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雨令 礼 国際学校 寮 午後六時五十分二十二秒

    × × × ×


 ―――― ガンッ!


 手の中で振動する散弾銃、力の抜ける足首にしがみついた手。

 振り払うように右足を全力で振り回し、足首にまとわり付くその感触を振りほどく。縁をつかんだ左手に全力で力をこめ、投げ出すようにして右腕を上に、全力で体を引き上げる。

「……ッ、」

 と、左足、さらにつかまれる感触がある。が、姿勢の問題なのか先程よりも遥かに弱い。意に介することなく、両腕で体を上へと引き上げ、ふちに腰掛けて足元を見下ろす。

 眼下、ベランダから左足を握り締める一体の『奴ら』。明るい色の茶髪は血に汚れ、着飾った衣服は肝と得体の知れない物体で汚れ、化粧された顔は食欲と血液に汚れ、理性は本能によって汚されている。気持ち悪い、と素直に思う。これが人間か。

「………Don`t touch me……」

 言いながら右手の銃を『奴ら』の顔面に向け、

「Son of a bitch!」

 発砲した。


 ―――― ガンッ!


 びくりっ、と足元をつかむ腕が痙攣した。炸裂する頭部、なくなる顔面。びちゃりと湿った音と共に頭であったものがベランダへ飛び散り、『奴ら』の体から力が抜けた。

 スライドを引き排莢すると同時、脚をつかむ腕を振りほどいて上へと脚を引き上げる。

「………ふん」

 面倒なことになってきた。

 ここへ到着するまでおよそ三十分、その間出くわさなかった付けが回ってきたのか、さっきからやけに『奴ら』との遭遇が多い。それはすなわちこの建物の中にいた人間が多かった、ということで、つまるところこの事態が発生した時間は夕方以降、ということになる。

 ………まあ、それがわかったところでどうにもならないんだがな。

 内心で嘆息し、部屋から持ち出したウェストポーチから取り出した散弾を下から装填する。

 装填する銃はレミントン、ではない。

 イサカM37、ライオットショットガン。

 先程自室へよった際に回収した、レミントン以外に俺の所有している散弾銃である。別に携帯性を考えれば以前からの銃のほうが優秀ではあったのだが、ソウドオフしたあの銃は散弾が大きく広がってしまう。この場所で夜を明かすには、不利だ。

「………しかし正解――と」

 わずかに身を乗り出し、階下を覗く。

 ベランダ、そう呼ぶにふさわしい狭いスペースには二体の頭部を失った『奴ら』の死体、と繰言を繰り返しながら徘徊する、「生きている『奴ら』」が六体ほど。三人も入れば動くことが困難になるほどの閉所、しかしそこには先程の銃声に引かれてやってきた『奴ら』が犇いており、その様相は……異様だ。

 だが、連中は犇くことはあっても、俺に目を向けることはあっても、決してここまで上ってくることはない。

 ………やはり低脳、か。

 となると、ここで救助を待つ、という選択肢も、有りかもしれない。

 俺たちの通うインターナショナルスクール、その寮の屋根の上。

 そこが、目をつけた安全地帯。

 扉をぶち破ることができたとしても、『奴ら』は基本的に安定した挙動が不可能なのだ。ならば上る際にベランダの柵に登り、バランスをとる必要があるここは安全地帯となりうる。もしそんな個体が現れたとしても、屋根の上はひたすらに平坦で、しかも音を気にする必要がない。

 上ってくる『奴ら』が皆無に等しく、

 上ってきたとしても、すぐに射殺できる。

 しかもその銃声は周囲にとって誘導標識のように響き渡り、他の人間の安全を確保することにも繋がるだろう。そういった面で言えば、ここは理想的な安全地帯だ。

 ………それに、こいつも手にはいった…

 ベルトに手挟んだ、一本の重み。

 日本の実家にいたときからの愛用品であり、武器としては銃よりも馴染み深い、用途から考えても実用性に富み、この環境下にも理想的な形で適応する近接武器であるそれは、一本の日本刀。

 脇差、と表現される長さのそれの柄を、弄ぶように握り締めた。

 食料は共用部分の冷蔵庫に依存するため回収はできなかったが、こいつが回収できたのは大きい。散弾銃では無用な音が響き、また弾丸にも限りがある。打撃するにも取り回しは悪く、何より連続的な攻撃にはとことんまで不向きだ。

 その点、脇差であれば音は立たず、閉所でのとり回しにも向き、弾丸を必要とせず自分の腕なら一撃必殺を可能とする。複数対への対応も自信があり、例えそれが連続的になろうとも変わりない。

 日本刀は芸術品であり、長きに渡る歴史が到達させた最強の近接武器であり、銃器に勝るとも劣らない殺害数を誇る武器だ。世界中のあらゆる刀剣の中で頂点ともいえる切れ味と丈夫さを持つ。熟練者が使えば無用な音も、無用な油も残さず、使い続けられるはずだ。

