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二坂 望 国際学校 三階 午後六時〇三分三十九秒

    × × × ×


「がいあしゅああいあいいおあがいへいしらい」

「ハリス! 燈! 急げ!」

「燈!」

「うん!」

「ハリス! (かく)! ドアを!」

「言われなくとも!」

「了解です!」

 駆け込んだ先の教室のドア、その向こうに存在する『奴ら』。

 それらを隔てて安全を確保するべく、オレは全力で引き戸を押さえつける。オレと同時に駆け込んだハリスも援助し、引き戸を締め切ろうとするが、それでも『奴ら』はドアを開けようとその腕を間に差し込み――――

「くっ」

 判断はまさしく一瞬。オレは全身で押さえつけるようにして引き戸のスライドを固定、右手に持ったままの拳銃を引き戸の隙間に差し入れられた『奴ら』の腕めがけ、発砲する。

 一発、二発。三発目で『奴ら』の腕から力が抜け、四発目で構造的に腕が破壊されたのか、その腕に骨が存在しないかのような感触となる。

「隔!」

「はい!」

 オレの一声を耳にした瞬間、オレとハリス、隔は全力で引き戸を閉めにかかり、

「この…………」

 引き戸の末端に一番近い小柄な少年、津村隔(つむらかく)がその足を振り上げ、

「………デキソコナイが!」

 声と共に神速の蹴りを放った。

 蹴りによって落ち窪んだ筋繊維に全力で閉ざされようとしている引き戸が入れば、どうなるか。

 その回答は一瞬にして眼前に明示され、結果オレたちの全力で閉ざされようとしていた引き戸によって筋繊維が引きちぎられ、目の前に『奴ら』の腕が落下することになる。

「―――っ、――――っ、明日香、ドア、頼む」

 言いながらオレは向こう側に『奴ら』の満ちるドアから離れ、窓際の机の上に腰掛ける。

 オレたちの学び舎であるインターナショナルスクール。

 今まで種々多様な教育機関を経験したが、それでも何かしらの理由であぶれてしまうオレたちのような人間にとって、なぜかもっとも肌にあった学校が、この島の、ここにある学校である。

 ゆえに『この学校』という場所にはそれなりの愛着と馴染み深さがあるのだが、その中でも最も馴染み深い場所が、ここ。

 オレたちの所属する、ホームルーム教室である。

「―――っ、―――っ、―――――…………望、」

「どうかしたか?」

 息も絶え絶えな様子でハリスが床に両足を投げ出す。それでも手の中のネイルハンマーを手放していないのはさすがと言うべきだろうか。

「早川は――――………どうなったんだ………?」

「…………見ての、通りだ」

 そう、起こった事は非情に単純。

「あいつ………噛まれたんだ……やつらに」

「―――っ、――――っ、噛まれた……ってことは脇の下?」

 ドアの横、引き戸を釘付けにしている挑発の少女の脇で喘ぐ燈。「わかったか? 燈………。そうだ、脇の下を、やられた」

 それはつい一時間ほど前のこと。

 土砂崩れの向こう側に取り残された後方車両組の存在を知らせるため、全員で救助隊の存在を探していたときのことだ。

 全員で各フロアを分担で探し………最初に出くわしたのが龍美だった。

 自らに急襲してくる連中を退けるべく、龍美はやつらに挑んだ。その結果として一体を階段から踊り場へと全力で叩き落し頭部を破壊して………そしてその直後、信じがたいことが起こった。

 確実に脳に損傷を負い、生物として活動できようはずのない『奴ら』が、起き上がったのだ。

 階段を今まさに上っていた、龍美に喰らいつくために。

 響き渡ったのは、絶叫。

 人間の顎力など、たかが知れている。それに対し人間の筋繊維、それも軟骨が通っているような部位の強度は並大抵の力では食いちぎれないほどの強度を持っているはずなのに。

 あの化け物は、龍美の脇の下を食いちぎった。

 オレがその光景を見たのはちょうどその時。脇の下の肉を丸ごと食いちぎられたことにより一気に噴出した血液により意識を喪失し、階段下へと落下するその姿だった。

 オレに出来たのは、その光景を呆然と見つめること。

 そして、そのまま全員を携帯電話によってその場に呼び集め……その直後に、それは文字通り『起き上がった』。

 階段から上ってくる怪物、その背後で意識を確実に喪失し、人間であれば起き上がることすら出来ないはずの人物、

 早川龍美、その人が。

 その先は、無我夢中だった。

 オレからの連絡に応じ駆けつけた仲間たちともども、どこかから沸いてきた『奴ら』の中を逃げ惑い、たどり着いた場所がここ。確実に武器の一つが存在し、またもっとも慣れ親しんだ場所である、自分たちの教室だったというわけだ。

