after3 僕達のエピローグ、この子のプロローグ・2
『飲んだくれの亭主をどうにかして欲しい。』モリガンを介してエレンから頼まれ、こうしてやって来た訳だ…
「へん………!お前だって、俺のパーティーから追放されてんだ。今の俺を見て、内心、『ざまぁみろ』とでも思ってんだろ!」
アルバートは悪態をついた。
「………!!」
かつてはフィリップも、アルバートを恨み、彼の凋落を願っていた。が…今更2年前の恨み節が叶っても、嬉しくもなんとも無い。
「ちっ………!何でこんな事になっちまったんだ………!!」
ボヤくアルバートに、
「………それは僕の台詞だ。」
小さな声でフィリップは言った。そして、
「いい加減にしろ………!父親が飲んだくれじゃあ、娘さんが可哀そうだ………!!」
「お前は利口だったよなぁ…いい時期に冒険者を辞めてよぉ…」
アルバートの悪態は止まらなかった。
「あーあ、同じ様な事をしたのに、お前は欲しい物を手に入れて、何で俺は全てを失………」
「………おい!」
フィリップはアルバートの胸倉を掴んで、その言葉を無理やり止めた。
フィリップの家へ遊びに来た時の、エレン母子の笑顔…あの2人の夫で父で、『全てを失った』とは言わせない!
それにモリガンは、フィリップと子を成す代償に、永遠の命を失っている。例え同族同志であっても…
「女が子を産むってのは、自分の命を分け与える行為なんだぞ…!!」
「………………何でその話が出るんだか分かんねぇよ…!」
アルバートは濁った眼と酒臭い息で、フィリップを睨んだ。
「く………っ!!」
フィリップはアルバートを座っていた椅子に突き飛ばし、
「………また来る…」
そう言って、ギルドの『酒場』を後にした。
※ ※ ※
「あんなあいつの姿………見たくなかった………」
ギルドからの帰り道、いつの間にか外は夕暮れ時になっていた。
(モリガンと出会ってから4年くらいか…結婚してから2年…4年前には想像もつかなかったなぁ…
僕が結婚して、子供が産まれて、おまけに冒険者としても英雄になって、工房まて持って…)
全て、モリガンと出会ってから、良い方向へ向かって行った。今の彼がいるのは、彼女がいたからだ。そして…
(…アルバートがああなるのも、想像出来なかった…)
あんな有能で、意識も高かった男が…
人生は何が起きるか分からない。正確には、破滅の前兆はどこかにあったのだろうが、常人には…少なくともフィリップやアルバートには、それが認識出来なかった。だから、人生は何が起きるか分からない。
(僕の今の幸せも、このままだと、いつか失われるのかな………!?)
なら、僕は、どうすればいいんだろう………
不意に、大通りの門の方から、2台のツァウベラッドが走って来た。戦士と魔法戦士。ツーマンセルだろうか。『パイライト』によって一般化した冒険者スタイルだ。
(あれもうちの工房製だな…ブラウとロート…いや、シアンとマゲンタ…!?)
『ツァウベラッド・マゲンタ』と、『ツァウベラッド・シアン』。ユーザーからの多様なニーズによって生まれた、『ツァウベラッド・ブラウ量産型』と『ロート量産型』の、カラーバリエーション。赤い魔法陣可変型と、青い走行特化型。
(………!?)
何故か、2人と2台が、『ブラウ』に乗り、青い鎧を着た自分と、『ロート』に乗り、赤い鎧を着けたモリガンに見えた。『パイライト』だった頃の自分たち自身が、近づいてきて…
今、すれ違った。
(!?)
後方へ走って行った2台に、思わずフィリップは振り向いたが、走り去って行ったのは、やはり『シアン』と『マゲンタ』の、見知らぬ2人だった。
※ ※ ※
フィリップの家…
「ただいまー…」
フィリップが入り口のドアをくぐると、
「おかえりなさいー」
モリガンの声がした。そして…
「おかーりー。」
そう言いながら、2人の息子、赤ん坊のスティーブがてちてちと歩いて来た。
「おースティーブ、ただいまー。父さん帰って来たぞー。」
スティーブを抱き上げ、あいさつ代わりに短くとがった耳をこちょこちょといじると、くすぐったそうにスティーブは笑った。
あーもう、可愛いなぁ、この子は…!!
