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津村 隔  国際学校 校門前 午後六時五十二分


 ―――― ドンッ!


「っ、?」

 突然響いた轟音、左方向へ散る湿った音。夜寸前の夕闇の中、背後へ視線を回せばそこには頭部を失い倒れていく『奴ら』。

「ちっ」

「ひっ……」

 舌打ちひとつ。倒れる『奴ら』を体を硬直させた久敷さんの腕を取って後ろへ、校門の方へと駆け出す。

「あ、隔……、ちょっと――――さっきの、死んで…?」

 震える声音で言いながらも半ば引きずられるようにして走る久敷さんに振り返らず、そのまま前へと走り続ける。

「ご心配なく。殺すまでもなく、一回死んでるでしょう」

「っ! それって……」

 握り締めるちいさな手に力が篭る。しかたないだろう。

 現在地は国際学校の敷地正面部分一番端。右手には延々とレンガ造りの塀が連なり、左手には見栄えよく飾り付けられたこの学校の正面部分が見えている。右手の塀を越えればそこはすぐに市街地はずれ、町中へ出ることができる。

 が、塀の高さ。これはどうともしがたい。目算でおよそ三メートル、小柄な自分ひとりだけではまず登れず、塀近くには上れるような木もオブジェもない。

 もしこれで、今自分と行動をともにしているのがどこかの軍隊のような挙動を身に着けているベネルやハリス、単純に運動能力で秀でている雨令さんや二坂さんなら話は違っただろう。

 しかし現状、自分の隣にいるのは運動能力ではもっとも劣り、所有する特異点も現状に適さないものでしかない、久敷さんだ。塀を越えるのはまず無理、となると正攻法で抜ける以外に方法はないのだが、

 ………『奴ら』が、多すぎますね。

 足音に反応してふらふらと接近してきているのが二体、ちらりと目をやった背後から、先程転がしたもの以外に三体、前方、進路を塞ぐようにして四体。合計……九体だ。

 九体。二桁の寸前。普段であればそれほど『多い』と認識することのないその数でも、現状においては随分と多く感じる。囲まれれば終わり、噛まれれば終わり。でも掴まれるぐらいなら、なんとかなる。そんな現状でこの数は少しばかり……重い。

 ………だけど、学校から出るには……

 もう、ここを突破するしか、ない!

「久敷さん、いったん離します! 一人でどうにかしてください!」

「え? えぇ? そんなこと、いきなり言われても……」

 言う間に握り締めていた手を放し、道を塞ぐ四体の『奴ら』へと猛進、そのうちの一体へと肉薄する。

 伸ばされる腕、肩を掴もうとしている、開かれた口――奥歯が銀歯。左足のバランスが悪い、転がすには最適、服が全体的に汚れている、ということは囲まれて押し倒されて噛まれた、だろう。不運なことだ。

 そんなとりとめもないことを一瞬の間に思考し判断しながら伸ばされた腕を掴み、

「っ、せい」

 やや間は抜けるものの音量を絞った気合と同時に、投げ飛ばした。

 ちらりと背後を一瞥。腕を伸ばす三体、まだ届かない。首の肉がえぐれた奴がいる。牙痕が三箇所、あれなら楽に――

 折れる。

「ぶいえおり………」

 ごきんっ。と。

 投げ飛ばした『奴ら』の顎に足を当てたまま全力で腕を引き、首をへし折った。

「ひっ……」

 悲鳴を上げかける久敷さん。でも寸前で手が跳ね上がっている。悲鳴は抑えるつもりらしい。懸命だ。背後を一瞥、するとそこにすでに顔めがけて伸ばされた手が――――


 ―――― ッッッ!


 遠くからの銃声は奇妙にくぐもる。

 その音の響きとほぼ同時に眼前の手のひらの向こうの『奴ら』二体の頭部が弾け、血と肉と脳漿と……他にわけのわからないものが混ざった得体の知れない塊が顔面めがけて数滴飛んできて、

