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僕は弟子を取った。

フィリップは王国に赴き、王国やエルフが抱える問題を知り、ハーフエルフの窮状を知り、

有名無実化されている王国の冒険者制度の事を知り、紛い物の冒険者としての自分について考え、

自分を襲ったハーフエルフの青年、ナインの事を考え、

最後に伯爵に言った冒険者制度の存在意義、『ガス抜き』と『成り上がりの機会』の事を考えると、

それらがカチャリと、音を立てて、一つに嵌るのを感じた。

そして、ナインを縛っているロープを切り、こう言った。


「お前、冒険者になれ。」


「はぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」


声を上げるナイン。

「何でそんな事、俺がしなきゃならないんだよ!?」

「嫌ならお前を、王都の衛視に突き出す事になる。

憎しみで他人に矢を射る者を放置できんからな。

ヒューマンと、そのヒューマンを射たハーフエルフ、この国はどちらに優しいのだろうな!?」

「………っ!汚ねぇぞ!!」

これでナインに、拒否する事は出来なくなった。


フィリップは、ナインと言葉を交わしているうちに、気づいた。

ああ、こいつは僕に似てるな、と…

あの共和国で一人で腐ってた頃の自分に…

そして、気が付いたのだ。

才能が無いと言われながらも、ツァウベラッドが完成した後も、モリガンの兄弟が見つかった後も、ずっと冒険者を続けていた理由に…


「いいか!?これからお前は、お前を蔑む者のために剣を取れ。

お前を蔑む者の安全が、奴らが蔑む者の力によって守られているんだ。ざまぁみろ!!

それが、これからのお前の、エルフや王国への意趣返しのやり方だ!!」

「はぁ!?何だよ、そのひねくれた理屈は!?」

「それが嫌なら真っ直ぐになれ。出来ないんならとことんねじ曲がれ。ねじ曲がり、ひねくれ、一周ねじ曲がって上に向けて伸びて行け!!」

「………あんたも大概だな…」


とんでも無い奴を射てしまった…ナインはようやく気付いた。


     ※     ※     ※


「まずは…弓だ。あいつを見ろ。」

フィリップが指さす先には、一匹のオーク。

「僕が剣で相手をする。お前は弓で援護しろ。」

「………」

沈黙をイエスと受け取り、フィリップはショートソードを抜いてオークへ駆け寄る。

「BUHI!?」

襲い掛かって来るフィリップに興奮したオークは、斧をフィリップに振り下ろす。

本当はソロでも倒せる相手だが、ナインの力を見るため、わざと手を抜いて攻撃を受け流し続ける。

「ちっ………」

ナインは舌打ちをしつつ矢をつがえ…その狙いを、オークではなくフィリップにつけ、

(このまま矢を射てあいつが死ねば、俺はあいつから解放される…!?)

と、考える。が…

いつまで経っても矢が飛んで来ないのを、モンスターとはいえ、殺す事への躊躇と取ったのだろう。フィリップは叫んだ。


「放てぇぇぇぇっ!今日からはお前が、狩る側だぁぁぁぁっ!!」

「あああああああっ!!!」


ナインは矢を、オークへ向けて放つ。

「BUGO!?」

胸に矢を受け、ひるんだ隙にフィリップの剣を受け、オークは倒れる。


「よし…合格だ。」

「ふん………」

フィリップはナイフを取り出すと、オークの体の一部を切り取り始める。

「な………何、気持ち悪い事してんだ、あんた…!?」

「こうやって倒したモンスターの身体の一部を切り取って、ギルドへ持って行く事。

そうすれば、自分が倒した証拠になる。」

「………あっそ。」


「次は、魔法だ…相手はあいつな。」

フィリップはもう一匹のオークを見つけて言った。

「行くぞ…!!」

ナインが詠唱を始めたのを見て、ショートソードを抜いてオークに向かって行くフィリップ。

フィリップがオークへ斬りかかる直前、ナインの魔法が成立する。

【パラライズ】!!

(え…!?)

エネルギーボルトあたりが来ると思ってたが…身体の自由を奪われたオークをフィリップは容易く仕留めた。


「………何故、あそこでパラライズを!?」

「………詠唱が短い物の方が、有利なのかなって…」

(盗んだか!!僕のやり方を)

