはすぐに伝わると思います。たとえばティセが自宅から掠めた鍋と食材から麦粥を作る次のシーン。


「鍋の下で火が弾け、濃い緑の苔には木漏れ日の粒が落ちている。ティセは滝壺に落ちて広がる水を水筒に掬い、滝を見上げた。滝は崖の荒い岩肌で何度も跳ね、その細かくなった飛沫が深い山の中に吸い込まれていく。滝の流れ落ちる音の中、ティセは火に掛けた鍋を思い出して沢の中を戻って行った」


 このくだりは平明ながらとても感覚的です。この短い文章の中には、色彩や光のニュアンスといった視覚的なものから、火が弾け、滝の跳ねる音(聴覚)、飛沫が漂う沢の冷感(触覚)が語られ、間接的には鍋の匂いやその後の麦の勝ち過ぎた粥の味わい(味覚と嗅覚)へと繋がっていきますし、何よりこの光景が束の間少女の心を奪っていたことまでもが、こともなく語られているのです。

 この手の描写は物語の随所で表されていて、こうした作家の感慨や注力というのを感じさせない肌合いの文章は――事実において景色を描き出す力とでもいうのでしょうか――、この方の得意とするところなのかもしれません。これは、私には逆立ちしても書けない巧みな文章です。

 それに対して人物の描写となるとどこかつっけんどんというか、ト書きのような描写で済ましてしまうところもあって、なんとも掴みがたい印象を受ける作家でもあります。それもまた、このティセという頑なな少女の人となりを表してもいるようでひとつの味わいなのかもしれませんが、このあたりが好き嫌いの別れるところかもしれませんね。 


 私はこの小説を、不在と欠落に駆られた人間たちの交差する旅物語として読んでいたように思います。読み書きもできず誰かに手を引かれなければ歩むことのできなかった少女が、両親や友の不在を、そして彼女が抱えた欠落を、自らの足で乗り越えるべく歩き出した物語なのだろうと。

 盗人、狩人、亡者、墓堀、こうしたオムニバス形式で出会う人物たちもまた、誰かの不在や自らの内に欠落を抱えていて、少女となにがしかの交換を行っていくのでしょうし、彼女たちの不在を作り出したはずの存在(軍)もまた、靴音や声といった間接的な気配というか、言わば顔のない隊列として現れるところも、この物語に似つかわしい描かれ方だと思いました。

 心理描写は極端に抑えられ、描かれる風景や自然は少女を容れもせず、拒みもせず、彼女の歩みに合わせてただそこに現れる。その安定した清廉さと、色味の強い少女たちの交流とが交互に描かれることで、不思議な味わいやコントラストをなしてもいるでしょう。


 ただそれだけにこの物語には、初めから何か予感めいたものがあったように思います。次第に深くなる季節、北へ北へと先細る人の道、強情で頑なで、それでもどこか愛すべき少女。

 ここは失礼を承知で申し上げます。少女の目指すシヴァスという町はあまりに険しく、遠すぎたのではないでしょうか? この方の描く自然は確かに美しい。そして現実的でもある。ですが、中篇にも及ぶこのスケールの中で少女は自らの内に救いとなるものを手にすることができたのか。私にはそれが分からないのです。

 もちろんこれは、読み方の問題でもあるでしょう。作者の投げかける結末に十全なものを感じられないからといって、それを書き手の責に帰すばかりでは読み手の振舞いとしては狭い。少なくともそういう自戒を持たなければ、読み手の何十倍もの時間と労力を傾けた作家に対して正面から向きあうことはできないように思います。


 それでも、私は望んでいたのです。最後に少女を包んだものが落胆でも、失意でも構わないから、ただただどこかにたどり着いてほしかった。少女が行き会った人間たちと交わした交流はどれも不思議なもので、何を与えたのか、何を受け取ったのか、それさえもどこか遠く、次の瞬間には互いに何をしでかすか分からない、そういう灰汁の強い交流ではあったけれど、だけど、なぜか読んでいて楽しかった。そしてうっすらと悲しかった。

 安定した自然描写とブレのある人物描写。このふたつのものが織りなす物語にあって、私はきっと最後には彼女を迎え入れようとする運命の腕を、いつもの不機嫌な声で強引に払いのけようとするティセの姿に期待していたのだと思います。たとえそれが物語の円環を乱すことになったとしても、それこそが彼女だと思いたかったのでしょう。あくまでそれが、ひとりの読者の体のよいわがままに過ぎないことは分かっているのですが。

 手放しで満たされる物語ではないかもしれない。それにこの小説には体裁において直すべきところがあるでしょう。それでもこの小説が私の心に残した爪跡は決して無視はできません。私は今も、この方が書いた小説をもっと読んでみたいと、そう思っているからです。


 内容を保障されたものだけが読まれるべき小説なのでしょうか。望まれた展開が与えられそうもないからといって、読むことをためらうべきなのでしょうか――。

 こうした問いに答えなどありませんし、賛否の声はきっとそれぞれにあるでしょうが、それでも同じだけ自明なことがあります。私たちは読むべき物語とそうでないものを見分ける眼というものを、ここにいる誰もが持ち合わせているのです。私たちはその力のほとんどを、ブラウザをバックするためのものとして扱います。私だってそうですし、それは実際、否定すべきもののないごく自然な瞬発力でもあるのです。

 ですが、この力をもし、ほんのわずかにでも矯めることができたなら。おそらく私たちは、望むと望まないとにかかわらず、新たな小説に出会うことがあるでしょう。瑕の入ったもの、生煮えなもの、そうした未完成の作品から何か優れて霊感のある欠片に触れることだってあるでしょう。すべてのものがそうだと言いたいのではありません。ただこの小説はきっと、私にとってはそういう新しい光を感じられるものだったと言いたかっただけです。

(私はそこに、私が私であることから解き放たれるような、うっすらとした示唆というか、気配を感じ取ろうとしているのかもしれませんし、私の趣味や嗜好から踏み外れて、どこか私の知らない豊かな物語の源泉へと誘われるような、そういう予感めいたものを求めているのかもしれません)


 評点としては、体裁を整えた方が読みやすいこと、結末としてはおそらく賛否が分かれるところ、そしてネーミングも含め、これだけ個性的な人物を描くことができるのなら、もう少し人物描写にも心を傾けてみてほしいところ。この三つを踏まえて7とすべきでしょうが、願いが叶うのならこの方の新たに書いたものを読みたいという期待の念も添えて、改めて評点は8としています。

(なろう上での評価はあくまで満点としています。作者への応援という趣旨を考えると、そこで星を減じることは私の本意ではないからです)


 雨慮さん、はじめましてなのに遠慮会釈もないことを書いてすみませんでした。ですがもし許されるのなら、これからもあなたの小説を読ませてください。ひとりの読者として応援しています。

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