僕は彼女と向かい合った。
1時間後、冒険者ギルド…
「………」
「………」
日が落ちて、夕餉を楽しむ多くの冒険者で賑わう『酒場』の一角で、フィリップとモリガンは、テーブルを挟んで向かい合ったまま、ずっと押し黙っていた。
モリガンを助けられた喜びと、フィリップに助け出された安堵から覚めると、二人に沸き上がったのは、お互いへの軽い不信だった。
モリガンは、このヒューマンの青年に、自分や、これまで周りにいたエルフ達とは違う何かがある事を感じていたが、あれは自分の想像を遥かに越えていた。
万事に疎い彼女にも、あれがヒューマンやエルフの常識的技術水準を越えた物であることは明らかだった。
あんな物を作ろうとしてたなんて…しかし、フィリップの後ろに一緒に乗った時、体の芯が熱くなったのも事実だ。
彼女自身も、あれに魅かれていた。
冒険者としての自分の可能性を、さらに伸ばしてくれそうなあれに…
フィリップは、スカウトの小男ダスティーから、モリガンに『この街にエルフはいないか』とたずねられ、『自分は知らないが、盗賊ギルドの者はこの街の裏の情報に詳しい』と教えたという事を聞いた。その結果があの行動だと思うとヒヤヒヤする。
もう間違い無いだろう。彼女は誰かエルフを探しにこの人間の国にやって来た。
だが…これ以上彼女の事情に踏み込んでいいのか、戸惑っていた。
一週間のすれ違いの日々が、今日の事件の遠因となったと、さいぜん深く後悔しながら、なお、フィリップはその一歩が踏み出せずにいた。
「いつまでああしてるんでしょう。」
受付嬢は言った。
「あればっかりは本人達でどうにかするしか無いよ…」
オバチャンは言った。
ちなみに金髪ロン毛は、少し前に、「ようお二人さん、別れ話か!?」と話しかけ、オバチャンに殴られて退場した。その間も、2人は微動だにしなかった。
「お二人さん、ちょっといいかい!?」
武器屋のオヤジが、二人に声をかけた。
「あんた…今、取り組み中…」
オバチャンが止めようとするが、オヤジは構わずに、
「頼まれてた防具が出来たんだ。試着してくれんか!?」
ほらよ、と言ってオヤジは二人に大きな包みを渡す。
「………」
「………」
二人は互いと、自分が持っている包みを見比べて、
「はい、ふぃりぽん。」
モリガンは自分の包みをフィリップに渡した。
「え…!?それ、僕のだったの!?」
驚くフィリップだったが、フィリップは頭を掻きながら、
「まいったな…同じ事考えてたのか…ほら。」
と、自分の包みをモリガンに渡す。
「え…!?それ、わたしの!?」
目を丸くしてエルフ耳を上にピコンと上げるモリガン。
ファッ、ファッ、と笑うオヤジ。
「大変じゃったぞ。依頼者の秘密を守るのは…」
「え…!?それじゃあお互いに相手の防具を先に!?」
珍しく感情を露にして驚く受付嬢。
「フィリ坊、試着するならギルド職員の詰所を使いな。」
オバチャンに言われて、フィリップは奥の部屋へ、モリガンは自分の泊まっている部屋へ、交換した包みを持って入っていった。
数分後、二人は戻って来た。
フィリップは濃い青色に所々金の差し色が入った革鎧、
モリガンは鮮やかな赤に所々薄い金の差し色が入った金属鎧。
「に…似合ってるじゃん…」
「そっちこそ…」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ…ワシは服の上からでもその人の大まかな体形が分かるからな…じゃが微調整が必要じゃ。」
オヤジは笑いながら言った。
着心地の悪い所は合わせるから後で一旦返しな。そう言い残してオヤジは帰って行った。
お互いに贈り合う形になった新しい防具を着て、2人は再び元の席に着いた。
「モリガン…」
フィリップは言った。
「うん?」
「僕の事を話そう。さっき見たツァウベラッド。僕はあれを作るお金や素材を手に入れるために冒険者になったんだ。」
彼の祖父がどこからか手に入れて来た、壊れて動かなくなっていたツァウベラッド。
祖父はこれを分解して、足でペダルを漕いで進む二輪車を作った。
壊れた魔動エンジンの修復は、テストモデルの『玩具』を作るのが精一杯だったが、彼の没後フィリップが途中から引き継ぎ、走れるだけの大出力の魔動エンジンを完成させ、再び全体を組み直した。
魔力で動く例の『玩具』を、複雑かつ多層的に組み合わせることで、僅かな魔力から大きな回転力を生み出すのが魔動エンジンの原理。使用している青石と赤石は、廃鉱山で採掘できる。
あそこは採掘量が減っている上、ゴブリンも住み着いているので、本来の所有者による大規模な採掘は最早行われておらず、冒険者へ自由採掘権が与えられている。
ちなみにツァウベラッドに魔方陣を組み込んで、本来地面に描くべき巨大な魔力増幅用魔方陣を携帯・移動可能にし、そのための変形機構を組み入れたのはフィリップ自身のアイディアだった。
これなら馬に乗れない人でも乗って遠くまで旅が出来る。
フィリップは小さい頃から足こぎ式に乗っていたので、完成したてのツァウベラッドにすぐ乗れたが、彼の感覚では少し練習すれば誰でも乗れると思われた。
それに、魔力コンデンサも着いているので、魔力を持たない者でも、誰かに僅かな魔力を分けてもらうだけで使える。
多くの人や、物の移動に役に立つんだ。フィリップの説明を要約するとそんな感じだった。
「それじゃあ、あれがかんせいしたから、ふぃりぽんはもうぼうけんしゃをやめちゃうの!?」
「いや。まだ試作段階だから、これからも改良を重ねるための資金は必要だし、実用テストも自分でしなきゃいけないから、続けるよ。」
「よかったーー。」
モリガンは喜んだ。何でそこで喜ぶ!?
「モリガン、今度は君の番だ。」
フィリップは聞いた。
「君は誰かエルフを探すために、この国に来たんだね!?」
「あれー!?いってなかったっけー!?ゆくえふめいのきょうだいをさがしてるって…」
フィリップはコケた。聞いてない。
60年前…終了したのは55年前…の第3次大戦に従軍し、帰って来なかった兄弟。
死体も遺品も見つかっていない、帰還捕虜のなかにもいなかった。完全な生死不明らしい。
両親はとうに死んだものと考えているが、モリガンはあきらめておらず、東の共和国への唯一の窓口になる、西の王国の冒険者ギルドに入って、こっちへ渡った。
モリガンの話を要約するとそんな感じだった。
行方不明の55年後に行動というのが、長命なエルフの時間感覚なのだろうが、言い換えれば、モリガンの探している人物も、55年経った今でも少なくとも寿命で死んではいないという事になる。しかも前と変わらぬ姿で生きている…まだ探す意味はあるという事だ。
「でも、ぜんぜんてがかりがみつかってないのーもうまちじゅうさがしつくしたー…」
エルフ耳を垂らしてしょげ返るモリガンに、フィリップは言った。
「モリガン、一つ考えがある…」