僕は不意打ちを食らった。
翌朝、王都、冒険者ギルド…
ギルドの宿泊スペースで一泊したフィリップ…いや、しばらくここが、彼の寝床になる…
「やぁ、おはよう…」
カウンターでギルドマスターが出迎える。
それから、彼…いや、彼女…どっちか分からないが、マスターに勧められて、軽めの朝食を取り、
(とりあえず、クエストに出るか…)
と、掲示板を見る。が…
「え………」
依頼が殆どない。
とりあえず、『森でオーク3匹討伐』のクエストを受けるが、危険手当は無いらしい。
ちなみにランク制限は無し…
「ごめんねぇ、依頼が来ないから危険手当も出せないんだよ…」
ギルドマスターが言う。
「…どうしてですか…!?」
「まぁ、しばらくここで行動すれば、分かるかもしれないよ…」
フィリップはギルドマスターから、この周辺の大まかな情報を仕入れ、王都周辺の森へと出かけた。
王都周辺の森林…
昇ったばかりの太陽の光は、鬱蒼と生い茂った木々の間まで入りきらず、暗さと障害物の多さで、遠くまで見通せなかった。そんな中を徒歩で進んでいたフィリップ。
”この王都の周りの森の木々は、どれも皆、どこにでもある木だが、どれ一つとして同じ木は無いぞ。
君が言った問題は、要はそういう事じゃあないのかね!?”
…嫌な言葉を思い出していた。
考えてみれば、フィリップの周りには、嫌な言葉を言う奴らばかりだった。
アルバート、共和国のギルドマスター、今回そこに伯爵が加わった。
だが…更に嫌な事に、そいつらの嫌な言葉は、どれ一つとっても間違っていなかった…
(確かに、要はそういう事だ。だが、だからこそ問題なんじゃあないか…)
それからフィリップは頭を何度も振って、中の雑念を振り払い、冒険者の仕事に集中しようとする。
(いた。)
フィリップは木々の中に、錆びた手斧を持った一匹のオークを見つけた。
(まず一匹…)
フィリップは【パラライズ】の魔法を唱えたが…
ヒュン!トスっ!!「BUHI!」「え…!?」
どこからともなく飛んで来た一本の矢が、オークに命中した。「ど…どこから…!?」フィリップが矢の飛んで来た方向を見ると、遠くで何かがキラリと光り、そこから雨の様な大量の矢と、魔法が飛んで来た。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!
オークは…恐らく自分の身に何が起きたのか、分からないまま死んだろう。
フィリップがあっけにとられていると、やがて矢の飛んで来た方向から、数名のエルフが現れた。
皆、革鎧に弓か魔法の短杖を持っている。
「…これは失礼。君の獲物だったのかね…!?」
中心にいるエルフが、嫌味な口調で言った。
「冒険者か…だが、この国に、君たちの仕事は無いと思うがね………さっさと国へ帰りたまえ!!」
では、失礼。そう言い残して、彼らは去って行った。
(あれが…王国の騎士団…!?)
ノブレス・オブリージュの思想の下、エルフの貴族の子息たちが、この国を脅かすモンスターを討伐しているという…
王国冒険者ギルドのマスターから聞いた情報だ。しかし…
(僕からは彼等が見えなかったが、彼等は僕を避けてオークにだけ矢を命中させていた…あの距離から見えていたのか…!!)
あれが、冒険者ギルドに、依頼が無い理由その1だった。
※ ※ ※
数時間後…
それでも2体のオークを討伐し、森を歩いていたフィリップは、不意に木々が開けた所に、小さな村を見つけた。
(そういえば…)
正直、フィリップは『今からやろうとする事』が苦手だった。
だが…(やるしかないか…)
村の中には、2~3人のエルフが歩いていた。
だが、フィリップが近づいて来ると、皆、家に駆けこみ、扉をバタンと閉めた。
「こんにちはぁ!」
フィリップは大きな声で言った。
「驚かせてすみませぇん!、僕は共和国から来た冒険者でぇす!