「……正直なところ、何がどうなってああなったのかはオレにもわからない。でも、これだけはいえる………」

 手の中、握りっぱなしになっていた銃を放り捨てる。銃には詳しくないのでどこのメーカーの何であるのかはわからないが、残りの弾数が一発しかないと言うことはわかってるし、撃ち方はわかる。

「状況は、絶望的だ」

「……絶望的?」

 オレのその言葉に、教室の端、机の影に隠れるようにしゃがみこんでいた奴が立ち上がる。

「そんなわけないだろ、二坂。ここには銃もあるし、バリケードも機能してる。キャンプ帰りだから残ってる食糧も結構あるし……なによりここは学校だ。そうだろ?」

「――――っ、――――っ、何が、言いたいんだ? ……(いかり)

 がっしりした体格、面長の顔に緊張と興奮を浮べた青年、(いかり)(ひとえ)がハリスへと詰め寄る。

「何がいいたいか……? おいおいハリス、お前ならわかるだろ? ここは学校、公的機関の重要拠点だ! 有事の時には避難所にもなってる場所で、それに俺たちはまだここにいる! 何があったかわかったら、絶対に本島の連中はここへ救助へ来るはずだ! それに、ハリス。お前の銃の腕なら行けるだろ? 救助が来るまで長く見積もって一週間。あいつら撃ち続けて生きることぐらい!」

「………あいにくだが、いくらハリスでも無理だ、単」

「何でだよ!」

 大きく開いた瞳孔、外見からわかるほどに早まった動悸、増大した呼吸数、促進された発汗作用。紛れもない、冷静さを失った人間の特徴だ。

 オレは碇の興奮した目を冷静に見つめ返しつつ、ロッカーを指し示す。

「まず、弾がない。この銃はそもそもベネルの護身用だぞ? 予備の弾はロッカーにあると言えばあるが、あの中に弾倉一つだけ、それも八発入りのやつだけだ。今銃の中には一発だけ。合計九発じゃ、あまりにも心もとない」

「あたしも同感。どう考えても、九発じゃ『奴ら』相手に足りませんよね」

 ドアの釘付けが終わったのか、ドア正面にいた長髪の少女、纏ヶ(まといがおか)明日香(あすか)が立ち上がる。手の中の小さなハンマーを机の上に放り捨て、

「それに、あまりの食料もせいぜいが一人分、それも持って三日ですし、水がありません。普段なら補給も出来るでしょうが、今は――――」

 つい、と廊下の外から窓へと視線を移す。

 満ち満ちた『奴ら』は、まだそこにいる。目で確認できるだけでも六体。全員が己の持つ目で、あるいは目のあったはずの虚ろな眼窩で、教室の窓の内側を覗き込み、あるものは徘徊している。

「――――あたしなら、まず餌確定。荒事慣れしているハリスとベネル、礼先輩でも突破できるかどうかは怪しいです」

「………まあ、そういうことだ、碇」

「それに僕の思うところによると、このドアも長くは持たないでしょうね。一体だけでも、あの早川さんが持たないほどの強靭な筋力ですよ? 今現在見えているだけで六体、それらが一気に急襲してきたとすれば、ドアなんてあって無きが如しだと言うのが僕の考えです」

 大人びすぎてどことなく嫌味、しかしその口調の中にある説得力や貫禄はそれなりの歳と経験を経た人間のそれという奇妙な少年、津村隔(つむらかく)が腕を組みながら言う。

「不知火さん、あの化け物の筋力ですが、およそどの程度のものだと思いますか?」

「え、ええ?」

 今の今まで会話の蚊帳の外、そんな状況下からいきなり引き込まれた事により、燈が動揺する。それに対し、オレたちの中でも最年少であるはずの隔が歩み寄り、

「概算でかまいません。連中一体を成人男性一人分と等価として、握力だけならどれぐらいの筋力になるでしょう?」

「ちょっと待って…………えっと、脳に損傷入っててるって考えて、リミットはずれてるって考えたら………平均体力の平均にも寄るけど、日本人平均値で大体160キロぐらい……ドア破るってなったら体重とか腕力とかも絡んでくるし、握力も使わないからなんともいえないけど……大体これくらい」

