僕は全てを失った。
10分後、冒険者ギルド…
「おかえり…一人かい!?」
ギルドマスターがフィリップを迎えた。
「ああ…モリガンからのテルは!?」
フィリップが低い声で聞いた。
「まだ何も来ないよ…」
マスターはそう答えた。
『テル』は冒険者が持つ子機どうしの通信が出来ない。
ギルドに設置されている親機どうしか、ギルドと冒険者との対話しか、現時点の技術では出来ない。
モリガンの状況は、彼女がギルドにテルを伝えない限り、分からないのだ。
「あんた、こうなる事を承知で…」
フィリップはマスターを責める様に言うと、マスターは、
「ごめんね…お貴族様の事情には立ち入れないし……何か言われたのかい、彼等に…!?」
「『謝罪しろ』ってさ。40年前の戦争の事を、当時、産まれてすらいなかった僕に…」
そう言ってフィリップは拳をギュっと握った。
「そうかい…」
ギルドマスターは遠い目になって言った。
「エルフは永遠を生きる上、永遠の記憶が全部彼らに刻まれているからね。
恨みを決して忘れないんだよ。」
「頭が痛いな…しばらくここに厄介にならなきゃならないのに…」
するとマスターは申し訳なさそうな顔で、
「だったらフィリップ君、悪いんだけど…共和国のお金は、ここでは使えないよ。」
共和国と王国には国交が無い。貨幣の交換が出来ないのだ。
共和国で結構稼いだお金が、ここでは地金の価値しかない。
フィリップは無一文になった。
「じゃあ、アイテムを売ってこの国の金に換えて、後は…」
クエストを受けて日銭を稼ぐしかない。
「それから…武器屋のオヤジさんが、君に用があるんだって。」
「武器屋の人が…!?」
ここの武器屋には面識が無いんだが…と、思いつつ、『酒場』に隣接している武器屋へ行ってみると…
「よう、フィリップ!」
そこにいたのは、共和国の武器屋のオヤジだった。
「お…オヤジ!?」
フィリップは腰を抜かした。彼とモリガンの防具を納品し、しばらく経ってからいなくなっていたが…
「なんでこんなところに…」
「わしは王国出身のドワーフなんじゃ。今はこっちで働いておる。」
「ど…ドワーフぅ!?」
言われてみれば白鬚で、童話に登場するドワーフにそっくりの容貌だったが、まさか本物だったなんて…そもそもドワーフが実在してたなんて…
※ ※ ※
10分後、王都付近の森林…
「ドワーフは、王国に集落を作って住んでおるんじゃ。
エルフとは対等な共生関係で、共和国との戦争にも中立を貫いとった。」
「そう言えば、森と調和して生きるエルフが何故、金属加工品を入手出来たのかと思っていたけど、そういう事だったのか…」
『ツァウベラッド・ブラウ』の後ろにオヤジを乗せて、フィリップは言われるままに森を走っていた。
「ここじゃ。」
オヤジの道案内で連れられた先は、鉱山とおぼしき洞窟の側の集落…
「帰ったぞい!」オヤジが声を上げると…
「お帰りぃ!」「おぉ!」「オヤジぃ!」「王都に行っとったんじゃないのかぁ!?」
集落からゾロゾロと出て来たのは、顔中白鬚の、オヤジそっくりの男たち…
「わわっ!」
驚くフィリップ。こいつら、お互いをどうやって見分けてるんだ!?
「何じゃこいつは!」「いきなり大声出して」「失礼じゃのう」「ヒューマンじゃヒューマンじゃ」
「こいつが、以前話してたフィリップじゃ。」
オヤジが皆に言った。
「ほれ、妙な魔道具を作ったと言う…何をしとる、挨拶せい!」
「へ…は…はじめまして、フィリップと言います。」
ついさっき、自己紹介には嫌な思い出が出来たが…
「そしてこれが、僕の作った…あぁ!!」
フィリップが指さした先で、『ツァウベラッド・ブラウ』は、ドワーフたちによって、バラバラに分解されていた。
「な…何をするんだーーーー!!!」
また、自己紹介に嫌な思い出が増えた。
「ほう…これが…」「魔法で走る道具か…」「安心せい、組み立て順はちゃんと覚えとる」「だがあちこちガタが来とったの…」
「う……」
ドワーフたちの指摘に思い当たるところがあったため、口ごもるフィリップ。
『ツァウベラッド・ロート』は、魔道エンジンは動いていたが、可動部分に問題が発生していた。
「可動部分が稚拙だな」「ようこれで、今まで走れてたもんじゃ」「走行に関与せん関節が多い様じゃが…」「可変構造か…それも構造の脆弱さを高めとるの…」「ジョイントにロック機構を入れて…」「いや、いっそ可変構造を簡易化させて…」「あいつも呼べぃ!こういうのはあいつの方が専門ぢゃ!」
フィリップをそっちのけで、同じ顔どうしの言い合いが始まった。
「どうじゃ、フィリップ、こいつをしばらく、わしらに預けてはくれんか。
わしらじゃったら、ドワーフの技術で、こいつを修理した上で、改良出来る。」
「それは…」
願っても無い事だった。
「実はもう一台あって、そっちはもっと深刻なんだけど…」
「ならそっちも見せぃ!」
アイテムストレージから『ツァウベラッド・ロート』を出すと、あっという間にドワーフたちが群がる。
「ほう…これは…」「こっちは走行特化型か…」「じゃが乱暴に乗っとったのう…」「ランスチャージ!?これで!?」「納得じゃ…」「このレバーは何ぢゃ…エンジンの出力を固定!?」「危ないぢゃろう!いざという時に止まれんのは…」
『ツァウベラッド・ロート』も、あっという間に部品になり、『ブラウ』の隣りに並べられた。
「フィリップよ、もし良かったら、魔動エンジンの原理についても技術提供してくれんか!?」「え…!?」
「報酬は、ドワーフ一族全体に、貸し1じゃ。」
「へ…」
「お前が望む時に、わしらで出来る事を、何でも1つだけやると言っとるんじゃ。」
フィリップは了承し、アイテムストレージに入れていたエンジンの設計図と、例の回転する玩具を渡した。祖父と自分が作ったツァウベラッドに、ドワーフの技術が加わるという誘惑には勝てなかった。だが…
※ ※ ※
30分後、王都付近の森…
「帰りは歩きか…」
来た時の何倍もかかって、ようやく王都にたどり着いた。
「だがこれで、ますます共和国へは帰れなくなったな…」
フィリップは、一時的にとはいえ、帰る手段すら失った。
「希望なんか持っちゃいけない、必ず裏切られる、か…」
フィリップはかつて何度も心の中で唱えたその言葉をつぶやいた。




