僕に珍客が訪れた。
フィリップとオヤジが王都の冒険者ギルドに帰りついた頃には、もう夕方になっていた。
「夕食は一種類しかないよ。」
ギルドマスターからそう言われて出された料理は…嫌になるくらい美味しかった。
オヤジは自分の部屋に引っ込んでしまったが、まだ休む気にもなれなかったので、誰もいない『酒場』で、果実水をちびちび飲んでいると…
ガチャン…
「…いらっしゃい」
…誰かがやって来て、他に空いている席がいっぱいある『酒場』で、わざわざフィリップの隣りに座った。
僕に何か用かと思って、隣に座った人物の顔を覗き込むと…
「のわぁ!」
それは、昼間出会ったばかりの人物だった。
「は…伯爵…」「しっ!」
その人物はフィリップの叫びを遮った。
「こんな場所に、高貴な身の上の人物が来る訳が無いだろう…」
(黙ってろという事か…)
それにしても、何をしに来たのか…
「私は用事を思い出したから、しばらく席を外すよ…」
そう言って、ギルドマスターも奥へ引っ込んで行った。
「あの…」
「昼間の事はいい。それより………まず、貴様の事を聞かせろ。」
(あれだけ僕の事を罵倒しといて、僕の事を聞かせろ!?)
訳が分からなかった。だが…
「えーっと…僕はフィリップと言います。」
「それは聞いた。」
「そうでしたね…共和国で、冒険者をしています。」
「冒険者というのは、金で雇われる義勇兵だよな…」
「まぁ…そうですね…
言いにくい事ですが…戦争で軍の兵力が大幅に減少した後、人々を襲うモンスターと、『仕事』を失って野盗に転じた傭兵への対処を民間に委託したのが始まりだそうです。
その際、『傭兵』が持つダーティーなイメージを避けるために、『冒険者』という曖昧な名前を名乗った結果、魔法使いや盗賊など、戦士以外の職業の者も加入して行ったんだそうです…」
ちなみに、世界初のパーティーとなった6人は、『始まりの冒険者』と呼ばれ、その生き残りは現在全員、名誉職のランクSに任じられており、そのうち2人が、共和国と、王国の冒険者ギルドマスターになっている。
従って、あの共和国の冒険者ギルドマスターも、元は現役の冒険者で、ランクSのはずなのだが…長いデスクワークの果てに現場を忘れてしまったのか…
「だが、平和に暮らせていた人間を戦いに駆り出すのは悲しい事ではないのかね?
ノブレス・オブリージュという考え方は、君たちの世界には無いのかね…!?」
「えーっと…こういう言い方をしていいのか分かりませんが…ガス抜き…ですかね…」
「ガス抜き!?」
「はい…僕たちの国…共和国では、能力さえあれば、いくらでも出世できる事になってますが…実際は、そうでも無いんです。
裕福な家の子供は一生裕福に暮らせて、そうでない家の子供は一生貧乏で…
『冒険者になる』くらいしか、のし上がれるチャンスが無いんです。」
「…荒んだものだな…」
「そうでも無いですよ…機会が全然無いよりはましです。
確かに、死んで行く者も大勢いますけど、生き残った奴らは、結構暢気にやってますよ…」
「ふむ…だが、家族は反対しなかったのか!?」
「僕に家族はいませんよ。」
「何!?」
「両親は流行り病で亡くなりました。それ以来、ずっと一人です。」
「…」
何だろう、この沈黙は…
「…じいさん…祖父がいたんですが、僕が幼い頃に死にました。」
「………君のおじいさんは、どういう人物だった!?」
何故、そんな事を聞くんだろう…
「祖父は…何て言うか、おおらかで、豪快な人物でした。
明るく、社交的で、誰とでも仲良くなれて…」
「ふむ…君とは正反対だな…」
「う…」
確かに…『謝罪しろ』発言で爆発してしまうフィリップは、怒りっぽいし取っつきにくい。
「僕にツァウベラッドを託したのも、祖父です…あぁ、ツァウベラッドというのは、わずかな魔力消費で動く魔法の乗り物で…」
「ふむ…ヒューマンは時々そういうのを作るな。」
「どこから見つけて来たのかは分かりませんが…」
「………この世界の太古の文明の遺産だろうな…」
「え!?」
「…何でもない。」
「はぁ…」
「それで…おじいさんの名前は何という?」
「…『スティーブ』です。」
「………っ!」
伯爵が少し呻いた。何でそんなことを聞くんだろう…
「そう言えば、僕の名前…『フィリップ』を着けたのも、祖父だそうです。
なんでも、友人の名前を取ったとか…」
「それで…」
伯爵は聞いた。