「十分ですよ」

「……………」

 内心で燈に対して感心しながら、オレは隔の言葉に耳を傾けていた。

 このインターナショナルスクールに存在する、特別クラス。

 全員が何かしらの特異点、あるいは異常とも呼べる点を持ち合わせ、その能力の高さゆえ他の一般生徒と混じらせることを危惧された人間が集う、この場所。

 ここに存在することが己の中に少なくとも一つ、特異か長大な要素を持つことを証明し、また己が『普遍』の中にないことを理解させる、そういう場所。

 そこにおいて、オレたちはある。

 それは学問であり、心理であり、在り様であり、また過去である。それは問題であり、特徴であり、能力であり、傷である。

 それらを持つから、オレたちは集った。

 そして集った仲間の中でも、時折こうしてその能力を見せ付けられ、感心することもある。

『学問』の特異点、『生物学』、不知火燈。

 知識と理屈ではなく、必要不要と最低限の知識から、生物を理解する人物。

 それが、彼女だ。

「では碇さんに尋ねます。握力160キロ、それは片手での話ですよね?」

「う、うん。毎年ちょっとずつブレるから、正確じゃないけど」

「ええ、承知しています。では、碇さん。片手での数値で握力が三桁を超えることなど、通常人間ではありえません。ですがやつらにはあり得た。つまりこれは、脳内のリミッターが外れていることを意味しています。不知火さん、人間の全力体力とは、最大値の何パーセントでしょうか?」

「………だいたい、30から40ぐらい」

「……だ、そうです。つまり、連中は生きている人間のおよそ三倍の膂力を有しているわけです。そんなやつらに武器もなく立ち向かったとして、僕たちが生き残れると思いますか?」

「……………」

 隔の言葉に、単は無言をもって答えた。

「僕には武術の心得があります。合気道、それも段位をもつ程度の実力のものです。ですが、その僕をもってでも、あいつらに組みつかれれば間違いなく命はないでしょう。

 そんな連中を、それも複数相手に碇さんは生存できますか?

 武器もなく、仲間もない。そんな状態で」

「でも! 数日さえ持てばいいんだ! 何も外へわざわざ補給へ行かなくても…………」

「ええ、確かに一週間程度なら大丈夫かもしれません。のちの健康を考えなければ、ですが」

「だろ? だったら出る事なんか考えずに救助が来るまでみんなでここに立てこもれば――――」

「無理だな、隔。少なくとも、俺はやらない」

 オレの銃を拾い上げながら、ハリス。そのまま鍵の壊れたベネルのロッカーを明け放ち、そこに置かれている弾倉を装填し、安全装置をかける。

「さっき隔が言ってただろ? あいつらの膂力からみると、間違いなく脳内のリミットが外れてるって。燈もそこは保証したはずだ。そんな奴ら相手に、あんなドア一枚釘づけにした程度で鉄壁になったとは思えない。少なくとも、俺は一刻も早くここから自力で脱出するべきだと思う」

「でも――――!」

「オレもハリスに同感だ。町の様子、お前も見ただろ? 仮に本島から救助が来たとして、ここまで到達するのに何日かかると思ってる? 町中あいつらがたむろしてやがったのは、お前も見ただろ?」

「………くっ」

 返す言葉がなかったのか、単が沈黙する。

「で、これからどうする? 俺としては一刻も早くここから脱出して、町の中で安全な場所を見つけるつもりだったんだが……」

「ええ、それはたぶん無理ですね。あたしも見ましたけど、町中延々とここみたいな感じになってました。町中に、安全なところなんてありませんよ」

 窓越しに、明日香は外をうかがい、

「――――まあ、そもそもこの教室から廊下へ出るだけで危険極まりないんですけど」

「ああ。そこをどうにかしないと、出られそうにもないな」

 言いながらオレは外へ面した窓から外を見る。

 慣れ親しんだ校舎からの風景。が、その中を放浪するのはこの学校の関係者ではなくかつて関係者であった『奴ら』だけで、また中には死体と化したもの、今なお血液を滴らせているものまで存在するありさまだ。

