僕たちはまた走り出した。
「汝の蔑称を掲げよ! 世が汝を紛い物、半端者と蔑むなら、その蔑称を掲げて胸を張れ!
パイライトは金にはあらねど、そは暗闇で妖しく輝き、手に取る物の心を惑わす!!
今日からは5人で『パイライト』だ!!」
「おーー」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ!」
「…恥ずい事やってんじゃねーよ…まぁ、嫌いじゃねぇけど、そういうの…」
「…」
温度差はあるものの、フィリップ達は5人とも、例の『オーク、緑小人3匹』クエストを受注した。
「それじゃあ、ナインが僕の、ニェットがモリガンの後ろに乗って…」
「俺があんたに抱きつくのかよ…」
ナインは嫌そうな顔をした。
「ならお前…モリガンの後ろに乗るつもりか!?」
「へ…!?」
モリガンが『ツァウベラッド・ロートⅡ』に跨り、空いている自分の後ろを指さし、
「いらっしゃーい」
と手招きする。
「………っ!?」
ナインは真っ赤な顔になり、ニェットは
「だめ~~~~~っ!!お姉さまに触っていいのは私だけですぅぅ!!」
と、モリガンの後ろに抱きついた。
(モリガンが僕の後ろに乗ってた事があるって話したら…殺されるかも…!?)
フィリップは青くなった。
青、赤、黄、緑、桃の5色の鎧に身を包んだ5人組が、3台のツァウベラッドに分乗し、静まり返った朝の王都の大通りを駆けた。
ウィィィィィ… ウィィィィィ… ウィィィィ………
※ ※ ※
森に入ってしばらく走った所で、5人はツァウベラッドを止め、モリガンとオヤジはアイテムストレージに収納した。標的が、いたのだ。
「うれしいぜぇ…よくお前の方から来てくれたなぁ…」
ナインの目の前にいたのは、1匹のオークメイジ…昨日目撃したのと同じ個体かは分からないが…ナインにはどうでもよかった。
「よし…1体目は、あいつだ…!! ***…」
フィリップが魔法を詠唱し、ナインが弓をつがえ、残りの3人が、走る。
【ダークネス】!!
フィリップの魔法がまず成立し、突然視界を奪われた事にオークメイジは戸惑い、あらぬ方向へ向けて魔法を詠唱しようとしている所へ、ナインの矢が、肩に当たり、そして、装備が一番軽いニェットが先にオークメイジに追いつき、掌底とともに、短く魔法を唱える。
【ハッシュ】!!
短縮近距離化した沈黙魔法。これでオークメイジは、魔法も封じられた。そこへ…
「ふんぬっ!」
「えーーーーい!!」
オヤジのバトルアックスと、モリガンのハルバードが、右と左から落ちる…
※ ※ ※
ドサッ…と、音を立てて、オークハンターは倒れた。
モリガン帰還から3日後の午前…
『パイライト』は、一昨日、昨日に続き、順調にクエストを成功させていた。
「ふー…まだまだ現役で行けるわい…」
オヤジはバトルアックスを背に戻しながら言った。
武器屋に収まっているのが不思議なくらい、オヤジは強かった。
現役を引退したと言っていたが、最終ランクは一体いくつだったのだろう…
「………」
通りがかった、草刈り鎌を持って篭を背負ったエルフが見ていた。薬師だろうか。
「あ…こんにちは。」
「こんにちはー」
フィリップやモリガンが、口々にエルフに挨拶をする。
『彼等はメシの種。』フィリップの教えだった。
「………………」
ぷいと向こうを向いて、エルフは去って行った。
「愛想悪いのぉ…」
聞こえないくらいの声で、オヤジは呟いた。
「まぁ…これからさ…」
※ ※ ※
さらに3日後の、お昼近く、ドワーフの集落…
「みんな…修理してもらいたてで悪いが…」
フィリップはドワーフの職人たちに、図面を広げて見せた。
「…『ブラウⅡ』に、こういう機能を付け加えてもらえないか!?技術料、材料費は払うから…」
「ふむ、これは…」「小改造で済みそうじゃの…」「じゃがこれは…」「ワシらはそっちの事は全然分からんが…」「強度的に大丈夫なんかの…!?」