「ステ…おじいさんは、最後、どうなった!?」
「老衰…でした。」
「………………」
伯爵はしばし宙を眺めた。
「あのー…」
フィリップは挙動不審な伯爵を眺めた。
「………失礼。おじいさんの事はもういい。向こうでのモリガンの事だが…」
「ええ…」
今度はフィリップが宙を眺めた。
「………君に迷惑をかけなかったかね?」
「いえ…僕の方が、助けられました。
モリガンは強いですよ。
人間の戦士にも匹敵するくらいに…」
「…娘の親としては、心配なのだがな…」
おまけに伯爵令嬢だもんな…
「僕は、冒険者としての能力は中途半端なんです…
剣も魔法も…だから、それらを両方使って、何とか戦ってたんです。
モリガンが前で戦ってくれて、僕が後方から魔法で支援して…それで、戦えてたんです…」
「…」
「それに、あいつは…他人の悲しみを自分の悲しみに、他人の喜びを自分の喜びに出来る奴です。」
「何っ!?」
「だから、遠くでも困ってる人がいたら放っておけない。
僕を連れてツァウベラッドに乗って、モンスターを倒しに行く。」
「だが相手はヒューマンだろう…!?」
「関係無いんですよ、あいつには…」
「…」
「だからすごいんですよ、あいつは…
そう言えば、『境の村の奇跡』。
責任逃れをするつもりはありませんが、僕があいつの思いにほだされたんです。
『モンスターに襲われてる人を助けてどこが悪い!!』って、ギルドマスターに啖呵切って…」
「ふむ…奔放な娘ではあったが、そこまで思いやりのある子だったかな…!?」
伯爵は首を傾げた。
「父親には見えない一面もあるんじゃないんですか!?
まぁ確かに、危なっかしい所もありましたけど…」
「何っ!?」
「あいつ、洞窟でゴブリン…向こうの人型モンスター4匹に襲われてたんです。
そこに僕が駆けつけて、一緒に戦って…それ以降、一緒に行動する様になって…」
「む…娘のお転婆はともかく…君は助けに入ったのだな…相手はエルフで、敵は大勢なのに…」
「そりゃ助けますよ。」
当たり前の様にフィリップは言った。
「目の前に襲われてる人がいて、それを何とかする方法が僕にあれば…」
「ふむ…」
伯爵の口端が、少し笑う様に上がった。
「とにかく…言いたいのは、僕の事は良いんです。
モリガンは本物ですよ…冒険者として…」
「本物…」
段々と、気分が腐って来た。
共和国を出た頃から、心の底に溜まっていたものが、ふつふつと沸き上がって来た。
「………僕は…『紛い物』の冒険者なんです…そう言われてるんです…
僕とモリガンのコンビ名は、『パイライト』って言うんです。
金に似てるけど、価値の無い金属の名前…『紛い物の冒険者』って呼ばれたから、この名前をつけたんです。
ツァウベラッドを作りたくて、その資金稼ぎに冒険者になって、
魔法の乗り物を作って、乗り回して、戦士で、魔法使いで、冒険者で…
そういう事をして、自分は特別だと思ってた、矮小な人間だったんです…」
「矮小、か…」
伯爵はガタンと席を立ち、
「やはり私は君を認める訳にはいかんな…」
と、厳しい声で言った。
「かつて妖精界から現世に堕とされ、困惑する同族をまとめ上げ、十二氏族の一つの当主となった人物が、実は家族を守りたかっただけの矮小な男にすぎないと想像出来なかったか!?
この王都の周りの森の木々は、どれも皆、どこにでもある木だが、どれ一つとして同じ木は無いぞ。君が言った問題は、要はそういう事じゃあないのかね!?
君は自分を『紛い物』と言ったが、現実として紛い物の王冠が王の頭上に掲げられてしまったのだ。それでもなお、君は『紛い物』である事に甘え、俯いているつもりかね!?
異郷で虜囚となった君のおじいさんは…」
「え…!?」
「何でも無い。失礼する。
モリガンが言っていたぞ。君は『魔法が使える』んだろう!?」
そう言い残して、伯爵は行ってしまった。
(何なんだよ…くそっ!)
後にはフィリップだけが残された。
※ ※ ※
同時刻、伯爵邸、モリガンの私室…
ロウソクの明かり一つ無い暗い部屋で、豪華なドレスに着替えさせられたモリガンは、一人、椅子に座り、俯いていた。
ドアの向こうには、メイドが見張っている。
ドアの向こうで、そのメイドと誰かとの短い会話が聞こえ…
コンコン…
ノックとともに入って来たのは、モリガンとそっくりの、ショートカットの女性…
「………おかあさま…」




