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鉈切 廉也 港 倉庫上 午後六時二十分三十一秒


    × × × ×


 港の屋根の上から、俺はスコープをのぞきこむ。

 程よい重さ、安定した構え。片膝を立て、斜めになった屋根の上で最も安定する姿勢をとって、狙う先にいるのは化け物。

 港を歩く、片腕の捥げたうつろな目を持つ人間のような何か。昨日から街の中いたるところを徘徊する、奇々怪々な化け物たち。

 スコープのセンター、十字に付けられた照準にそいつの頭部を合わせ右手の人差し指、それがとらえる金具を一手、

 引き絞った。

 瞬間、潮風香る港町を轟音と、硝煙の匂いが焼き焦がす。

 全身に走った衝撃、それに対応するかのように俺の手の中の銃が音速超過で弾丸を撃ち放ち、スコープの中、徘徊する化け物の頭部を吹き飛ばした。

「………わん」

 つぶやきボルトをスライドさせて廃莢、その後ろのもう一体の頭部へと発砲する。

 銃弾は瞬きの間をもって宙をかけ、腸の露出したそいつの首をなかったことにする。

「わん………」

 笑みを浮かべながらつづけて廃莢、もう一発。今度は遥か遠く、港に停泊した漁船の上の一体を。

「……ぅわん!」

 言いながら今度は二連続。斜め前方の工場、その窓から見えた二体を。

 狙いたがわずガラスと同時にその二体の水晶体を吹き飛ばし、そしてあたりに静寂が満ちる。

 あたりにもう『奴ら』の姿はないか、俺は銃を構えたままあたりを見回し――――

「……ふぅ」

 見えなかったので、銃を下ろした。

「いかんな………もうじき弾切れじゃねぇか」

 言いながらも身にまとったコート、その内ポケットから取り出した煙草に点火し、口元へ。

「港なら大丈夫かとは思ってみたが………いかんな、あてが外れたか。救助らしいのも来やしねぇ。嗅覚鈍ったわんちゃんなんざ、ただの愛玩動物じゃねぇか」

 つぶやき、コートの中、ベルトに装着した弾丸を確認する。

 ライフル弾が………二十五発、五セット分。銃の中には跡一発あるが、一発だけ入っていてもどうにもならないし、そもそもこの状況下でライフル弾二十六発はいくらなんでも少なすぎだ。

「ちっ………こいつともそろそろおさらばか」

 気に入ってる銃だ、手放したくないが、状況が状況、仕方がない。屋根の上に装着した弾もろとも狙撃銃(レミントン)を放り捨てる。おいときゃ、誰かが使うだろ。

「なら次は……散弾銃(こいつ)の出番、だな」

 傍ら、屋根の段差の隙間に押し込むようにしてある散弾銃を取り上げる。

 全長73センチ、重量2.6キロ、装弾数八発の、オーソドックス散弾銃。俺のお気に入り、モスバーグM500だ。弾は……と。残り40発。繋ぎとしては十二分。

「うっし………目標は――警察(サツ)んとこだな」

 確か有事の際は避難できるようになっていたはず。この島は日米共同管理、テロやらなんやらの時には銃撃戦もありうるわけだ。当然、武器のあるところが避難所になることに不思議はない。

「無事なら、の話だけどな」

 テロなら相手は人間。銃も、人間相手ならあまるほどの量があるだろう。だが警察の装備は米国サイドのもので考えても人間相手のもので、人間やめた怪物相手にすることなんざ想定してない。

 無事である確率は……五分。命がけで市街地横断して目指すには、低すぎる確率だ。

「でもま、ヤられてたとしたってあそこは武器まみれ。拾ってくことぐれぇはできるだろ」

 それに、目的は警察署にて保護を求めることではない。

 目的は、この島に存在する非常事態通告用の通信だ。

『奴ら』が現れ始めたのが一昨日の真昼間、で、今日の夕方に大地震があって、それから大体二時間ちょっと。つまり『奴ら』出現から普通に考えて二日少々経っている。にもかかわらず救助飛行機どころか救助船もこないということは、早い話、本土の認識はこの島が非常事態にあるということを知らないということだ。