ドワーフの職人たちは口々に言った。
「うん…多分、これを使えば本体に過負荷がかかると思う。
だから、あくまでいざという時のための最終手段に…」
その後ろでは…
「わーーーっはっはっは!!やっぱり俺は何でも出来るんだーーー!!!」
モリガンから教わり、半日さんざん転んだ結果、足こぎ式二輪車に乗れる様になったナインがいた。
※ ※ ※
さらに3日後、狩りの途中の昼食時…
「おいちーーーー」
モリガンは骨の周りに丸く肉が付いた、例の肉を食べていた。
「………あれ、どんな動物のどこの部位なんですか!?」
ニェットが聞いた。
「…という事は、あれは、エルフの料理じゃあ無いんだな…!?」
フィリップが訊ねた。
「嬢ちゃんのオリジナルか…でも、共和国でもあの肉を食べとったぞぃ。」
オヤジが言うと、
「…と言う事は、素材となる動物によらない料理って事だよな…王国と共和国とじゃあ、住んでる動物も違うだろうし…」
最後にナインが呟いた。
「もぐもぐ…」
例の肉を頬張るモリガン。謎は、さらに深まった。
「けどさ、あれ………」
フィリップが言いかけ、3人はずいと耳を寄せる。そしてフィリップは続きを言う。
「………おいしかったぞ。」
「「ほーー…」」
オヤジとナインは生暖かい目でフィリップを見つめ、
「………っ!!」
ニェットは般若の顔でフィリップを睨んだ。
※ ※ ※
さらに3日後の午後…
「お前…」
何体目かのオークを倒した時、フィリップに声をかけて来たのは、昔会った騎士エルフ…
「…まだ王国にいたのか…しかも徒党を増やして…」
「ま…まぁな…」
「しかもハーフエルフにドワーフか…!」
騎士エルフは嫌味な笑みを浮かべた。
「私たちはこれから、緑小人の討伐だ。
モンスター退治は我ら騎士の仕事だ。『冒険者』など、この国には不要なのだ。
誰もお前らには頼まん。さっさと国へ帰るのだな…!」
そう言い残して、仲間とともに去って行く騎士エルフ。
「………っ!!」
彼等の不遜な態度に歯噛みするナインを、フィリップは手で制し、
「待て。」
と、騎士エルフに呼びかけた。
「…何だ…!?」
「その『緑小人』は、共和国に出ているゴブリンだ。
杖を持った『シャーマン』は魔法を使い、弓を持った『アーチャー』は、お前らには劣るが弓を使う。
奴らは身体が小さいから、すばしっこいし的になりにくいが、体力が弱い。後はオークと同じ戦法が通じるぞ。」
「………一応、礼は言っておく。」
そう言い残し、騎士エルフ達は去って行った。
※ ※ ※
さらに3日後の午後、王都付近の村…
「………間に合ってます。」
エルフの村人は、にべもなくそう答えた。『お困りの事はございませんか!?』そう尋ねたフィリップへの返答は、けんもほろろだった…
「モンスターのに悩まされる事があったら、王都の冒険者ギルドに、いつでも言いに来てくださいね…」
そう言いかけて、近くの家の扉から、珍しい子供のエルフが、恐々とこっちを見つめているのに気づいた。
「ああっ…!そこの僕…!!」
フィリップはその子に近づき、自分の耳をつまんでこう言った。
「この耳、本物だよ。引っ張ってみる!?これ以上伸びないんだよ…。」
ヒヨヒヨヒヨ………どこかで鳥が鳴いた。
「「「「「……………」」」」」
「…何故だ…!?モリガンはこれで、共和国でドッカンドッカン笑いを取ってたのに…」
フィリップは頭を抱えてうずくまり、
「ごめんなさいねぇ…ひゅーまんのゆーもあはむずかしくて…」
「慣れん事をするから…」
「…むしろ何であれでうまく行くと思ったんだ、あんた…!?」
「…ダメダメです…」
4人がそれぞれの反応を示した。
※ ※ ※
さらに3日後の夕方…
「モリガンお姉さまのイヤーカフ、素敵ですぅ~~~」
夕陽を受けて輝くモリガンのイヤーカフを見て、ニェットは耳をピコピコとさせた。
「ふっふっふ~~~」
褒められたモリガンもうれしそうだ。
「………仲いいな…あの2人…」
