僕はほんの少し魔法を使った。
「最前線の軍からテルです!!」
通信係になっていたギルドの職員が入って来る。
「予想を上回る敵が出現したそうです。後詰の冒険者に、撤退支援の指令が出ました!!」
「なん…だと!?」
ギルドマスターの顔が青くなり、部屋に集まっている冒険者たちに命令する。
「す…すぐに出撃の準備をしろ!!」
いそいそと出陣の準備をする冒険者たち。
最早フィリップとモリガンに構っている者はいない。
「大変ですーー!!」
更にもう一人、ギルドの職員が駆けこんで来た。
「海岸地帯との境界付近に、ゴブリンの一隊が出現、西へ向かっているそうです!!」
「なんだとー!?」
「このままでは、『境の村』が襲撃されます!!」
「だ…だが、王国のエルフどもが、何とかするんだろう…!?」
「それが…」
3人目の職員が入って来る。
「王国の冒険者ギルドからの連絡なのですが…王国の騎士団は、『境の村』の向こう側に防衛ラインを張るそうで…奴らは『境の村』を見捨てる気らしいです…」
「「「な、何だってーーーー!?」」」
出撃準備を進めていた冒険者たちから悲鳴が上がる。
「王国からギルドへ通知が来たそうです。『下賤なヒューマンの徒党が、高貴なるエルフの地に立ち入る事を許さず』…と…冒険者の介入をけん制されています…」
(『境の村』が、襲われる…!?)
フィリップの脳裏に、昨夜訪れた山奥の村の村人たちの顔が浮かんだ。
あそこと同じ人たちが住んでいて、
その命と生活が、
今しも失われようとしている………!?
「ねぇ、アル…何とかならないの!?」
アルバートのパーティーのヒーラー、エレンがアルバートに縋りつく。
しかし、アルバートは被りを振った。
「我々には既に、軍の撤退支援任務が下りている。
それに…王国の意向を無視する訳に行かん…」
「そんな…」
「何より、今から街を立っても間に合わんのだ。
馬を全速力で走らせ続ける事は出来んし…」
「ねぇ、ふぃりぽん…」
モリガンが、未だ脱力しているフィリップに言った。
「たすけにいこうよ、そのむらのひとたち…かわいそうだよ!!」
モリガンは、他人の喜びを自分の喜びに、他人の痛みを自分の痛みに出来る奴だ。
例えそれが、異種族のヒューマンであっても…
「ふぃりぽん!!」
モリガンが叫んだ。
「なんとかしてよー!!ふぃりぽんはまほうがつかえるんだよーー!!」
※ ※ ※
モリガン…
僕は、何がしたい!?
じいさんが残したツァウベラッドを完成させたい!?
ツァウベラッドで世界を走り回りたい!?
冒険者になって活躍したい!?
襲われている村人たちを救いたい!?
『パイライト』として名を売りたい!?
戦士になりたい!?
魔法使いになりたい!?
全部違う!いや…全部そうだ!!
………モリガンの、笑顔………
考え方を、変えよう。
………僕は、何が出来る!?
ツァウベラッドの開発!?
操縦!?
モンスター退治!?
人助け!?
戦士!?
魔法使い!?
魔法戦士!?
全部違う!いや…全部そうだ…
いや…
違う……
待てよ………
………そうだ…
……僕は…
…僕は…
ほんの少し、魔法が使えるんだ!!
※ ※ ※
「モリガン。」
フィリップはゆっくりと顔を上げて、相棒の美しいエルフの女戦士に言った。
「僕に…ついて来てくれるか!?」
モリガンは、喜色満面の笑みを浮かべ、
「うん!」
と答える。
よし…
フィリップはすう…はぁ…と深呼吸し、再び息を大きく吸い、
「情 け ね ぇ な ぁ 、 人 間 様 っ て の は よ ぉ ぉ ぉ ぉ!!」
部屋中に響く大声で言った。
「な…何だと!?」
冒険者たちはその手を止め、ギルドマスターは険しい顔で、フィリップを睨む。
「第4次大戦は、ゴブリンとオークの縄張り争いの一面もあったはずだ。
少なくとも僕はそう教わりました。」
心臓が、バクバク言っている。
だけど、言葉を止める訳にはいかない。
「奴らはその遺恨をとうの昔に解消してますよ。
それなのに人間どもは、ヒューマンがどうの、エルフがこうの…」
「貴様…今すぐその発言を取り消して謝罪しろ!!」
ギルドマスターの顔がみるみる赤くなる。
「いいえ言わせていただきますよ。
マスター、あなたの部屋にあった共和国の地図にも、『境の村』は共和国領になってましたね。」
今の自分は、ものすごく不遜な顔をしてるんだろうな、と、フィリップは思った。
「自国領だと言っておきながら、いざモンスターに襲われたら、エルフの目を気にして知らんぷりですか!?」
「貴様…歴史を何も学ばなかったのか!?あの無駄に長生きの耳長どもに、話が通じる訳が無いだろう…」
「歴史は、教科書の中だ!!」
フィリップの声が室内に わん と響いた。
「まぁ、差し当たっては…
今から僕と、モリガンが、ツァウベラッドに乗って、『境の村』へ行って、ゴブリンどもを倒してきます。
王国のエルフ達が言っているのは、『ヒューマンのパーティーは来るな』でしょう!?
2人だけなら『パーティー』とは言えないし、
僕はともかく、モリガンはエルフだから、『ヒューマンのパーティー』とも言えません。」
「おい貴様、余計な事をするな!」
ギルドマスターの顔が赤を通り越して真っ青になる。
「それに、ツァウベラッドなら、馬と違って、最高速度で飛ばし続けて、ゴブリンどもに追いつきますよ。」
「命令違反だーーーー!!」
ギルドマスターは叫ぶ。
「僕たちはこの大規模作戦には招集されておりません。
あと、海岸地帯は大規模作戦の作戦領域内でもありません。
僕らが何をしようが自由です。
そろそろ認めて下さいよ、これしか無いんです。
共和国軍の撤退を助け、『境の村』の人々を助け、王国のエルフ達に言い逃れ出来る方法は…」
「待て、勝手な事をするな!!」
「目の前でモンスターに襲われている人を助けていけない法がどこにあります!?
まぁ、僕はほんの少し魔法が使えるので、その『目の前』が、他人より少し広いんですけどね…
ではそろそろ出発します。
王国のエルフ達が何か言って来たら、さっきの言葉をそっくりそのまま返してください。」
「ばいばーーーい!!」
言いながら部屋を出て行く2人、程なくして、外から2台のツァウベラッドの駆動音が鳴り、遠ざかって行く。
「………おい、貴様ら!!」
叫び疲れて声を枯らしたギルドマスターが、その場に居並んだ冒険者たちに言う。
「今すぐあいつらを止めろ!!」
「もう、あいつらのガラクタに追いつく手段はありませんよ…」
アルバートが淡々と答えた。
それが、その部屋に集った冒険者たちの総意だった。
「それに、我々には既に、軍の撤退支援命令が出ております。」
※ ※ ※
その夜、『境の村』の住人たちは、奇跡を目にする。
地平線の向こうから今しも村に襲い掛からんとするゴブリンの一隊を、どこからともなく首の無い鉄でできた馬に乗ってやって来た、青と赤の鎧を着たヒューマンの男とエルフの女の冒険者が、一晩がかりの戦闘の末、撃退。村を全滅の運命から救ったのだ…




