僕はパイライト。
『パイライト』は、僕の事だった…
※ ※ ※
翌日の夕方…
モリガンが1年近く住んだ冒険者ギルドの2階の部屋。
最後の跡片付けも、アイテムストレージに私物をしまうだけで簡単に済んだ。
「おばちゃん…いままで、ありがとね…」
階下に降りて来たモリガンが涙ながらに言った。
「モリガンちゃん…向こうでも、元気でね…」
オバチャンはモリガンを抱きしめた。
「道中、お気をつけて…」
受付嬢も、モリガンに声をかけた。
それからモリガンは、冒険者ギルドの飲食スペース…『酒場』をゆっくりと横切り、パートナーが外で待つ、入り口のドアをくぐった。
「ばいばい」
そう言い残して…
「…あの娘の言葉、最後までよく分からなかったね…」
オバチャンが漏らした。
「『ばいばい』って、あれじゃあ最後のお別れじゃない…」
※ ※ ※
「途中でもう一度、『境の村』を訪れよう。」
僕がそう言うと、モリガンは涙をぬぐい、
「うん!」
と、答えた。
その瞬間、彼女の耳のイヤーカフが、キラリと輝いた。
それを見ると、僕の胸が、またズキンと疼いた。
『境の村』近傍での戦闘で、モリガンの右耳に、ほんの少し、切れ目が入り、以降、彼女は、それを隠す様に、イヤーカフを着ける様になった。
ゴブリンが投げた剣が、わずかでも横にずれていたら、モリガンは、今、ここにいなかった。
僕が彼女に、『着いて来てくれ』と言ったばっかりに…
確かに村人たちを助ける事は出来たが、『境の村の奇跡』は、勇気でも英雄的行為でも無く、単なる蛮勇だった。それを思い知らされた。
モリガンは他人の痛みを自分の痛みに、他人の喜びを自分の喜びに出来る女だ。だから、『境の村』を救いに行く事に同意した。
モリガンの優しさは、本物だ。
アルバート…
あいつは多くの犠牲者を出した撤退戦で、誰一人、メンバーを失うことなく、任務を達成したのだ。
アルバートの統率力と、冒険者としての意識の高さも、本物だ。
『紛い物』は、僕の事だった。
僕は、ツァウベラッドを作り、乗り回している事で、
冒険者として活動している事で、
魔法戦士である事で、
モリガンの家族探しを手伝っている事で、
エルフの女を側に従えている事で、
『パイライト』である事で…
自分は特別な存在だと思いたかっただけだった。
なのに、国の代表として、エルフの王国へ行けと言う。
僕は偽物の金で作られた、紛い物の王冠。
そんな僕を、みんなはまだショケースから降ろしてくれないらしい…
※ ※ ※
夕陽の街道を走る、2台のツァウベラッド。
「たすけてくだされぇぇぇぇ!!」
その前方から、1台の馬車が全速力で走ってきた。商人風の男性が乗って、大声で必死に叫んでいる。その後方にいるのは…巨大化したワイルドボア型モンスター、『フェイタル・ファング』! 昨日までターゲットとして探していた、あいつだ。
ド、ド、ド、ド、ド…
『フェイタル・ファング』は土煙を上げて、商人の馬車を猛スピードで追いかけており、馬車との距離は、段々近づいている…
フィリップはモリガンに、目で合図をすると、モリガンもコクンと頷く。
ぼぉ!
フィリップの跨る『ツァウベラッド・ブラウ』の前に着いているランタンが開き、そこからファイアボールが発射され、『フェイタル・ファング』に命中する。
ぶ、も、お、お、お、お、お、お、お!!
全身火だるまになった『フェイタル・ファング』は、つんのめったまま地面を転がり、自身に着いた炎を消そうとする。そこへ、『ツァウベラッド・ロート』に跨ったモリガンが、すれ違いざまにハルバードを無造作に振るう。
ザシュッ!!
ハルバードの刃が半ばまで首に刺さったまま、『フェイタル・ファング』は絶命する。モリガンはハルバードを、巨大イノシシの死体が刺さったままアイテムストレージにしまう。
死の淵から助けられた商人風の男は、生きながらえた喜びより、何が起こったのか分からない驚きの方が強いらしく、猛スピードですれ違った2台の奇妙な乗り物を、呆然と見つめていた。
フィリップとモリガンは、青と赤の軌跡を描き、長い長い影をひきずりながら、夕日の沈む方向へ走って行き………やがて、見えなくなった。
『僕はほんの少し魔法が使える』
第一部 完
ここまでお読みいただきました皆様、ご評価、ブックマーク登録いただきました皆様に、遅ればせながら御礼申し上げます。
今週末を目処に第二部を開始させていただきます。
王国へ渡った2人の新たな冒険を、引き続きお楽しみいただければ幸いです。
白洲詠人




