1.激辛ラーメンとの出会い
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「あなたはもう必要ないのですわ、ミスター・ジョン」
長く豊かな髪が美しいパーティー・リーダーの女性、スト女史ことストレンハイムに勝利の喜びをわかちあうべき酒場において、そう告げられた。ぼくは楽しくビールをあおっていたというのに、興を削がれるどころか、目が点になってしまった。今日の大型翼竜戦においてもうまく戦えたからこそ、自らの価値についてあらためて満足がいっていた。そう感じていたのだ。なのに、まさか追放? びっくりだ。目を見開くくらいしか、リアクションのとりようがない。
ぼくは冷静さを失わないように物を言うことにする。「わけがわからないよ」とだけ、まずはきっちりと訴えた。
スト女史は言ったのである。
「あなたは優秀すぎるのです、ジョン」
そうであることのどこが悪いのだと問うた。
「結果的に、いいところはあなたがすべて持っていっているではありませんか。それは事実でしょう?」
そんなつもりはなく、金銭に関して言うと、実際、手柄として得られた報酬をいの一番に回収しているわけではないではないか。むしろぼくは、そうならないよう、その考えをもって奉仕している。
「とにかく、あなたは王に認められた『伝説の勇者』なのかもしれませんけれど、その称号とあなたの振る舞いは、私たちにプレッシャーを与えているだけなのですわ」
"伝説の勇者"なる称号を与えられたのはどうしようもないことだ。一方で、偉そうに振る舞った覚えなんてない。やはりないのだ。事実、いや、それを通り越してことのほか、ぼくの言動は控えめだったはずだ。プレッシャーを与えるなんてとんでもない。その点において、ぼくは絶対的に潔白であるはずだ。
それでもスト女史いわく、「とにもかくにも、あなたをパーティーから追放します。これはみなの総意なのです」ということらしい。あっさり、そう言われてしまった。
酒を飲む気分ではなくなり、もはや誰もぼくの存在をおもしろくなっていないだろうと察したこともあり、店の出入り口の戸を押し開け、ぼくは帰路についた。スト女史が吐いた言葉が重々しく両肩にのしかかってくる。ぼくはまだ若い。二十代のなかばだ。だからほかの仲間なんていくらでも探せる。探せるだろうけれど、目には涙が浮かんだ。パーティーのために、もっと言うと仲間のために尽くしてきたのに、その末路がこれ、か……。
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ぼくはがんばって困り果てないようにした。そのかわり、絶望した。戦うことしか能がないニンゲンになにを望むのか……いや、必要としてくれるヒトはいるのだろう――それはわかっている。とはいえ、ぼくはいったいなにに望みを抱けばよいのか。目的や目標があやふやであることが嫌だ。ひどい、まったくもって、ひどい話だ。スト女史の言い分がもっともだとしても、彼女の一言でぼくは職を失った。すっかり滅入ってしまっているのも事実だ。たしかにぼくは強いのかもしれない。強すぎるのかもしれない。味方の活躍の場を奪ってきたのかもしれない。ただ、それを理由にして、多少の高い報酬はゆるされるだろうだなんて考えたこともない。仲間だったのだ。そう。みんな、心でつながっていた仲間だったはずなのだ。
けれど、それは気のせいだったらしい。パーティーのみんなはぼくのことをおもしろく思っていなかったらしい。スト女史の言葉でそれがはっきりした。はっきりしたので悲しくなった。ぼくの職業はたしかに"伝説の勇者"だけど、"伝説の勇者"? "勇者"ってなんだ? そんな肩書きがあったところで、いまのぼくは"無職"だ。どうしよう。いろいろなかたちでたくさんの報酬は受けてきた。あるいはその財産は、一生をまかなえるものなのかもしれない。ただ、ぼくはまだ二十代だ。どうしたって二十代なのだ。このままひきこもるような生活をして、ただ漫然と生きていたくはない。だけど、変な言い方だけれど、"勇者"ばかりをやってきたのが、ぼくだ。これからどうしよう。不安ばかりが募る。
