僕は謝罪を要求された。
数分後、
王国、王都…
「ここへヒューマンが来たのは、僕が恐らく55年ぶりなんだろうな…」
フィリップは呟いた。
木で作られた荘厳な、それでいて周囲の森の木々と見事に調和した町並み、そして、はるか遠くに、王様がおわすと思しき王城…
「わたしもここかえるのは、いちねんぶりかー…」
モリガンが言った。
森林での戦闘の後、2人はフィリップの『ツァウベラッド・ブラウ』に跨って王都入りした。
モリガンの『ツァウベラッド・ロート』は、あの後動かなくなったのだ。
魔道エンジンは動いていたが、その動力が車輪に伝わっていないのだ。
モリガンが好んで使用した、ツァウベラッドとハルバードによるチャージ…その衝撃が、ツァウベラッド・ロートにダメージを蓄積していたのだろうと、フィリップは推測した。
彼はロートを自身のアイテムストレージに収納した。
いつかどこかで材料を手に入れ、修理するために…
ひっそりとした王都の街並みを歩くフィリップとモリガン。
「ここ、何だか静かだな…」
フィリップが言うと、モリガンは、
「そう?」
と、首を傾げた。
「…で、この街の冒険者ギルドって、どこだ!?」
「えーっと…ほら、あれ。」
モリガンが指さした先にあったのは、共和国の冒険者ギルドに匹敵する、大きな建物。
「おぉ…ここに、王国の、エルフの、冒険者が…」
友好的に行くべきだろうか、それともなめられないように…と、考えながら入って行くと…
「…………」
そこには、冒険者が誰もいなかった。
「な…何だこりゃ…」
「やぁ、いらっしゃい…」
カウンターにいた美形のエルフが、2人を出迎えた。
「君がフィリップ君だね。話は聞いてるよ。私がこのギルドのマスターだ。よろしくね。そしてモリガン、久しぶり…」
「おー!!」
モリガンは片手を上げて挨拶した。
「あ、あのー、ギルドマスター、これは…」
フィリップはがらんとしたギルドの飲食スペース…通称、『酒場』を見渡しながら聞いた。
「うちにはそのモリガン君しかメンバーがいないんだよ。」
「え…!?」
「だから職員も、私が武器屋以外全て取り仕切ってるんだ。」
「そ…それって大丈夫なんですか!?」
「大丈夫だ。こう見えて家事は得意なんだよ。」
「そういう問題じゃなーーーーーい!!」
フィリップの叫びが、人気の無いギルドにこだました。
「ところで、『境の村』での顛末についての説明との事でしたが…」
「…申し訳なかったね。『下賤なヒューマン云々』という言葉は、私の立場上、騎士団の発言をそのまま伝えざるを得なかったんだ…」
ギルドマスターは言った。
「は!?」
「説明を求めているのは、私じゃなく…伯爵様なんだ。」
「伯爵…」
「はくしゃく…」
その言葉に、モリガンはビクッと震えた事に、フィリップは気づかなかった。
※ ※ ※
王城へ近づくにつれ、周囲の家々も、ギルド周辺より立派になって来た様に思えた。
が…それにしても街を歩く人が少ない…
やがてたどり着いたのは、一区画丸ごと塀で囲われた中にある、大きなお屋敷…ここが『伯爵』の家なのだろうか…
「…」
不安そうなフィリップが、それでも初めて見るエルフの屋敷内をキョロキョロと見回しながら、使用人に導かれて廊下を歩き…
通された広い応接室にいたのは、ずらっと居並んだ、豪華な服に身を包んだエルフ達、そして、部屋の一番奥にいたのは、同じく豪華な衣装の、エルフの男女。
男の方は伯爵だろうか。いずれも見た目は若者だが、エルフだから何百年歳にもなるのだろう。
フィリップが応接室に入ると、正面の男性を始めとするエルフ達からどよどよと声が上がった。40年前まで戦っていた、憎むべき敵であるヒューマンの登場だ。
驚愕しているのか、侮蔑しているのか…どちらにせよ、フィリップにとっては不愉快だった。
「ようやく帰って来たか、」
正面のエルフの男性…伯爵が口を開いた。
「…我が娘、モリガンよ。」
「え…!?」
フィリップは最初、その言葉の意味が分からず、隣りにいる1年間連れ添った相棒の横顔を見た。
「おとうさま、おかあさま…おひさしぶりです…」
モリガンは目の前の男女に、そう呼びかけた。
「はぁぁぁぁぁっ!?」
フィリップは叫んだ。
そう言えば、モリガンがエルフの王国でどのような立場にいたのか、考えた事も無かった。
が…良家のお嬢様だったのか!?
