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僕は弟子たちを卒業させた。

フィリップはその夜、冒険者ギルドに戻り、モリガンは一晩実家に泊った上で、翌朝、冒険者ギルドに戻った。彼女と、フィリップにもたらされた、伯爵からの新たなクエスト依頼を携えて…


『海岸地帯北部の山地にある、遺跡を探索し、その最奥にあるものを回収する事。

なお、本クエストで得た情報は、モリガンに報告資料を渡し次第、全て忘れる事。』


伯爵の側には、このミッションを遂行可能で、かつギリギリ信頼出来る人物としてフィリップくらいしか思いつかず、彼の最大戦力である愛娘モリガンを、断腸の思いで着けたという事情があるのだが…


これは伯爵からの、『王国を出ろ』という、無言のメッセージでもあった。


伯爵は個人的にはフィリップを信頼してくれた。

だが、フィリップはエルフの事情を知り過ぎた。

彼が知った情報は、共和国の好戦派に第5次大戦を起こさせるに十分だった。

そうなったらエルフは今度こそ滅びる。疑心暗鬼に陥ってフィリップを危険視するエルフも現れるだろう。

今すぐ彼等の手の届かない所へ帰れ、という…


元々フィリップは、いずれ共和国へ帰るつもりだった。が………


それは、ナインやニェットとの別れも意味していた…


     ※     ※     ※


王国冒険者ギルド前…


「お姉さま…長い間、お世話になりました…」

ニェットは瞳に涙を浮かべた。

「にぇっとちゃん…げんきでねぇ…」

モリガンもつられて泣いた。


「………行くのかよ………」

「………ああ、行く………」

ナインとフィリップは、互いに背中を向けたまま、そう言った。


思えばナインとニェットは、度々2人だけでクエストを受けさせられていた。

それは、いつかフィリップとモリガンがいなくなる事を前提とした育成だった。

分かってはいた。


「ワシは今度こそ現役引退かのぅ…武器屋に戻るだけじゃがの…」

オヤジはいつもの黄色い鎧ではなく、作業着姿だった。

「伯爵のクエスト、がんばってねぇ…」

王国のギルドマスターや、フィリップの教え子たちも、彼等を見送るために集まっていた。


「………お前らはもう自分達だけでやって行ける。じゃあな…」

フィリップは『ツァウベラッド・ブラウⅡ』に乗ろうとした。


「待てよ!!」

ナインが叫んだ。


「あんた勝手だよ!!勝手に現れて、勝手に俺達を冒険者にして、勝手に弟子にして、勝手に育てて、勝手に希望を持たせて…そして、勝手にいなくなっちまうのかよ!!!」


「ああ…勝手だ。」

フィリップは後ろを向いたまま言った。

「世の中みんな勝手だ。だが、いつまで世の勝手に流される弱者である事に甘えているつもりだ!?、

最初に言ったはずだ。今のお前は狩られる側じゃない、狩る側だ、と…」


「くっ…」

ナインは呻いた。


「もうあんたの事なんか知らねぇ!!どこへでも行っちまえ!!!!!」


「………これからは、お前らが、新入りの面倒を見てやれ…」


ウィィィィ… ウィィィィ…


ツァウベラッドの乗ったフィリップとモリガンは、半年滞在した王国の冒険者ギルドを後にした。


「これでいい…これでいいんだ…」

ツァウベラッドを走らせるフィリップは呟いた。

「僕はいずれ共和国に帰らなければならない。

あいつらは十分に育った。ランクCになった今が、一人立ちするいい機会だ。

あいつらをこれ以上に成長させるには、僕らの存在が邪魔になる。

大丈夫だ。あそこにはオヤジさんもいるし、アルバート達もしばらく残るだろうし、『置き土産』もして来たし…」

「ふぃりぽん…わたしがさきにはしるね。ふぃりぽんは、わたしがとおったあとを、すすんできて。」

「………すまない…」

フィリップはモリガンのツァウベラッドの後ろに下がった。

彼女の赤いツァウベラッドは、目立つ。

目から大量の『水』が流れて来ている今の状態でも、ぼんやりとだが見えた…


こうしてフィリップは、教官役を卒業した。


     ※     ※     ※


一方、彼等が去った王都では…


「………ちょっといいかの…!?」

オヤジは、ナインとニェットに言った。

「ドワーフの集落まで来てくれんか…!?」


     ※     ※     ※


「こ………これは…」

2人の前にあったのは、新しいツァウベラッド…ただし、軽量化を図っているのか、カウルが申し訳程度にしか着いておらず、前後のタイヤには深い溝が掘られ、それを支えるバネが大型化されていた。そして、カウルの色は…緑色。


「悪路走行特化型の『ツァウベラッド・グリュン』じゃ。

フィリップはテストドライバーとして、お主を指名して行きおった。

ワシらもそれでいいと思うとる。」


「こ…これがあれば、お姉さま達みたいに…」

ニェットが言った。

ナインは時々、ツァウベラッドや『足こぎ式』の操縦訓練も受けさせられていた。

これがあれば、どこへでも行ける。どこまでも行ける…

あの2人はちゃんと導いてくれていたのだ。彼等を、自分たちと同じ所へ…


「くっ………!!」

ナインは呻いて、そして、天に向かって叫んだ。


「これに乗って、いつか会いに行ってやるからなぁ、師匠ぉぉぉぉぉ!!」


     ※     ※     ※


ランクCに昇格したナインとニェットの2人は、冒険者コンビ『ダブル・ディナイ』として再出発し、王国のエース冒険者として活躍した。


     ※     ※     ※


受領したての『グリュン』に乗って、『ドヴェルク』に乗ったオヤジとともに、王国のギルドへ帰って来た、ナインとニェット。

「あの…」

さっきギルド職員として雇用された、エルフの中年女性が、おずおずと話しかけて来た。

「さっきはお口添えいただき、ありがとうございます…」

「い…いや…大した事はしてねぇよ…」

気恥ずかしそうに頭を掻くナイン。

「でも…」

エルフの女性は、ナインの手を握って言った。


「…あなた達のお母さんの事も、恨まないであげてね………」


ナインとニェットはコクリと頷いた。

定命の者との間に子を設け、約束されていた永遠の若さと命を奪われ、これから徐々に老いて行き、たった50年の後に死ぬ…その絶望と恐怖に、彼らの母親は勝てなかったのだ………


「ところで、嬢ちゃん、何故、『げんきでね』と言ったんじゃろう…」

「そう言えば…王都で冒険者続けるなら俺達ともまた会えるよな…」

「私、フィリップさんと一緒に共和国へ帰るのだと思ってました…」

あの2人、ミッションが終わったら、どうするんだろう…


     ※     ※     ※


時間はややさかのぼって、昨夜、伯爵邸…


3人で夕食を採っていた伯爵。

皿の上には、動物の骨の周りに、丸く肉が付いた物。

千早振る神代の昔に、オリヴィアと結ばれて以来、ずっと口にしている妻の手料理。

娘にも受け継がれたらしいが、どんな動物の、どこの部位なのかは、ついに教えてもらえなかった。


「モリガン…」

食事の手を止めて、伯爵は険しい顔でモリガンに呼びかけた。


「おとうさま…こころえております…」

モリガンは答えて言った。


「このくえすとがおわったら…わたしはぼうけんしゃをやめて、おうちにかえります…」

最終話まであと5話。

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