YY ~新新生児~
人工的に体細胞を減数分裂させることが出来るようになった時代。女性同士からは女子(XX)、男性同士からは女子(XX)と男子(XY)が生まれた。この人工胎児を新新生児YYと呼ばれるようになった。そんな中、DNAを盗む者もいた。
「おはよう」
「おはよ」
白井誠一は、声をかけて来た幼なじみの岩下愛莉に手を振る。そして、彼女は下駄箱を開け、内履きを取り出そうとする。すると、そこには血文字で、死の文字が書かれてある、紙が大量に出て来た。
――何これ!?
「ひどいな、これ。誰だ?」
誠一はその中の一枚を手に取る。
「ひどーい。私、先生に言って来る!」
隣にいた親友の立川友美も声を上げる。しかし、愛莉はそれを止める。
「大丈夫」
「そう。なら、言わないけど」
友美は心配する。すると、物陰から彼女たちを睨みつける人物がいた。彼は福山紫雨という。
「あいつだけは、絶対に殺してやる」
彼はそう呟いた。
キーンコーンカーンコーン。予鈴が鳴る。
放課後。
愛莉は、誠一と下校する。
「疲れたぁ」
彼女は背伸びをする。
「もうすぐテストだもんな」
誠一はそう言って、微笑む。
「うん」
「!」
愛莉は背後からの気配を感じ、振り返る。しかし、誰もいない。
――何?
「どうした?」
誠一は愛莉の様子を気にかける。
「今、背後から見られていたような気が」
「誰もいないようだけど」
「私の気のせいかも。じゃ、また、明日!」
「あぁ、じゃな!」
誠一は立ち去る愛莉に手を振った。
「なぜ、僕があいつじゃないんだ」
紫雨は爪を噛んだ。
次の日。学校の屋上に、愛莉と誠一の二人はいた。
「どうしたの? 話って」
愛莉はきょとんと聞く。
「俺、里子だって、話しただろ?」
誠一は突然、話し出す。
「うん。覚えてる。私と同じ、母二人なんでしょう?」
愛莉は微笑む。
「あぁ。でも、お前とは違って、人工胎児YYじゃなくて、自然胎児だって思ってた」
「思ってたって、過去形? もしかして!」
愛莉は彼の話に驚く。
「俺も人工胎児だった。俺の場合は男性同士だが」
「男性同士。そっか、染色体がXYだもんね。そっか」
「それで、今度の日曜日、本当の両親の祖父母に会いに行くんだ」
「祖父母?」
「両親は俺が幼い頃に、交通事故で亡くなったらしい」
「そうだったんだ。良かった。本当の両親が誰なのか分かって」
愛莉は微笑んだ。
「ありがとう」
誠一も笑顔になる。すると。
「!」
愛莉は何かの気配を感じて、振り返る。
「どうした?」
誠一は気にかける。
「また、誰かの視線が」
愛莉は少し、恐怖を感じた。
「最近、何かあったのか?」
誠一は彼女に尋ねる。
「ううん。何もない」
「ここまで、気になるという事は、本当に見張られているとかかもな」
「そうかな?」
「変な紙もあったし、気をつけろよ? 俺もなるべく一緒に登下校してやるから」
「うん。ありがとう」
愛莉は少し、微笑んだ。
「あいつだけは、絶対に許さない。父親にも捨てられて、俺はいつも一人だったのに!」
紫雨はナイフを木に突き刺した。
日曜日。
「行ってきます」
誠一は、母二人に手を振る。
「行ってらっしゃい」
「気を付けてね?」
母二人、白井沙理と美代は彼を笑顔で送り出す。誠一は彼女たちにもう一度、手を振り、出かけた。
――しかし、あいつ。大丈夫だったかな?
誠一は、愛莉のことを少し気にしていた。
「行ってきます」
愛莉は母二人に大きく手を振った。
「行ってらっしゃい」
「あら、友達と?」
「うん」
愛莉は笑顔で答える。
「楽しんでおいで」
母二人、岩下音葉とニニ(にに)は笑顔で彼女を送り出す。
「うん。じゃぁね」
愛莉は笑顔で出かけた。
――今日は、友美と遊園地! 楽しみ!
遊園地。
「ねぇねぇ、今度はあれに乗ろう!」
「いいねぇ。そうしよう!」
愛莉と友美の二人は笑顔で遊園地を楽しんでいた。
――どうやら、謎の視線のことは忘れてるみたい。少し安心した。
友美は愛莉の様子を見て、内心、ほっとしていた。
レストランにて。
「父はどのような人だったのですか?」
誠一は祖父母、曽我壮一と美保に尋ねた。
「明るくて、友達が多かったかな?」
「そうね」
「特に福山太一君と仲が良かったかな」
祖父、壮一は口を滑らせる。
「ちょっと、その名前は出さないで!」
美保は彼を怒った。
「え?」
誠一は固まる。そんな彼を見て、美保は場をごまかす。
「あぁ、ごめんなさいね。忘れて」
「仲が良かったのは事実だろう?」
「でも、彼は、犯罪者よ。あの岩下音葉さんのストーカーよ」
――岩下音葉って、愛莉の母親?
