僕の物語が再び始まった。
「すっごーーーーい!!みずいっぱーーーーーーい!!」
フィリップとモリガンの目の前には、彼女の言葉通り、いっぱいの水…
「海、ってんだぞ、それ…」
呆れ半分でフィリップが言った。
「言っとくけど、それ、飲むなよ、しょっぱ…」
「うええええええーーーー、しょっぱーーーーーい!!」
四つん這いで海に顔を近づけて、顔をしかめて舌を出す美人エルフ。
「だから飲むなって言っただろーーーーー!!」
この相棒の天真爛漫な行動にはもう慣れたつもりだった、だが彼女はいつも、良い意味でも悪い意味でも、予想を裏切らない。
「大体お前、ここ、王国に来る途中に通ったんじゃないのか!?」
「すどおりしたもん、ばしゃが…」
「確かに、これじゃあな…」
ここは『海岸地帯』の中心、『港町』。だが…
訪れる船も無く、そこは、寂れ果てていた…
『僕はほんの少し魔法が使える』 第二部
東のヒューマンの共和国と、西のエルフの王国との戦争の多くは、この『海岸地帯』の領有権を巡っての物だった。
「ねえ、ふぃりぽん、このむこうに、なにがあるの!?」
モリガンがフィリップにたずねた。
「南に大陸があるらしい。」
フィリップが答えた。
共和国はここを、南の大陸との交易のために欲していた。だが、変化に不寛容なエルフは他国との交わり自体を望んでいないため、有効活用されているとは言い難かった。
「ふぉぉぉぉぉ!!」
何故かエルフ耳をピコピコ動かして興奮するモリガン。
「じゃあ、ここからふねにのったら、そこへいけるのーーー!?」
…こいつはそのエルフの中の数少ない例外だ。
「いや、無理だな。第4次大戦で使われた大規模攻撃によって港に土が流れ込んで、港として機能しなくなってるんだ。」
それでこの荒れ様なのだ。
「じゃあ、そのつちをなんとかすれば…」
「…休憩終わりだ。そろそろ行こう、モリガン。」
話を無理やり終わらせるかの様に、後ろを向いて『港町』を出ようとするフィリップ。
「あ…うん…」
彼に着いて出て行くモリガン。
彼女は気づいているのだろうか。
この先の話が2人にとって愉快な物ではなくなることに…エルフはここを港として使うつもりは無い。
ここが名前通りの『港町』になるには、この地が再び共和国のものとなる必要がある。
その場合……第5次大戦を行う事になる。フィリップとモリガンは敵味方に別れて戦う羽目になるのだ。
いや、人間同士の戦争をする前に、モンスターの軍勢に滅ぼされる危険性も高いのだが…
(どっちが、愚かしいんだろうな。人同士戦って滅びるのと、モンスターと戦って滅びるのと…)フィリップは思った。
※ ※ ※
同日、午後、
王国、王都近郊の森…
「はぁ、はぁ…」
「はぁ、はぁ…」
欝蒼と茂った森の中を、粗末な服を着た2人の男女のエルフが、息を切らせながら走っていた。
「あっ………」
女の方が何かにつまづいて転び、男の足も止まる。
女の裸足の足首から、血がにじんでいた。
転んだ女の手を引き上げて、起こそうとする男だったが…
「BUHIII!!」「BUHIII!!」
3体のオーク…人間の身体にブタの頭が乗った様なモンスター…が、2人に追いつく。
「………」「………っ!」
オークどもが2人を見逃してくれそうになかった。
じりじりと2人への囲いを狭めるオーク。まるで2人を嬲るかの様に…
「BUHIHIHIHI…」
オークの一匹が、錆びた手斧をペロリとなめた。
狩った獲物の『味わいかた』を、今から想像しているのだろう。
ィィィィ…
「BUHYAAAAA!!」
「わっ!」「ひぃっ!!」
オークが威嚇するかのように大声を挙げて手斧を振り上げると、男女のエルフも悲鳴を上げた。
ウィィィィィ…
「BUHI,BUHIHI,BUHI…」
オーク語で何やら言うオーク。
こういう場合、言語に堪能なエルフの身が恨めしくなる。
相手の言っている意味が分かるのだから…
「BUHI,BUHI…」
ウィィィィィィ…
「BUHYAAAAA!!」
『何だこの音は、さっきからうるさいぞ!!』そういう意味のオーク語で、そいつは抗議した、が…
「えーーーーーーーーーい!!」ザシュッ!!
突如現れた、首の無い、鉄でできた、赤い馬に跨った人物が、右手に持っていたハルバードの槍に、オークは貫かれる。
「BUHYA!」「BUHYA!」
2人のエルフも、残り2匹のオークも、何が起きたのか分からず、オーク達は声を上げる。
その奇妙な乗り物に乗っていたのは、なんと女性、それも、エルフだった。
真紅に、銀に近い薄い金色の差し色が入った金属鎧を着た、長いプラチナブロンドの、片耳にイヤーカフを着けた…
「かえってきたとたんに、これかぁ…」
そのエルフ女…モリガンは、乗り物…ツァウベラッドから降りながら言った。
「人型モンスターに苦慮してるのは、どこも同じか…」
後ろから男の声がした。
そこにいたのは、青いツァウベラッドに乗った、深い青に金の差し色を入れた革鎧の、なんとヒューマンの男性…フィリップ。
「みんなをこまらせるわるいおーくは、やっつけてやる!」
モリガンはハルバードを構え、そして、
隣に並び立ったフィリップを指さして、こう言った。
「このふぃりぽんはまほうがつかえるんだよー!!」
その後、フィリップも言った。
「ほんの少し、だけどな…」
戦闘…開始。
※ ※ ※
「BUHIIIII!!」
突進する2匹のオークに、フィリップはツァウベラッドを変形させて、魔法の詠唱を始める。そして…
【エリアパラライズ】!!2匹のオークがその場で固まる。
続いてモリガンに【バリア】、襲われていた2人のエルフに【ヒール】…詠唱は短く、魔法は適切に…
「えーーーーい!!」
モリガンの振ったハルバードに切り刻まれ、1匹のオークが倒れる、続いて、自身に【エンチャント】をかけたフィリップが、ツァウバーフォームに変形させたツァウベラッドを降り、ショートソードを抜いてオークに斬りかかる。
オークは、共和国で言う、ゴブリンに相当するモンスターだろうか…これまで共和国で、上位種を含めて百を超えるゴブリンを倒して来た『パイライト』にとって、オークは敵では無かった。
「ふーーーーー!!」
残る1匹もあっさり倒し、額の汗を拭うモリガン。
フィリップはへたりこんでいた2人のエルフに、
「大丈夫だったか!?」
と、手を差し伸べる。が…
ピシャっ!
青年の方のエルフが、かぎ裂きの目立つ袖から伸びた手で、フィリップの手を払う。
伸び放題の髪の下の目は、憎悪に歪み、少女のエルフの方は怯えていた。
2人は自ら立ち上がると、そそくさと去って行った。
呆然となるフィリップ。
「ふぃりぽん…」
彼を心配して近づいて来るモリガンに、フィリップはつぶやいた。
「やれやれ…これは手ひどい歓迎だな…王国!」