そして、という事は、伯爵の隣りの若い女性エルフは、モリガンの母親なのだろう。
言われてみれば、ショートヘアであること以外、モリガンそっくりだった。
「して…そいつが…」
伯爵がモリガンの隣りの男を顎で示した。
(いかん…挨拶しなきゃ…)
フィリップは襟を正して姿勢を正して、こう言った。
「始めまして。共和国冒険者ギルドの冒険者、フィリップと申します。」
しばしの沈黙の後、周囲のエルフ達からクスクスと笑い声が上がり、伯爵は顔を真っ赤にして、怒りをこらえている様だった。
ヒューマンの名前が、そんなにおかしいんだろうか…
「コホン…」
伯爵は咳払いをすると、周囲のエルフ達も静かになった。
「………」
フィリップがその次の言葉を待ち構えていると、伯爵は言った。
「まず、謝罪しろ!」
「は!?」
「貴様らヒューマンが、40年前と60年前、多くのエルフ達の尊い命を奪った事を、謝罪しろ!
この世にヒューマンが存在してすみませんでしたと、地面をなめる様に頭を垂れろ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
フィリップは三度叫んだ。
「あ…あんたら、『境の村』での事を聞くために、僕らを呼んだんじゃないのかぁ!?」
「そんな事はどうでもいい!!貴様の顔を見たら、段々腹が立ってきた!!」
興奮した伯爵が、ツカツカとフィリップに詰め寄った。
「そ…そんな理由で…父祖の世代の事で、謝らされてたまるか!!それを言うなら、ヒューマンだって大勢死んだだろう!!」
「エルフとヒューマンとでは、命の重さが違うのだ!!」
「何だよその理屈は…それを言うなら、ヒューマンとエルフでは、時間の重さだって違う!
僕のじいさんは、ここで10年も捕虜生活を送らされた!
あんた達にとっては一瞬でも、100年も生きられない僕らにとってはかけがえのない時間なんだ!」
「貴様…そんな事を言いに、おめおめここへ戻って来たのか!?」
「さっきから何言ってるんだ、この人…」
「モリガン…」
部屋の奥に残された伯爵夫人が言った。
「心配していたのですよ…」
「おかあさま…にーるは、『さかいのむら』で、おじいさんになってました…」
「何っ!?」「何ですって!?」
驚く伯爵と夫人。
「ひゅーまんのじょせいと、こどもをなしたのだと…」
「…親不孝者が…」
「現世の理に触れてしまったのね……」
伯爵が呻き、夫人が続けた。
「とにかく、用が無いなら、僕らはもう帰りますよ。モリガン、行こう。」
「う…うん…」
フィリップに促されるまま、部屋を出て行こうとするモリガンに、
「待て。」
伯爵は娘の手を取る。
「娘は返してもらおう。」
「おとうさま!」
「モリガン!」
彼女の手を取ろうとするフィリップを、衛兵が左右から制止する。
「お客様はお帰りだ。屋敷の外まで、丁重にお連れしろ!」
伯爵は重い口調で言った。
「ふぃりぽーーーん!!」
「モリガーーーーン!!」
その後、モリガンの口が何やら動いたが、フィリップには聞こえなかった。
※ ※ ※
「モリガン…」
フィリップは屋敷の外へ一人で追い出されてしまった。だが…
(最後の、モリガンの言葉…)
声は発していなかったが、口の動きは見えていた。
『す・ぐ・も・ど・る・か・ら』…
(モリガンは、手段は分からないが、屋敷を脱走するつもりだ…)
だったら、それまで待たないと…ここで、生活の基盤を作らないと…




