Side P-6 僕は紛い物。
2階の屋根程の高さの鉄の巨人。
手に持つは光の矢を放つ巨大な杖、
あるいは光の刃を持つ剣。
それら鉄の巨人達の戦いに巻き込まれたら、
ほんの少しの魔法は、あまりにも無力だった…
※ ※ ※
乱戦の中、チキュウの鉄の巨人を倒したアミキソープセイジンの鉄の巨人は、自らが吹っ飛ばした巨人を追いかけて乱戦から抜け、その先に奇妙な集団を見つける。剣や鎧を身に着け、ほぼ全員が尖った耳の、明らかにこの世界の住人ではない………
「ふぃりぽん、あいつ、なんかこまってない…!?」
「僕等が敵か味方か旬重してるんだと思う。」
「な、なら、あいつらに敵とみなされないうちに退散した方が…」
ライオスがもっともな事を言ったが、後ろの方で大勢の人の叫び声がした。周囲に住んでいる民間人が避難しようとしているのだ。その中に、女性を乗せた車椅子を押す、赤ん坊を背負った男性がいる。
「ゆ、ユータ、無理しないで…」「お前を置いて逃げれっかよ、カナ!!」
鉄の巨人に与えられた命令は、『ただ壊し、殺す事』だった。なら、獲物はより多い方が効率が良い。鉄の巨人はその金色の単眼を、逃げ惑う集団に向け………
「カナコさん危ない!!」
ウィルが彼女に面識があったらしい。腰に佩いた曲刀を抜くと、
「うぉぉぉぉっ!!」
裂帛とともに鉄の巨人へと駆け寄り、
「りゃぁぁぁっ!!」
その足元を斬りつける。
キィィィン!!耳障りな金属音が轟くが、鉄の巨人の足には傷一つついていない。ウィルの刀が折れなかったのが奇跡だが、ギン! 鉄の巨人は金の単眼を足元の目障りな尖り耳達に向けた。これで完全に、フィリップ達は鉄の巨人の標的になってしまった。
「く………くそっ!!」フィリップが『ツァウベラッド・ブラウ量産型』を魔法陣形態に変型させる。
「【ファイヤーボール】!!」
ヘッドランプ代わりのランタンから火の玉が射出され、ボン! 鉄の巨人の頭部に激突する!だが…鉄の巨人は少し仰け反っただけで、すぐに体勢を立て直した。
「魔法が………効かない!?」
…半ば分かっていた事だった。
「あ、【アイシクルランス】!!」
スティーブが短杖を構え、氷の槍を作ると、鉄の巨人へと放つ。だが、氷の槍は巨人の胸に当たると砕け散った。
「くそっ!!【パラライズ】!!【ポイズン】!!」
フィリップが魔法を連発する。だが、巨人に異変が生じた様子は無い。
(剣も炎も氷も、状態異常もだめ…!?)
…分かっていた事だった。カナコと呼ばれた車椅子の女性を含む一団は逃げてくれたらしい。フィリップは叫ぶ。
「て…撤退!!みんな逃げろ〜〜〜!!」
「は、はい!!」「撤退だ、撤退!!」
一団はそれぞれ自分達の世界から持って来たツァウベラッドやツァウベラウトに分乗して逃げて行く。
「と、父さんも早く!!」
『フリューゲル』に乗ったスティーブが叫ぶが、二輪形態への再変型でフィリップが逃げ遅れる形になった。
「う、うぉぉぉぉぉ〜〜〜!!」ウィィィィ…
疾走する『ブラウ量産型』を追いかける鉄の巨人。ここに来るまでの間に光の杖も光の剣も失ったらしく、巨人は丸腰だったが、あの拳が振り下ろされたら、ひとたまりもないのは明らかだ。
(な、何をやってるんだ僕は!?こんな世界に来させられて!!あんな理不尽な敵に追っかけられて!!家族も守れず!!!情けなくも逃げて!!!)
