僕は魔法戦士。
30分前、廃鉱山洞窟…
枝道を通りかかった1体のゴブリンは、そこに倒れている仲間の死体を見つけ、近づいて来た。
奴らに仲間の死を悼む感情は無い。恐らく彼の持ち物の中で、まだ使える物を奪うためだろう。
そこへ、
【パラライズ】!!
ゴブリンの身体が、動かなくなった。
「UGO!?」
魔法の主は、暗闇に身を潜めていたフィリップだ。
続けて魔法を飛ばす。【スロー】【ポイズン】【リジェネレーション】【エンチャント】…詠唱は短く、確実に。そういうのを選んで使っていた。そして魔法で強化された剣を抜き、満足に動けないゴブリンに斬りかかる。
時々被る大きな傷は【ヒール】で治し、終盤に切れた【エンチャント】は、かけ直さずこのまま押し切るのを選び…
「UGOOO…」
ゴブリンは倒れた。
魔法戦士、と言えば聞こえは良いが…
「これで2匹…」
フィリップはゴブリンを倒した証に身体の一部を切り取ると、
「もうこの辺にはいないな…」
と、来た道を戻って行った。
そして、本坑に戻った先で、ゴブリン2体、ホブゴブリン2体に無謀にも斬りかかり、返り討ちにされかけていた女エルフ…モリガンを見つけ、助けたのだった。
追放元パーティーからの土下座という展開は無いが、ゴブリンに襲われている女の子を助けるという展開は、あるらしい…
※ ※ ※
同日夕方、冒険者ギルド…
『酒場』は既に夕餉を取る冒険者でごった返していた。そこへ、
カラン、と音を立てて入り口の扉が開く。
「いらっしゃ…あ、お帰り!」
ギルドのオバチャンが声をかける。フィリップとモリガンが帰ってきたのだ。2人一緒に。
「ただいまー、おばちゃん。」
「………」
ニコニコ微笑むモリガンの横で、ぶすっとしているフィリップ。
「おや…おやおやあらまぁ…」
オバチャンは何故かうれしそうに謎の発言をすると、モリガンの方に駆け寄って、耳打ちする。
「不愛想だけどいい子なのよ。仲良くしたげてね。」
モリガンは
「はーーい!!」
と元気よく片手を上げて答える。
「………いらん事言わないでよオバチャン…」
更に機嫌が悪くなったフィリップは、オバチャンと2人で盛り上がるモリガンに
「…ほら、さっさと精算するぞ。」
と促す。
異国のエルフの冒険者の登場に、冒険者ギルドの『酒場』は冷ややかな緊張に包まれ、その女がさらに『フィリップ』と一緒である事を不審に思った。
「お二人ともホブゴブリンを1体ずつ討伐されてますね。危険手当を支給致します。」
という受付嬢の言葉に、
「わーーい」
と、モリガンは無邪気に喜び、尖った長い両耳をピコピコと上下に動かした。せわしない耳だ…
フィリップは機嫌悪そうに報酬を懐に入れた。
「………お前、次からちゃんとしろよ…」
モリガンは倒したゴブリンの身体の一部を切り取らずに去ろうとしたのだ。フィリップに教えられなければ、無報酬になるところだったのだ。
そもそもソロで複数の敵に当たろうとする事自体、無謀だ。
「…もう少しでゴブリンに、ひどい目に合わされる所だったんだぞ…」
「そうだよねー…もうすこしで、おうちにいれてもらえなくなるところだったもんねー…」
モリガンは少し声のトーンを落としてそう言い、フィリップはしまったと思った。
ゴブリンは他種族の女を『襲う』。そういう目に合わされたら、人間の女なら修道院行きだろう。
「みんなよりさきに、おばあちゃんになっちゃうー。」
彼女はこう続けた。何が言いたいんだろうか…
「ありがとうねー。あなたのおかげでたすかったよー。」
モリガンはそれまでの調子に戻ってそう言った。
「それにしてもすごかったねー。もやーっとなって、ぱーっとなって、ぴかーーっとなって…」
何がどうすごいのか分からない。
「あれ、まほうっていうんでしょー。すごいよねー。わたし、ああいうのてんでだめだからー。」
そう言えば…モリガンはずっと剣で戦っていた。エルフの代名詞である、魔法や、弓は、一切使っていない。エルフの中でも変わり者なのだろうか。
「おまけにぶきもつかえるんだよねー。あれって、『まほうせんし』っていうんだよねー。」
魔法戦士…
その言葉に、フィリップは怒りを爆発させた。
「僕ばそんなご立派なもんじゃあない!!」
その大声に、彼等に興味を失い、自分の夕餉に目を戻していた冒険者たちは、再びフィリップの方を向いた。
「要するに、剣も、魔法も、本職ほど上手く無いから、両方組み合わせて何とか戦ってるだけさ。
そのおかげで、パーティーじゃあ人数合わせの間に合わせ。他の優秀な人材が出て来たら、どこもお払い箱さ。」
その言葉に、何組かの冒険者が視線を逸らす。フィリップを『お払い箱』にした元メンバーだろうか。
だがモリガンは、
「そうかー…」
と、間延びした声で言った上で、
「じゃあ、わたしとあなたがくめば、さいきょーだね。」
長い、長い沈黙、『酒場』のそこかしこから、くすくすという押し殺した笑い声が聞こえた後、
「ふざけるな!!」
フィリップはそう叫び、ツカツカとギルドを出て行き…扉をくぐりざまに、
「あと…食事はここで出来るから。それから、宿が無いなら、ここに泊れるから。」
そう言い残して、去って行った。
「やれやれ…」
困り顔でフィリップを見送るオバチャンに、モリガンは、
「おばちゃんのいうとおり、いいひとだね。」
と、言った。
※ ※ ※
(ふざけるな…ふざけるな……ふざけるな!!)
ギルドから帰る道すがら、フィリップは何度も何度もその言葉を心の中で、時に口に出し、繰り返していた。
いくつものパーティーをクビになった挙句、エルフの、しかも女の戦士なんかと組んだら、もう余所者しか、彼の相手をする者がいないみたいじゃないか…
………実際その通りなのが余計に腹立たしい…
が、腐る気持ちとは裏腹に、彼の懐はずっしりと重かった。
危険手当が出たおかげで、報酬が増額された。
共同で倒した2体のホブゴブリンの戦績を、彼女は山分けにしてくれたのだ。
(僕一人では、ホブゴブリンなんて倒せなかった。あいつとじゃなければ…)
モリガンはフィリップと同じランクEだが、彼よりも冒険者としての経験は浅そうだ。なのに…
(あいつは4体に囲まれるヘマをしながらも、独力でゴブリン2体だけは倒せた…)
強いのだ、あいつは…
もしあいつの戦闘を、全面的にバックアップする者がいたら…
次の瞬間、フィリップは頭を大きく左右に振って、その考えを吹き飛ばした。
(とにかく…今日は想定以上の金が手に入った。素材も買えた。これで…目的に大きく近づける…)
冒険者ギルドの裏手に立つボロ家…フィリップの家。その扉を開けると、暗闇の中に横たわる、未だ動かぬ『それ』を、フィリップは歓喜の目で見つめた。