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ハリス・レイン 蔓山 登山口近く 午後五時二十八分四十秒

 ハリス・レイン 葛山 登山口近く 午後五時二十八分四十秒


「………(あかり)、もうすぐ、登山口だ」

「うん――見え、てる」

 夕闇をたたえた、金色の山道。

 獣道ともいえるような、木々が茂らせた葉によってほぼ完全に上空が覆われている道を照らすのは木漏れ日から零れ落ちる金色の光のみであり、その色合いは美しくはあるもののかなり暗い。季節柄日の落ちる速度が速いためなのか、まだ夕闇の色を見せてからそれほど時間は経っていないはずであるにもかかわらず、その日差しもすでに群青色を見せ始めていた。

「もうちょっと――十分、ぐらいかな?」

 俺の傍らを苦しげに歩く、セミロングの少女、不知火(しらぬい)(あかり)は少し苦しげに言った。背に担った荷物はかなりの大きさで、彼女の体格、ここまでの移動距離を考えるとかなりの無理をしていることが単純に想像できる。

「いや………」

 少し歩調を緩め、俺は、

「もうちょっと、かかりそうだと思うぞ、燈」

 背に担った燈と同等、もしくはそれ以上の荷物を背負いなおしながら軽く後ろを振り返った。

 背後に口を開ける、山という名の異界。

 当然ながらそこに俺たち以外の動くものの気配はなく、薄らぼんやりとした陽光に照らされ、特有のそこ知れなさを前面的に感じさせるそれは、太古から語られた異界の風景そのもの。

 そして、俺たちにとっては――――

「じゃあ、急がないと………先輩も、ベネルも、ユリエも、急がないといけないし…」

 言いながら、燈は更に歩調を速める。もともと少し速めのペースで歩行していたので、もうすでに競歩さながらの速度になっていた。

「おい、待て燈! そんなに急いだら、お前のほうが……」

「だったらハリスはみんな放置しろとでも?」

 疲労をありありとたたえながらも、燈は気丈に反論する。

「そうは言ってない。ただ、お前ここまでにかなり無理してるはずだろ? お前まで体壊したら俺のペースまで落ちて、結果的に多く時間食うことになるんじゃないか?」

「それは――確かに、そうだけど……」

 まだ何か言いたげな表情を浮かべる燈に、畳み掛けるように俺は言う。

「この場で最善なのは、俺たちが無理しないペースで下山して、なるだけ早く救助を呼ぶこと。俺たちの荷物の中にロープはなかったし、それにあれだけ大きな地震なんだ。救助も、間違いなく動いてるよ」

「………………」

 納得したのかしていないのか、燈は微妙な表情を浮かべ、しかしきっちりと元よりも少しだけ遅めのペースまで歩調を緩めた。

「……わかった」

 それだけ呟き、俺から表情が見えないようにうつむく。

 ………まったく、都合が悪いといつも――――

 と、思いかけたが一時間ほど前に起こった出来事を考えればしょうがないことなのかもしれない。

 そう、あれは日常というものを崩壊させるに足りうる、いやむしろ十分すぎる要素だった。

 少人数クラス、その全員でのキャンプ。当然移動する人数も荷物も量が多くなり、結果ワゴン車一台では収まりきらず、二台に分かれて移動したのだ。

 そして全部の荷物を積み、行きと同様前後二台の車に分かれて搭乗し、帰り道。全道程二時間ほどの移動となり、そしてその道程を九割がた消化した、そのとき、


 地震が、起こったのだ。


 それほど狭くもない、きっちりと舗装された山道での、出来事だった。

 いきなり大地がかなりの勢いで振動を始め、もともとかなりの速度が出ていたこともあり、俺たちの乗っていた後方車両は崖に激突。そして前方車両は地震の中でもそのまま走り続け、そして俺たちの視界から外れたその時に、

 俺たちと、前方車両の間をふさぐように、土砂崩れが起きたのだ。

 幸いにして土砂崩れの幅は狭く、その土砂の流れは舗装された道路と、その下を少し崩した程度で済んだ。

 が、これらの出来事が重なり車は完全に使用不能となり、そして前方車両とは連絡手段が喪失し、俺たち後方車両組は徒歩での下山を余儀なくされた。

 唯一の救いは、全員が無傷であったことだろう。

 運転手である先輩、一年年上のクラスメイト、俺の親友、燈、俺、親友の幼馴染、全員で使えそうな荷物を分担し、下山を始めた。

 道程的に短くなる登山道に入ったのは、それからしばらくのこと。

 そしてそのまま無舗装の獣道を歩き続け、そして崖の脇を通ったときに、

 余震が、起こった。

 それだけなら、まだ良かった。

 が、先ほどのゆれで地盤が緩んでいたのか、それとも元からゆるかったのか、とにかく俺たちの歩いていた道はその急激な振動に耐え切れず、結果道という形を保ちきれずに………


 先頭を歩いていた俺と燈を除く全員を、その崖の下に飲み込んだのだ。


 斜面を滑り落ちるように、四人が落下した。

 気心の知れた、仲間たちが。

 つい先程まで自分たちと共に語り合い、この先を案じ、そしてその前は同じ時間を楽しんでいた、その人物が。


 そして状況は日常から『異常』へと転じた。


 崩落の可能性を感じなかった『日常』から、

 その外側の、崩落の危機にまかれ続けている『異常』へと。

 だからこそ、燈の態度はこの状況下はしょうがないものであり、そしてある意味ではこの場においても冷静さを保ち続けられている俺のほうこそ、別の捕らえ方をすれば『異常』なのだ。

 ………まあ、俺は慣れてるって言うのもあるけどな。

 一瞬脳裏を掠めたのは三年前から今まで、幾度もあったその風景。この山よりも視界の悪い状況、何時何がどう転ぶかもわからない環境、そして手の中にある金属塊特有の重み。

 あの状況に比べれば、

 今のこの状況など、まだぬるいかもしれない。

「………この、先」

「え?」

「ここ降りた先は……どこ行くの?」

 少し考えにふけりすぎたらしい。燈の言葉を噛み砕いて理解するのに、一秒ほどを要する。

 そして一秒の後、ようやく回答へ行き着いて、

「……学校だ。あそこならここからも近いし、それに有事のときの避難所にもなってるはずだから、救助の要請もしやすいはず」

「でも、そこに居なかったら?」

「市街地なら携帯電話の範囲圏内だし、基地局のアンテナがやられてたとしても探せば確実に一人はいるだろ」

 俺たちの通っている学校はインターナショナルスクールで、この島には日米両国の機関が存在している。おそらく設備的に充実している日本の救助隊があちこち動き、施設内の救助、および負傷者の手当てには、必要物資の保有量が多い米国側が当たるはず。

 なら、米国側を捕まえることが出来れば、それでいいはずだ。

「………とりあえず、救助捕まえた後は前方車両組と合流するぞ。あっちには(のぞむ)(たつ)()(ひとえ)もいるし、それにあいつらのことだから、学校にいると見て間違いない」

 その言葉に燈はうなずき、

「………うん、わかった」

 言ってから背に担った荷物を背負いなおす。

 登山口まで、あと少し。

 とにかく、学校より後のことはそれから考えよう。


 少なくとも、その時はそう思っていた。


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