after2 僕達は5人になった・下
10分後、伯爵邸、庭…
「これは………!?」
伯爵の目の前にあるのは、タイヤが4つついた、丸みを帯びた鉄の箱。
中には前に2つ椅子があり、後ろには長椅子が付いている。
「僕の工房で作っている、『ツァウベラウト』…魔法で動く乗り物です。」
「ほぉ…これが…!?」
王国でもドワーフが作った魔道二輪車…『ツァウベラッド』が、冒険者の間で普及しつつある。伯爵も二輪の存在は、風の噂に聞いていた。
「その中でもこれは、『パンター』と言う名前の中型車です。最大乗員は5人の…」
フィリップが説明すると、
「ふむ…このデザインはヒューマンの趣味だな…私にはもうちょっと優雅で気品のある物の方がいいかな…」
伯爵はやや棘のある口調で言う。
「…で、私にこれをどうしろと…!?」
「先ほども申しましたように、これには僕たち全員が乗せられます。
これは馬よりも早く走れますので、2~3時間もあれば、王都から海岸地帯まで行けます。」
「………それで!?」
「明日、これに乗って、僕たちと一緒に、『境の村』へ行っていただけませんでしょうか。」
「『境の村』………ニール!!」
オリヴィアはフィリップの真意に気づいた様だ。
「婿殿……それは、余計な事だとは思わなかったのかね!?…」
伯爵はフィリップを睨み、低い声で言った。
「我らエルフが現世の理に触れた者とは縁を切る事は知っているだろう…!?
そうでなくとも、子が親より先に死ぬ『逆縁』は、ヒューマンにとっても最大の親不孝では無いのかね!?」
「………存じております………」
フィリップは伯爵をじっと見つめ返した。
「そこを曲げて、どうか………!!」
義父と婿とで、睨み合う事しばし…
「おとうさま…」「あなた…」
モリガンとオリヴィアも伯爵に懇願する様な視線を送る。その末に、
「ふん………!!」
伯爵はドアの取っ手に手をかけた。
「これを引けば開くのかね!?」
「そちらは運転席です。それに…出発は明日で結構です。」
「今から行く事は可能かね!?」
「で…ですが…」
フィリップは低い声で言った。
「…今日、行っても、ニールさんは眠っていると思いますよ…」
「構わん。やはりもうそんなに弱っているのか…寝顔でも良い。1日でも長く顔が見たい。会おう。先様さえよければ、向こうに泊めていただこう。」
「ありがとうございます!!」
フィリップは深々と頭を下げた。
※ ※ ※
執事とメイドに屋敷を任せて、急遽、出発する事になったフィリップ達。
森と調和した王都の大通りを、ツァウベラウト『パンター』が走る。
「………狭いな…」
助手席の伯爵が言うと、
「申し訳ございません…」
運転席のフィリップが言った。
後部座席にはモリガンとオリヴィアが、赤ん坊のスティーブをあやしている。
『パンター』は王都の門を抜けて、森に入る。
「…これは音がしないのだな…馬車の方が馬の蹄の音がして優雅だな…」
「大きな音がして、周囲に迷惑がかかるよりマシです。」
やがてパンターは、伯爵の領土となっている村への分かれ道に差し掛かった。その間、何台かの、冒険者の乗る王国産『ツァウベラッド』とすれ違う。
「…もうここまで…早すぎると旅情という物も無いな…」
「この速さを利点と考える人も多いんですよ…」
「ぱぱとじいじ、なかよしだね。」
後部座席のモリガンがスティーブにそう言うと、
「「どこが!!」」
前の2人が揃って後ろを振り返る。
「ふぃりっぷまえをむいてーー!!」
モリガンに言われて慌てて前を向く。
「………ところで………私もこれ、動かしてみていいかね!?」
伯爵が耳をピコピコさせながら言ったが、
「だめです。運転には訓練が必要です。」
「…君ねぇ…さっきから言おうと思ってたのだが、話しをする時は、ちゃんと相手の顔を見なさい!」
「運転する時は前を見てなきゃならないんです。誰かを轢いたり、何かにぶつかったりするでしょ!!」
「………やっぱり私に運転させたまえ。」「だめです。」「固い事を言うな!」
伯爵はフィリップが握るハンドルを、無理やり掴もうとした。
「あーーーーっ、危ない!!」「これを動かせばいいんだな、どれ………」
ポカっ!ポカっ!!
「………あなた…さっきも申しましたよね…あなたは短慮だって…!!」
「………すまん…」
「ふぃりっぷ、すてぃーぶだってのってるんだから、きをつけないと…」
「………これはお義父さんが…」
「………なにかいった!?」
「………何でもありません…」
車を止めて正座させられ、オリヴィアとモリガンに怒られている伯爵とフィリップだった………
※ ※ ※
「もう、わたしがうんてんしますから、ふたりはうしろでおとなしくしてて。」
モリガンが運転席、スティーブを抱いたオリヴィアが助手席に座り、頭に仲良くたんこぶを作ったフィリップと伯爵は後部座席に座らされる。
(もしかしてお義父さんは、変化を嫌うエルフの中でも、新しい物好きで、好奇心が強いのでは…!?)