ついこの間、立っちが出来る様になった。その少し前に、つかまり立ちが出来る様になった。その前は はいはい…日が経つにつれて成長して行き、昨日の姿は、もう今日見る事が出来ない。この姿も、成長によってすぐに見られなくなるだろう。
「あーー、今のお前の姿を、何かに描き留めておく事が出来たらなーー!!」
するとスティーブは、「あーーーーーい!!」と、元気よく返事をした。
「すてぃーぶが、『まかせろーー』って。」
モリガンが通訳する。
「ははは…期待してるぞーー。」
フィリップは微笑みながら言った。
「すぐごはんにしますよー。」
そう言ってモリガンが、奥のテーブルに、骨の周りに丸く肉が着いている、例の肉を並べていた。
(今がどんなに幸せでも、それをつなぎ留めておく事は出来ない。
次に訪れるのが別の形の幸せなのか、不幸なのかは分からないが…
とにかく、状況はいつか、必ず変わる。)
なら、僕は、どうすればいいのか…アルバートの事も…
「ふぃりっぷ…『さかいのむら』のそんちょうさんから、にもつがとどいたわよ。」
モリガンは言った。
「そうか…お礼をしないとな…」
荷物は馬鈴薯だろうか。南方の『新大陸』から伝来し、『海岸地帯』の各地で栽培されている穀物。
「あっちだって、食うのがやっとのはずなのに…」
「まわりにもんすたーがいっぱいで、たいへんなんだって…」
モリガンが言った。
「それは問題だな………」
フィリップが呻いた。
あれから…人型モンスターの大量発生は沈静化したが、共和国のオークと、王国のゴブリンは、少数だが土着化した。繁殖力の高さから、完全排除は困難だろう。
そして…『海岸地帯』には、大型の人型モンスターが、各地から集まって来た。結婚前の最後のクエストで出会った、『ジャイアント』や、『オーガ』『トロール』と名付けられた種族…
『海岸地帯』の人々は、安全を保障してくれる存在を必要としている。
だが、それには、『海岸地帯』の領有問題を何とかしなければならない。『何とか』とは、王国か共和国か、どちらかの領土にすれば良い訳ではない。
共和国領になればハーフエルフ達が、今の様に王国領のままだとヒューマン達が、不自由な思いをする。
両方の国から信頼されている、ヒューマンとエルフ両方の事を想いやれる誰かが、そこの領主になれば………でもそんな人間…
………いや、一人だけ、その候補にフィリップは心当たりがあった。だが、それには何年かかるか…
かちゃり………
王国とハーフエルフの問題を解決した時もそうだが、複数の問題を抱えた時、それらを組み合わせて解決しようとするのは、フィリップの悪い癖だった。だが…
いつか変わってしまう家族の姿と、アルバートの現状と、『海岸地帯』の窮状と、それらがまた、フィリップの中で一つに嵌った。
「………モリガン…」
フィリップは言った。
「……以前、お前も言ってたが、冒険者に復帰しないか!?」
「え………!?」
目を丸くし、極力優しい声音で言うモリガン。
「すてぃーぶのことは、どうするの!?それから、こうぼうのことは…!?」
「全部やる。どれ一つとして、中途半端にしない。」
きっぱりと言うフィリップ。
「…………なるべく、すてぃーぶのところへかえってあげるようにしましょう。」
モリガンは、折れた。
「わたし、きめてたんだ。これからのなんじゅうねんかは、いままでのなんぜんねんよりも、ずーっと、たくさんのことをしようって!」
ツァウベラッド シアン、マゲンタ
ツァウベラッド・ロート量産型とブラウ量産型のカラーバリエーション。青い走行特化型と赤い可変機。
なお、ネーミングがしにくくなるため、以降の新型機から、ツァウベラッドに色名を着ける事は無くなった。