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朝遅くに起きるなんて、知っている限り、初めてのことだった。ゆっくり起きて、ゆっくり着替えて、ゆっくりパンを食べて、ゆっくり歯磨きをして、ゆっくりと表に出た。ギルドに行かなければならない。ギルド。登録者が職業ごとにカテゴライズされていて、たとえば、戦士と回復役がうまいことめぐり会ったら、これからモンスターを倒してその報酬として国からさくっと金銭を得ましょうという仕組みだ。
ぼくの職業はどう考えても"勇者"である。それだけではない。"伝説の勇者"である。なんともいかめしいカテゴリーなので、そうそう簡単に相方が見つかるとも思えない。実際にそんな感じで、だけどそんなぼくに声をかけてくるニンゲンもいて――年寄りのヒーラー、サムさんだった。浅黒い肌につるりの頭、白い法衣。ぼくの姿を見るなり、サムさんは驚いたようだった。ぼくが丸いテーブルをまえにして座ると、すかさず目のまえの椅子にまで移動してきた。
「なんだなんだ、親が死んだみたいな顔をしやがって。どうしてここにいるのか話してみろ。おっさんが相談に乗ってやる」
「サムさん」
「うん、なんだ?」
「ぼくはパーティーから追放されてしまったんです」
「追放だぁ?」サムさんはびっくりしたようだ。「なんでおまえみたいな奴が追放されちまうんだよ」
「ぼくができすぎるからだそうです」
「それだけじゃあ、ちょっと意味、わからねーな」
「とにかく、ぼくは要らないと判断されてしまったんです」ぼくはテーブルに突っ伏した。「一生懸命にやってきても、こういうことって、あるんですね」
「理不尽であるように思えるんだが?」
「どうしよう。どうしたらいいのかなぁ……」
頭をひっぱたかれた。
当然、犯人はサムさんだ。
「しけた顔するんじゃねーよ。おまえはまだ若いんだ。このまま腐っちまうのはよくねーぞ」
「だったら、ぼくはどうしたら――」
「たしかにおまえを引き込みたいニンゲンなんていないかもしれないな。なにせ肩書きが重すぎるからな」
「だったら――」
「まあ聞け。おまえにはおまえにしかできないことがあるはずなんだ。俺は家の稼ぎのために、こんなロートルになっても、身体で稼ぐしかない身だ。一方で、おまえさんは自由が利くはずだ。俺がおまえだったら、なんだってやるね。なんだってできるんだからな」
あまりに優しい文言だったから、ぼくはまた、しくしく泣いた。
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その日、ギルドからの帰りにおいて、激辛ラーメン屋に寄ったのである。街の裏路地にある店で、まえから訪れたいとは思っていたのだけれど、辛い物を食べておなかを壊しでもしたら、翌日の"勇者"の仕事に支障をきたしてしまう。辛い物。ぼくはもともと好きなのだ。考えるだけでも唾液が湧く。幸い、いまはひまだ。だから思いきって、暖簾をくぐったのである。カウンター席に座り、一番の名物を頼んだ。
おいしかった。
おいしかったのである。
スープまでまるっとたいれげてしまうくらい、おいしいものだったのだ。
ぼくはぼそぼそと、その旨、訴えた。
とてもおいしいですね、ありがとう、と礼を述べた。
すると――。
「ウチの店、今日で最後なんだよ」
「えっ!?」
「旦那がダメなのさ。もう長くないって言われてる」
「そ、そんな……」
「誰か後継ぎがいるといいんだけどねぇ。ウチのはおいしいからねぇ」
店の主――その人物に近しいであろう女性――きっと奥さんであろう人物からそう聞かされて、ぼくは戸惑った。
「ほんとうに最後だ。これからウチの旦那は、くたびれていくばかりなんだ」
「ほんとうに?」
「嘘をついて、どうするんだい」
「だったら、ぼくが――」
「ぼくが、なんだい?」
「ぼくが一生懸命、あとを継ぎます!」
気がついたら、そんなことを口走っていた。
とっさの反応ではあるけれど、運命だけは感じた。
「『伝説の勇者』だろう? 知ってるさ、そのくらい。妙な威厳と迫力があるからね。一度見たことがあるし、いまもそんな雰囲気でここにいる。そんな男がラーメン屋かい? 笑わせるんじゃないよ。冗談はよしな」
「本気です。がんばりたいです」
「あんた、なにかあったのかい?」
「つらいことが、あったんです」
「一歩踏み入れたら最後、ひき返せない仕事だよ? 舐めるなって話さね」
「それでも、やりたいです。がんばります」
「ウチの名物はわかるかい?」
「真っ赤な唐辛子を使った、辛味噌ラーメンです」
「そうだよ。それだ。あんたに出してやった、それだ」
やっぱり赤唐辛子が大切なんだ。
そう言って、おばちゃんは笑った。