考えてみれば、フィリップの祖父であるスティーブと、真っ先に話をしたのも伯爵だったと言う。そしてその性格が、モリガンに受け継がれた…!?
「………何だね!?」
フィリップの視線を伏し目がちに見つめ返す伯爵。
「いいえ、何でも…」
フィリップは言った。そこへ…
「あーーーーっ!!えるふがおーくに、おそわれてるーー!!」
運転席のモリガンが叫んだ。
「何っ!?」「それは一大事だ!」
「たすけないとーーー!!」
『パンター』のアクセルを入れるモリガン。
他に周りに助けてくれそうな騎士団や冒険者は…いない。
「しょうがない…」
王国へ行くために、一時的に再受領した『アイテムストレージ』から、剣とシールドを取りだず。
オーク達が、フィリップにも見えて来た。数が多いが…なんとかしよう。
「モリガン、スティーブを頼む。」
『パンター』が停車すると、後部座席からフィリップが出る。
「おかあさま、このこおねがい!」
スティーブをオリヴィアに任せて、モリガンも運転席から出て、『アイテムストレージ』からハルバードを取り出した。
「モリガン………分かった。頼む。」「あいよ!」これ以上心強い相棒はいない。
フィリップが鞘から抜いた剣は、ロングソードの長さがあり、しかも、見事な銀色に輝いていた。『ミスリルソード』。自身の筋力の弱さを、武器に金をかけて軽くて丈夫な素材を使う事で、リーチを得たのだ。
「このふぃりっぷはまほうがつかえるんだよー!!」
オークから逃げているエルフをかばう様に、モリガンが前へ出た。
「ほんの少し、だけどな…」
フィリップが後に続く。
「お、おおお………!!」
『パンター』の中の伯爵が、2人の戦いに見入っていた。
「エルフと、ヒューマンが、力を合わせて戦っている………!!」
エルフが妖精界から現世に堕とされて以降の、ヒューマンとの血みどろの戦いの歴史を知っている伯爵にとって、それは信じられない光景だった。
それを繰り広げている一人が、自身の娘で、もう一人が、かつての親友の孫である事を、彼は誇らしく思った。
モリガンが先頭でハルバードを振るい、フィリップはそれを、弱体魔法や強化・回復魔法で的確に援護している。
「あの二人は…ああして戦っていたのか…」
伯爵の心の中に、ゾワゾワと込み上げて来る物を感じた。
「オリヴィア………孫を頼む!」
そう言い残して、伯爵は『パンター』から出た。
彼を短慮と責める妻も、今度は彼を止めなかった。
「婿殿………」
伯爵はフィリップとモリガンの間で、1匹残っていたオークに立ち向かい、静かに言った。
「以前、話した事を覚えてるかね…!?」
右手に細身の剣…レイピアを持ち、オークに半身を向け、左手は後ろに高く掲げている。
レイピアを持った戦い方は、かつて左手に小型の盾や、防御用の短剣を持っていた時期もあったが、最終的に何も持たず、横を向く事で的になりにくくするフォームに落ち着いた。
「これが………!」
まず、レイピアでオークを一突き、その後すかさずオークと距離を取る。
「エルフの………!!」
レイピアの斬りを含めた三撃。
「ノブレス・オブリージュだーーーーーっ!!!」
最後にレイピアによる突きの連打。
そしてオークは倒れる。
「………お見事でございます…」
フィリップは言った。
平民でありながら戦いの場に出た冒険者は、考えてみれば貴族のノブレス・オブリージュに通じる物がある。
「ふむ…いっそ私も冒険者としてデビューを…」
「色々大変な事になりますから止めてください。」
「『パパとじいじ格好いい』って。」
見ると、助手席のオリヴィアの腕の中で、小さなスティーブはキャッキャッとはしゃいでいた。
あの戦いを見ても怖がらないとは、胆の座った赤ん坊だ…
「ふむ…二代目かね…!?」
伯爵は言ったが、
「馬鹿な事を言わないでください。」
フィリップはきっぱりと言った。
「この子は冒険者にはしません。やはりこれは、危険な仕事ですから…」
※ ※ ※
さて…
主人公はヒロインと結ばれ、いつまでも幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、というのは、物語の中にしか無い。
現実には続きがある。『めでたしめでたし』で終わった続きが…
ならば…
ほんの少しの魔法を武器に2つの国の間を駆け抜けたヒューマンの青年と、永遠の命を捨ててその青年と結ばれる道を選んだエルフの少女と、その間に産まれた未だ小さな命には、
どんな波乱万丈の『続き』が待っているのだろうか………
ツァウベラウト『パンター』
『パイライトカンパニー』社製、中型ツァウベラウト。
前部座席2人、後部座席3人の5人乗り。
一般並びに少人数構成の冒険者向けとして販売されたが、この世界の冒険者パーティーの最大人数は6人なので、アタッカーが別途『ツァウベラッド』で移動する事になる。
なお、モリガンに永遠の命の代償を支払わせたとは言え、父親になる事をたいそう喜んだフィリップは、赤ん坊が座るシートを標準装備したツァウベラウトも開発しようとしたが、「そんなの、一時期しか使わないでしょう」という他の職人たちの一言で我に帰ったという。