 ならば、それを通告すればいい。

 本土からここまで救助艇を飛ばしておよそ四時間。四時間程度なら、ありったけの弾使うなり、自宅に立て篭もるなりで堂とでもなる。

「っと、自宅(いぬごや)の武器ゃあいつら用においてってやらねぇとな」

 脳裏をよぎるのは少年二人と少女一人。昔なんとなく首突っ込んだアナグラにいた三人で、気紛れで拾ってなんとなく銃を仕込んでやった連中。あいつらの性格だ、武器がねぇとなりゃ、間違いなく俺ん家行くだろ。

 内心で独白し、そしてふと思う。

「………って、よく考えりゃ非常事態しらねぇってこたぁ警察署完全潰れてんじゃねぇか」

 生きてれば誰かが通告するだろ普通。ってことは今頃警察署は避難住民含め警察(サツ)どもが『奴ら』んなってひしめいてやがるってことか。

「………しゃぁねぇな」

 つぶやき、立ち上がる。屋根の上、ライフルを倉庫の下へほうり捨て、散弾銃を肩に抱え、

「わんちゃん舐めると怪我するってこと、『奴ら』の足りねぇ脳味噌に叩き込んでやるとすっか」

 いいながら、俺は倉庫の上から飛び降りる。高さおよそ五メートル。うまくやれば、大した高さでもない。

 飛び降り、なれた動作であたりに銃を向け警戒する。一応目に見える範囲は殲滅済みだが、見落としの可能性もある。

 それに、

 ………あいつら、間違いなく見えてねぇな。

 ここまで到達するまでの間、出くわした『奴ら』は数知れず。だが連中は間違いなく死んでいると理解できる程度に損壊しながらもこちらめがけて接近し、食事にありつこうとしてくる。

 問題なのは、明らかに眼球がなくなっている個体でもとる行動がまったく同じということだ。

 つまるところ、『奴ら』に視力は関係ない。

 早い話、あいつらは視力以外の感覚に頼って捕食しようとしているということだ。

 そしてその感覚、捕食に用いるにもっとも適した感覚といえばなんになる。

 思い出す、今までの屋根上ハンティングを。三桁近い弾丸を持ち込み、やってくる『奴ら』の中に見られた特徴を。

 思いながら警戒しつつ倉庫の隙間に入る。

 ………そういやあいつら……

 発砲した直後はこっちへ移動、撃ったやつが倒れればそっちへ移動、廃莢すればこっちへ移動、空箱捨てればあっちへ移動。こんなコントとしか思えない動きをとることが多かった。

 この事実が示す真実。つまるところ、『奴ら』が頼ってる感覚というのは視覚でも嗅覚でもなく―――

「聴覚。音、か」

 だとすれば、銃というのはちょっとした鬼門だ。何しろ一撃かませば倒せるものの、関係ない『奴ら』までわらわら寄ってくることになる。

 ………撃ちどころ考えねぇとな。

 考えながらも倉庫街を抜け、港と市街地の境目へと移動する。

 市街地……は、避けたほうがいい。確かに武器も死角も物資も多いだろうが、それ以上『奴ら』に出くわす危険も多い。おかげでバイク一台潰す羽目になった。

 ………ま、そりゃ俺が振り回したからだが。

 約五百キロの鈍器だ、効果はかなりのものだったはず。

「となると、だ」

 警察署までは、市街地を抜けていかなければならない。だが普通に行ったなら『奴ら』に出くわす可能性が高すぎる。消音でいけないこともないが、どの程度の物音で反応されるかわからない上、消音活動は問答無用で神経をすり減らす。なるだけは、避けたほうがいい。

 なら、どうすればいいか。

「簡単だよな」

 言いながら銃を傍らにしゃがみ込み、

「普通にやって見つかるなら――――」

 そして足もとに手をかけ、

「――――普通にやらなきゃいい……っと!」

 そのまま足元を、持ち上げた。


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