巨人とツァウベラッドとの距離はあっという間に縮まった。今は巨人が振り下ろす拳を右に左に避けているが、時間の問題だろう。
「わ、わあああぁぁぁ~~~っ!!」
顔を涙と鼻水でグチャグチャにして、それでも『ブラウ量産型』を操縦するフィリップ。
(あの拳は、巨人が振り下ろしてるんじゃあない。世界そのものが、僕に振り下ろしてる拳だ。)
フィリップはふと思った。
(いつだって、どこでだってそうだ…僕はパイライトで、世界は本物しか認めない。パイライトを、その存在自体を許さない。
いつだって、どこでだってそうだ。
ツァウベラッド、『境の村』の英雄、エルフの妻、その間に授かった子供…世界は僕が持つそれらを決して認めず、
両親、腕力、魔力、社交性、ヒューマンの伴侶、エルフの血の混じらない子供…それらを僕が持たざる事をこそ非難し、僕を否定する…)
ド ン !
鉄の巨人の拳が振り下ろされ、フィリップと『ブラウ量産型』は宙に舞う。
「ふぃりぽーーーん!!」「父さーーーん!!」
モリガンとスティーブの悲鳴が聞こえ、
ややあって全身に激痛が走り、
フィリップの意識が途切れる...
(分かっていたんだ…こんな僕がモリガンやスティーブに会えた事自体、世界が気紛れで僕にかけてくれたほんの少しの魔法で、その魔法も解け、僕は伴侶も子孫も失って、異界の地で果てるんだ…
アユム君に、偉そうな事、言えない……
所詮、僕は愚金鉱。穴ぐらから掘り出されたら、たちまち真っ黒に錆びる屑石だった…)
※ ※ ※
「…情けねぇなぁ、お前はよぉ…」
…誰かの、声がした。若い男の声だ。
「…お前、英雄様と煽てられて、鈍っちまったんじゃねぇか!?昔のお前は、もっとギラギラしてたぜ…」
誰かが、そこにいた。懐かしい誰かが...
「お前は『紛い物』呼ばわりする俺の言葉を、いつだって突っぱねてたよなぁ…」
フルプレートアーマーを着こんだ…
「さあほら立て!立って足掻いて見せろ!戦って見せろ!!
本物しか在る事を許されねぇこの世界で、紛い物の旗を掲げて、どこまでも歩いて行け!!」
金髪ロン毛の男。顔は逆光で見えない。
「本物達からお前の居場所を切り取って行け!!
でないと紛い物のお前は、本物達に潰されちまうぞ!!」
※ ※ ※
「…!!」
「ふぃりぽん!!」「父さん!!」
目を開けると視界に入ったのは、心配そうなモリガンとスティーブの顔。それだけじゃない。テレサ、ウィル、ヴィッキー、血縁者じゃないライオスやエミリーやエリナまで…どうやら気を失っていたのはごく短い時間だったらしい。
そして…いつの間にかぐるっと一周して、アユム達が戦っている場所の近くまで戻って来たらしい。あの鉄の巨人は…相変わらず追いかけて来てるが…
モリガン達の後ろには、壊れて動かなくなった鉄の巨人の残骸があった。脚にあたる箇所の装甲がはがれ、側には同じく外板のはがれた光の杖が転がっていた。それらにフィリップの目が釘付けになる…
巨人の脚と、光の杖とを何度も何度も見比べ…光の速さで思考を廻らせ、
パシン!! フィリップは両掌で自分の両頬を叩く。そして心配そうに見つめる自身の相棒に、
「モリガン…すまないがしばらくでいい。あいつの気を引いていてくれないか!?」
「ふぃりぽん…!?」
モリガンは相棒の言葉の意味を図りかねていた。
「スティーブとテレサとウィル、それからライオス君も、ちょっとこれを見てくれないかな!?」
「どうしたの、父さん!?」「何、じいちゃん!?」
フィリップを中心に集まる子孫達に、モリガンは苦笑して、
(まったく…わたしもかおりちゃんにえらそうなこと、いえないなあ…)
両手でハルバートを握りしめ、鉄の巨人に対峙し、叫んだ。
「さあこい、このがらくたにんぎょう!!」
(ふぃりぽんは、まほうがつかえるんだ!!)