 が、見るべきはそこじゃない。

 見るべきは、窓の直下だ。

 そこにあるのは、梁。

「ハリス、ここから隣へ抜けられそうだ」

 隣の教室まで続く梁はそれなりの強度と太さを持って隣の教室の窓の正面まで続き、多人数は無理でも少数人数、それも荷物の量を考えればスムーズに隣の教室まで移動できるだろう。昔ちょっとした事情でここと同じような梁を通ったことがあるが、その際も案外大丈夫なものだった。

 中学時代のオレにも出来たことなのだ、このクラスの連中に出来ないはずがない。

 オレの言葉に、ハリスが窓際へと駆け寄ってくる。窓から軽く身を乗り出して梁を確認し、

「………確かに、抜けられそうだな……」

 言いながら教室の前方、梁の続く先の教室の壁へと耳を押し付ける。

「――――物音は……ない、か」

「でも廊下は? 結構いたと思うんだけど………」

 不安げにたずねる燈を振り返り、ハリスは気丈に頷いた。

「大丈夫だ。廊下にいる程度なら、ここにある武器弾薬でどうにかなる。それに全員で行くなら隔も望もいるんだ、教室の入り口は狭いし、入られてないならどうにかなるはずだ」

「……の、前にあたしは全員の意思を確認しておきたいんですけど。このまま意思不一致のまま行動したとして、仲間割れが起きては困りますし」

 言葉を挟んだ明日香は、そのまま全員の顔を見回す。教室正面壁の前のハリス、その正面で明日香のほうを向く燈、ロッカーの前で立ち尽くしている単、ドアの前に悠然と立つ隔、窓際に寄りかかるオレ。

「……まず、ハリスと望の意思は『ここからの脱出』、それでいいですね?」

「ああ、僕もそっちでお願いします。ここに長くいるのはまずそうですし、二坂さんとレインさんが判断したんです、間違いはないでしょうから」

「あ、私も。ハリスがいるなら、安心だし」

 滑らかに言葉を連ねる隔と、おずおずと意思を示す燈。その二人に、明日香は納得を示すように軽く頷き、

「………では、碇さん。あなたは、どちらで?」

 明日香の問いかけに、不機嫌そうに単は顔を背け、

「……その前に、明日香。お前はどっちなんだよ?」

「あたしですか? あたしは、とりあえず桜を探したいです。脱出するのは、その後ですね」

 明日香らしい、と内心で思う。明日香と桜花は旧知の仲、すなわち親友と呼べるような親しい間柄で、急場のことに対応が効かず、慌てふためいてしまうことが多い桜花をよくサポートしていたものだ。今も外見上は落ち着いているように見えるが、内心では常ならぬほど荒れ狂っていてもおかしくはない。

「なら明日香も脱出派だな。桜花を探すにしたって、ここから出ないことには始まらないだろ」

「ですねー。けど、戦力には数えないでください。一応狩猟の経験はありますが、遠距離狙撃しか出来ませんから」

「そこは承知してます。纏ヶ丘先輩は俺たちの後ろで控えていてください」

「わかりました」

 オレとハリスに軽く頷き、再び明日香は単へ向き直る。

「と、いうわけです。単さんは――――」


 ―――― バガン!


 突然響き渡ったのは、大音。

 それは、そう。

 ちょうど、銃声と同じような。

「! 今の………」

 緊迫した表情で、ハリスが廊下のほうへと目をやる。

「銃声………それに、もしかしたらありゃあ、ショットガンの……ってことは……」

 オレの脳裏に過ぎるのはキャンプ中の荷物。通所のキャンプ道具の中に混じるにはあまりにも異様に過ぎるその一品の存在。獣に対抗するために礼が持ち込んだそれ。それの名前は――――


「先輩……ってことは、ベネルも!」

 はじかれたようにハリスが窓へと駆け寄り、一息で窓を乗り越え………そのままハリスは窓の向こうへと姿を消した。


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