ナインは呟く。
「私もしようかなー…ああいうの…」
ニェットが憧れの目でそう言うと、モリガンはその整った顔をニェットにぬっ…と近づけ、イヤーカフを外して見せる。
「お姉さま…それ…」
イヤーカフの下は、耳がわずかに切れていた。
「『さかいのむらのきせき』で、ついちゃったの。
ほんとうはこういうかざりは、つけないほうがいいの…」
この頃にはナインとニェットは、共和国で2人がした事についても、色々聞かされていた。
ニェットは無言でツカツカとフィリップに近寄り、
「あなたがついていながら、なんであんな目に会わせたの………」
胸倉を掴み、叫びかけたニェットの言葉は途中で途切れた。
「………お前に、何が分かる………!!!」
フィリップが、すごい顔でニェットを睨み返したからだ。
「………ご…ごめんなさい…」
「………いや、いい…お前の言う通りなんだ…」
「しょうがないの。あそこではどちらかがしんでも、おかしくなかったから…」
モリガンがイヤーカフを着けなおしながら言った。
それからフィリップはスタスタとナインの所へ歩み寄り、その肩をポンと叩き、
「………お前はちゃんと妹を守ってやれ………」
と、言った。
「………言われなくても、そうする。」
ナインは、きっぱりとそう返した。
「………今日の狩りはもう終わりだな…帰ろう…」
その時、フィリップは後ろを向いていたので、どんな表情をしていたのか、ナインには見えなかった。
※ ※ ※
さらに3日後の夜、王都のとあるバー…
「…こんな所に呼び出して、何の用だ!?」
カウンターに座るフィリップの隣りには、例の騎士エルフがいた。
「ふん…」
騎士エルフは、相変わらず不遜な態度で言った。
「緑小人…ゴブリン、と言ったか…!?あれについて、お前の知っている事を全部教えろ!」
「………それが他人に物を頼む態度か………!?」
フィリップは低く抗議したが、騎士エルフはフィリップを見下した態度を崩さなかった。
「…まぁいい。共和国にもオークが出たぞ。それも、王国との国境からはるかに遠い山の中に…」「何っ…!?み、見間違いじゃないのか!?」
「間違いない、あれはオークだった。」
「………」
「ゴブリンの大型の上位種に、『ホブゴブリン』というのがある。『田舎者のゴブリン』という意味だ。
共和国では定説となっているらしいが、ホブゴブリンは、ゴブリンとオークのハーフらしい。」
「何故そんな事が出来るのだ………!?」
騎士エルフが問うと、フィリップは、
「さあな…交流を持ってるという事だろう………奴らは。」
騎士団も、『パイライト』も、王国でゴブリンに遭遇し、討伐していた。
「………」
騎士エルフがピン!と銀貨をはじくと、カウンターにいたエルフが何やら作り始め…フィリップの前に、果実酒が注がれたグラスが置かれた。
「………何だよ…!?」
問うフィリップに、騎士エルフはグラスを顎で示した。
(飲めって事か…酒飲めないんだけど…)
ごくん!フィリップは意を決してグラスを一息に飲み干し…
「ごほっ!ごほっ…!!」
酒の揮発成分にむせた。
「………やっぱりヒューマンは情けないな…」
そう言い残して去って行った騎士エルフに、フィリップは、
「………酒、飲める様になっといた方がいいのか…!?」
と、思った。
ツァウベラッド・ブラウⅡ《ツヴァイ》
フィリップ搭乗のブラウを、ドワーフの技術力で改良した機体。
試行錯誤の末に冗長化し、構造の脆弱化を招いていたツァウバーフォームへの可変機構を、魔力増幅能力を維持したまま簡略化した。
なお、この『ツァウバーフォーム』への変形は、アルバートがかつて指摘した、『戦闘時のツァウベラッドの扱い』について、事前にフィリップが思索した上で、案の1つとして、ツァウベラッドの存在、特にその魔力増幅機能を、より積極的に使用するという結論に達したもの。
フィリップはこの『ブラウⅡ』に、更なる機能を追加した様だが…