「詳しく聞かせてもらえませんか?」
誠一は身を乗り出す。
「え?」
「知り合いの母親なんです!」
彼は真剣に頼んだ。すると、美保は淡々と事実を話し始めた。
「福山太一は、岩下音葉さんにストーカーをしていたの。それで、彼女のDNAを盗んで勝手に人工胎児YYを作ったの」
「それって、……」
「えぇ、犯罪よ。改正法が通った今ではね。しかし、改正法前の当時は刑事罰がなかった。だから、彼は裁かれなかった」
美保は淡々と話す。
「彼は今、どこに!?」
「それを聞いてどうするんだ?」
祖父、壮一は聞き返した。
「親友が誰かに狙われているかもしれないんです!」
誠一は必死に訴える。
「彼は、今、海外だ。民事でもおとがめなしでも、日本にはいられないからね」
――海外……。それじゃ、誰が狙っているんだ!?
「確か、息子がいたでしょう?」
「息子?」
美保の言葉に、誠一は顔を上げる。
「あのストーカー事件で生まれた人工胎児のことよ」
「!」
「かわいそうよね。父親にも見捨てられて、児童養護施設で育ったのよ。確か」
「まさか、まだ日本に!?」
「いるはずよ? 今はちょうど二十歳になったばかりかしら?」
「ごめんなさい。おじいさん、おばあさん。俺、親友を助けに行ってきます!」
誠一は慌てて、席を立つ。
「え?」
「親友って誰だい?」
祖父母は、慌ただしく立ち去ろうとする彼に、聞く。
「岩下音葉の娘です!」
「なんだって!」
誠一は走り去る。
「美保、警察に連絡だ」
「えぇ、そうしましょう」
タタタタタと、誠一は遊園地を目指して走る。
――まさか、本当に狙われていたなんて!
遊園地。
「どこだ! 愛莉!」
――だめだ、広すぎる! 警察には連絡したが、保護してもらえるだろうか。
誠一は辺りを見渡す。
――ん? いた! 後ろに男性がいる。まさか、あいつが!?
「愛莉!」
誠一は走り出した。
「岩下愛莉」
「え?」
彼女は振り返る。
「死ねぇぇぇ!」
声の主、紫雨は刃物を振りかざす。
「危ない!」
駆け付けて来た誠一は愛莉をかばう。ぽたぽたと血がしたたり落ちた。
「誠一! 誠一!」
愛莉は涙を溜める。
「愛莉、逃げるよ!」
「え?」
愛莉は、友美に手を引かれる。
「待て!」
紫雨は、追いかけてくる。
――どうしよう! このままでは、愛莉が!
友美は焦る。
「お前だけは! 殺してやる!」
紫雨は怒号を飛ばし、追いかけてくる。
――警備員室へ行けば、助かるかも!
「愛莉! こっち!」
友美は愛莉の手を引く。
――お願い、誰かいて!
「待ちやがれ!」
紫雨は叫ぶ。
「いたぞ! こっちだ!」
通報を受けて、警察官が現れた。
――え?
「大丈夫ですか!?」
警察官は二人を保護した。
「ちっ! 邪魔するな!」
そんな中、紫雨は警察官へ襲い掛かる。しかし、警察官にかなうわけもなく、紫雨は警察官に取り押さえられ、身柄を押さえられた。
「放せ!」
「緊急逮捕」
警察官は、彼に手錠をかける。
「もう大丈夫だよ」
警察官は愛莉と友美へ声をかける。
「お巡りさん、大変なんです! 私の親友が!」
愛莉は、怪我をした誠一を心配する。
「大丈夫。彼は保護しました。今はきっと病院へ搬送されています」
「本当ですか?」
「えぇ、そうですよ」
警察官は笑顔で答えてくれた。
「良かった」
彼女は安心した。
「さ、君たちも念のため、病院へ」
警察官たちは、彼女たちを誘導した。
病院。
「愛莉!」
「大丈夫だった!? 警察から電話があった時はもう……」
二人の母親は涙を流す。
「ごめんね、愛莉。お母さんのせいよね」
音葉は涙を流して、愛莉を抱き寄せる。
「お母さん?」
「警察の人から、全部聞いたわ。動機は復讐だったそう」
ニニはそう言う。
「お前も無事だったか」
「誠一! もう大丈夫なの!?」
「腕を数針縫っただけ」
彼は苦笑する。
「大怪我じゃん!」
愛莉は駆け寄る。
「そんなことないよ」
「ありがとう。助けに来てくれて」
「気にするな。俺はお前の親友だ」
「うん」
愛莉は笑顔になった。