ナインは2度、フィリップが魔法を使った戦闘を見た事がある。

その少ない機会で…これは逸材かもしれない。

「…あと、ポイズンとか、ダークネスとか、そういうのも短くて有効だぞ。

武器戦闘と組み合わせると…」

「………」


「最後は剣だ。これを貸すから…」

フィリップは、『パイライト』結成前に使っていたショートソードと盾をナインに渡す。

「………これを持って、俺が逃げるとは思わねぇのか!?」

「逃げるの…!?」

「………ちっ!」


数分後、ナインはフィリップから魔法の援護を受けて、オークを一体倒した。

「………へん!どんなもんだ!!」


「やっぱりな…」

フィリップは言った。

「ハーフエルフは、ヒューマンとエルフのハーフだ。

だから、ヒューマンの筋力、持久力と、エルフの視力、魔法を併せ持ってるんだ。」


「え…!?」

才能だけで見れば、フィリップの上位互換。

それが、ナインへの評価だった。

「お前は素質がある。このまま経験を積めば、冒険者として大成出来るかもしれない。」

「………そりゃどうも。」

ともあれ、今日の狩りはここまでにしよう…


     ※     ※     ※


夕方、王国冒険者ギルド…


「ほら入って…」

フィリップに促されてギルドのドアをくぐったナインに、

「おかえり。」「おぅ、帰ったか。」

性別不明エルフのギルドマスターと、この度ドワーフである事が判明した武器屋のオヤジが迎えた。

「フィリップ君、困るんだけどね、ああいうのは…」

ギルドマスターが形の良い眉をしかめて苦言を言う。

「すみません…でも今回だけですから…」

謝罪するフィリップ。

「何の事だ…!?」

怪訝な表情をするナインに、ギルドマスターは魅惑の微笑を浮かべ、

「ああ、君が新人君だね。よろしく。」「は…はい…」

エルフが嫌いな上、相手が男かもしれないのに、赤くなるナイン。

「それじゃあ、精算しようか…」

「精算…!?」

よくわからない言葉が出て来て首をかしげるナイン。

「ほら、お前に持たせたオークの身体の一部、あれ出して。」

「え…お、おう…」


「はいこれ、報酬。」

ギルドマスターはナインに銀貨の入った袋を差し出した。

「………え!?」

「そこの困った先輩くんが、テルで君のクエストも受注して来たんだよ。

本来ならルール違反なんだけど…」


「受け取れ。」

フィリップは言った。

「それが、さっき言い忘れた、お前に冒険者になれと言った理由…報酬だ。」

「………」

「金があれば、暮らしに困らない。妹さんも養える。

幸せは金で買えないと言うが、金で買える幸せもある。

とにかく受け取れ。それは労働の正当な対価だ。」

「あ………うん………」

ナインが受け取った銀貨は少量だったが、ずっしりと重かった。


「食事にしよう。」

フィリップは言った。

「ここの食事は一種類しか無いよ…」

ギルドマスターが言うと、

「でもうまいぞ。」

と、フィリップは付け加えた。

「…」

「冒険者は身体が資本だぞ。ちゃんと食べないと…」


フィリップが、自分が座ったテーブルの、向かい側の席を指さし、そこに座る様に促す。渋々と言った体でナインがそこに座る。

「どれ、見せてみぃ。」

「あ」

オヤジがナインの弓を取り上げる。

弦を何度か引っ張った後、

「…手入れしといてやる。」

と言って、武器屋へ下がって行った。

「金は…」

「サービスしといてやる!」


十分後、2人に出されたものは、山菜やキノコ、獣の肉を焼いた物だったが…

「森の恵み、って言うのか…!?こういうの。」

フィリップは食べながら言った。

「共和国の街の周りは、あまり作物が取れなくてなぁ…保存の効く物しか食べれないんだよ…」

ナインはフィリップの話を聞き流し、出された食事をガツガツと食った。

確かに、うまい…まともな食事なんて、ほとんど出来なかったから…妹にも、これを食わせてやりたい…


食事が終わると、ナインは2階に取った部屋に上がって行った。

「おやすみー。僕はもう少ししたら寝るからー。」

「お…おやすみ…」


バタン! 2階の部屋のドアが閉まる音。


「ふぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~っ!!」


空気が抜けた様に椅子にもたれるフィリップ。

「大変だった…がんばった…頭の普段使わない所使った~~~!!」

モリガンや後輩たちにも色々教えたことはあったが、弟子みたいなものを取ったのは、これが初めてだった。

「お疲れ様…で、どうなの、彼は…!?」

ギルドマスターの問いに、フィリップは言った。

「逸材だね。」


     ※     ※     ※


通されたのは、質素な部屋。

だが、これまで寝起きしていたよりは、はるかにましな部屋…

ベッドに身を横たえたまま、ナインは目を開けていた。

枕元には、さっきもらったばっかりの、ランクEの冒険者タグ…


「冒険者、ナイン、か…」


昨日まではモンスターに狩られ、逃げ回る側だった。

だが、自分が狩る側になれば、妹を、守ってやれる…!?


     ※     ※     ※


その夜、伯爵邸、モリガンの私室…


ファサ…


高名な金細工師の細工とも見紛うモリガンのプラチナブロンドの長い髪が、暗闇の中にたなびいた。

モリガンは椅子に腰かけ、肩から白い布がかけられ、その上から彼女のロングヘアが降ろされていた。

その後ろには、彼女と瓜二つの顔の、母親が立っていた。


     ※     ※     ※


翌朝、モリガンは、高熱を発して寝込んだ。伯爵にはそう報告された。

しかし、見舞いに来た伯爵は、部屋に入れてももらえず、彼の妻である、伯爵夫人に追い返された。

「感染の可能性があります。それに、たとえ親子であっても、年頃の女性の部屋へ、殿方が入るべきではありません。」

「オリヴィア………」

「モリガンの看病は私たちがちゃんと致します。あなたは安心なさって…」

妻の言葉に、伯爵は、下がらざるを得なかった。

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