 そしてその飛んできた飛沫を、眼前の手のひらをわずかにずらして振り払った。

 その挙動のままぐるりと身を回し、かかとを用いた後ろ回し蹴りを『奴ら』の顎へ。

 べきっ、と生々しい感触が足に残る。そのまま振りぬき、背後の久敷さんの方へと向き直って、

 ―――― べちゃり

 頭のはぜた二体が、飛び散った血溜りの中へ倒れた。

 四体討伐、これまでに要した時間――わずかに四秒足らず。

 その間に、僕自身は連中一体一体の死因、特徴、弱点すべてが、見えていた。

 ………わかってても、気持ち悪いですね――こういうの相手だと。

 便利なのはわかる。この場に適しているのはわかる。

 それでも、むき出しになった筋肉や損壊した人体の箇所などはなるべくなら見たくはない。

 特異点《動体視力・反射神経》。昨年まで在籍していたメルヘンチックな先輩は『超加速(オーバー・スピード)』などと呼んでいたか。それは文字通り、拳銃が眉間に向かって撃たれた後でも、見えてさえいれば回避を可能にするほどの反射神経、動体視力を意味する。

 それ故に『奴ら』の動きなど止まっているに等しく、動きのわずかな差異はそのまま違和感として脳に残る。また身に着けた武術は的確に隙をついた挙動を可能にし、先程のような不注意がない限り危機的状況に陥ることはまずない。

 だけど……

「はぁっ……はぁっ……」

 大きく乱れた息を整えるため、一度足を止めて息を整える。

 さっきの銃声のせいか、はたまたこちらが動きを止めているせいか、『奴ら』はこちらに近寄る様子はない。が、それでも自分たちが音を立てているのは事実で、遠からず連中はこちらを獲物と認識するだろう。

 その前に、動かねばなるまい。

 そう思い直し、乱れた息を強引に整えて久敷さんへ手を差し伸べる。

「……、行き、ましょう……」

「う、うん――――」

 恐る恐る、と言った様子で差し伸べられた手をとる久敷さん。

 そのまま握り締め、死体を乗り越えて前へと進む。

「あ、ああわわあわわ――――」

 身を小さく縮こませながらもあとに続き、先程より遙かにゆっくりとしたペースで走り出した。

 超加速、その欠点は身体能力の酷使である。

 この特異点を有する僕にとって、『視認できる世界の速度』と『実際に動かせる速度』は統合ではない。とてつもない高速で情報を処理する脳、その速度は錯覚ではなく実際に世界をゆっくりに見せるほど素早く、そしてそれを認識しながら動かす肉体にも同じような速度での行動を反射神経で強要するのだ。

 それはつまり、身体機能の限界を要求することに他ならない。

 単純に視界だけを用いる場合ならまだしも、『奴ら』を相手にするときのような、高速で認識する視界に強引にあわせた挙動を連続してとらされる場合にはこの欠点は、致命傷となりうる。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、っ」

 筋肉が重い、心臓が気持ち悪い。走っているはずのその速度はいつの間にか歩く程度にまで落ち、それでも酷使に耐えかねた肉体はその場にへたり込みそうになる。

 見える範囲に『奴ら』がいないこと、どこからかは知らないが、援護射撃を行ってくれている者がいることが幸いか。背後からの『奴ら』もよほど油断しない限りは大丈夫な範囲まで引き離したため、当面は歩きでも、大丈夫そうではある。

「……すみません、久敷さん――――。学校から出たら、しばらく休めるところへ…向かいます」

「うん――――でも、どこへ……?」

 どこへ、その問いに濁った頭を働かせる。必要なのは水と食料、それと安全な場所で最悪夜明かしも可能なところ。贅沢を言えば武器も手に入るところがいい。この島で、人のいないであろう辺りで、近場でそれが望めそうなところといえば……

「………神社――まで。いきましょう」

 あそこなら手水場の水もある、社務所を漁れば明かりもある。食料はわからないが、少なくともあそこなら人手ごった返していることはないはずだ。

「校門をでて、十五分ほどです。あそこなら安全でしょう」

「え、でも他の人が……」

「先輩たちなら大丈夫でしょう。自分のことは自分でどうにかできる人たちです。もしかすると、もう全体のことを考えて行動している人もいるかもしれません」

 行動をとるとしたら纏ヶ丘さんか二坂さんあたりだろう。あの二人なら、自分より他人のことを優先してもおかしくなさそうだ。

 ジョギング程度の歩調、校門が目に入る。

 ………それから、多少の無理は承知でも市街地を抜けそうなのは……

 そのままの歩調で、ほとんど警戒することなく、

 ………やっぱり、あの二人、かな。

 校門から、外へ出た。


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