何か、お困り事はありませんかぁ!?」
フィリップがやろうとした事、それは、冒険者の営業。
依頼が無いのは存在を知られていないから、かもしれないと思ったのだ。
バタン!不意に、一軒の家から、弓矢を持った一人のエルフが現れる。
「あのー…モンスター退治とか…この村でもオークの被害にお困りではありませんかー…」
エルフの村人は、黙って弓に矢をつがえ、引き絞り、放った。
ヒュン!
矢はフィリップのはるか後方へ飛んで行き、見えなくなった。
「御覧の通り、我々は自衛出来ますので、そういうのは間に合ってます。」
(御覧の通りって…見えなかったぞ、何も…!?)
「あぁ、そうだ…ここまでお越しいただき、ご苦労様でした。どうぞこれをお納めください…」
エルフは懐に手を入れ、何かジャラジャラと音を立てる…
「………失礼しますっ!!」
フィリップは踵を返し、村を出ていった。
その途中、村のはずれに建っていた一軒のあばら家から、よく似た顔をしたエルフの男女…王国へ来た時に助けたあの2人だ…が、こっちを見つめていた。
男の方は、瞳を憎しみに燃えたぎらせていた…
(くそっ!)
フィリップは思った。
(あれは多分、銅貨だ。あのエルフが懐から取り出そうとしていたのは…!!)
あのエルフは、フィリップを物乞いか何かの様に扱おうとしたのだ。
フィリップは、我ながら良く耐えた、よくあそこで爆発しなかったと思った。
それより気になった事があったのだ。
(いた…!!)
あのエルフが矢を放った先にいたのは、一匹のオークだった。
腹に矢を受け、重要な内臓の何かに致命的なダメージを受け、息も絶え絶えの…
(やっぱり…あのエルフには見えていたんだ…村に近づくこいつを…)
フィリップは魔導書を開いた。
(とどめを、刺そう…)
彼は【パラライズ】の呪文を詠唱した。が…
ヒュン!「………っ!!」
どこからともなく飛んで来た矢が、フィリップの肩に当たる。
それは前もって自分自身にかけていた【バリア】の魔法によって弾かれたが、せっかく成立した【パラライズ】の魔法は、あらぬ方向へ飛んで行った。
「BUHI!」
オークに気づかれる。
(不意打ちは失敗したか…だが…)
フィリップはすぐさま【ダークネス】の魔法をかけ、オークの視界を遮る。
続いて【ポイズン】、自身に【エンチャント】…
そして、数合の剣戟によって、オークは倒れた。
「ふぅ…」
倒したオークの身体の一部を切り取るフィリップ。だが…
(あれが、冒険者ギルドに、依頼が無い理由その2だ…)
エルフは皆、優秀な狩人で、魔法使いだ。
モンスターもある程度は自分で狩れる。自衛が出来る。
他人へ依頼する必要が無い。
問題はそれだけでは無かった。
エルフは非常に目が良い。
ヒューマンよりもはるか遠くを見通せ、暗闇でも目が効く。
という事は、仮にフィリップが『普通の』エルフとパーティーを組んだとしても、フィリップの視界にモンスターが入る前に、エルフの弓兵や魔法使いが、それを倒してしまうだろう。
(あれ…!?ひょっとして、僕、この国にいらなくない…!?)
レーゾンデートルの喪失に、フィリップは軽く頭を抱えた。
(でも…)
だとしたらフィリップには、一つ、腑に落ちない事があった。が…
(その前に、あっちだな…)
フィリップは森の中を歩いて行った。
さっき、オークに当てなかった【パラライズ】の魔法。
肩に矢を受けながら、咄嗟に標的を変えたのだ。
オークから、フィリップを射た人物へ…
果たしてその人物は、分け入った森の中にいた。
【パラライズ】の魔法を受けて、動けなくなって地面に転がっていた。
「なんと…君か…」
ボロをまとい、伸び放題の髪の間から、ギラつく瞳でフィリップを睨んでいたのは、昨日オークから助け、フィリップの手を振り払い、そしてさっき、エルフの村にいた、
あの、エルフの青年だった!!