 ………最も、使うことになるかとなれば、別問題だがな。

 上ってこれる『奴ら』は極々限られる。仮に上ってきたとしても、今の状況下弾丸を出し惜しみする理由はない。わざわざ噛まれる危険を冒して、近くまでよっていく必要はないだろう。

 ………それにしても、奇妙なことになったものだ。

 銃を抱え込むようにして、右のひざを立て座り込む。

 時計がないので時間はわからない。が、今の季節この地方、日暮れが目前に迫っているのだ。おおよその所午前七時、もうすぐこのあたりは闇に染まる。日常で在れば闇に染まった市街地には人が溢れ返り、逆に寮の中はほとんど住人がいなくなる。

 ………つまり、この状況が始まったのは平日の、夕方。

 休日であれば昼~夕方が無人、平日であれば昼と夜が無人になる。夜も深まれば人も多くなるが、その場合身に纏う衣服が夜間のそれになるはずだ。

 しかし、先ほど階下で見た限り、服装は昼間のそれ。

 つまり、可能性として最も高いのは平日の夕方、彼らは『奴ら』になったという場合である。

 ………だが、何が起こった?

 ウィルス、細菌、突然変異生物。フィクションの世界に描かれているそれら。普段であれば一笑のもとに一蹴する思想ではあるが、この状況ではそれ以外が考えられないのだ。

 あるとすれば前者二つ、人工物が、自然発生か、と考え迷うことなく前者を採択。自然物であれば変異までの中間体といえるものが観測されているはず、多数の天才を、特に生物学に精通する不知火を有するこの学校に情報が来ないわけがない。

 ………だとすると、この島のどこかに施設がある、か……

 ウィルスの開発、ともなれば必要になる施設もかなり大型化する。各種ライフラインに加え専用の隔壁、リアクター、隔離された情報システム、事故対応用の緊急設備その他。流れる資金も莫大になる。

 疑うべきは企業。だがこの島に巨大企業の有する土地、施設はない。

 ………あるいは、島ぐるみか……

 いや、違う。この島は日米両国管理。どちらか片方だけが管理する島ならばその事情もありえたかもしれないが、戦争の火種となりうるようなウィルス開発を両国が共同で行うとは考えにくい。

 だとすると、他に存在する施設は……

 と、そこまで考えて思考を停止する。

 ………わかったところで、どうしようもない。

 自嘲の笑みが浮かんだ。

 そう、事はもう『起こって』しまったのだ。そして俺は、今その起こってしまったことの真っ只中にいる。

 その環境から脱出することすらできていないのに、元凶を考察するなど……馬鹿げている。

 ………まあ、脱出設備程度は用意されているかもしれないが。

 望み薄だ。施設内に存在したなら、すでに研究員が使っているだろう。

 今できることは、わずかにひとつ。

 ここで全員に気を使いつつ、救助を待つこと。あるいは脱出の手段を模索すること、だ。

 ………まずは、夜明けまで待つ。

 そして、

 ………とりあえず、港だ。

 もしかすると、素人である自分にも稼動させられる船舶のひとつもあるかもしれない、もしなかったとしても、灯台の稼動を止めることで緊急事態を連絡できるかもしれない。そう考えると、港はとりあえず目指しておくべきだ。

 ………ん?

 ちらり、と視界の端に光がよぎった。

 立ち上がる。場所は寮の東側、市街地へ続く校門の方角。校内の車道を走るように、ちらちらと光が動いている。

 ………『奴ら』…じゃないな。

 レンガ瓦の屋根の上をゆっくりと、移動する。ライトは点灯させず、足の感触だけを頼りに屋根の端へひざをつく。

 視界の先、半ば暗闇に染まった車道を走る人影が、二つ。低身長、細身、つまり小柄。片方は女性、もう片方は男性。動きと特徴から判断してあの二人は、

「……津村、と久敷か」

 慌てた様子できょろきょろと周囲を見回して走る桜花と、冷静にあたりを見回しながら『奴ら』に追われにくいルートを模索する隔。あべこべなようでいながら連携が取れているのか、周囲にかなりの数の『奴ら』がいる中でかなりの速さで走れている。

 が、それでも数は多すぎる。

 隔は格闘技の名手だ。それも合気道という、相手から掴みかかってくる場合に非常に有効な体術の。しかしそれは『単騎戦』、『対人戦』の条件下での話だ。あれだけの数、しかもすべてが人間ではないとなると、その体術でも対処は仕切れない。

「…………まったく、」

 つぶやき、銃を構える。目算25メートル、九粒散弾でも十分な有効射程範囲だ。

 サイトの向こう、隔が一体の『奴ら』の腕をうまくひねって転倒させる。が、その背後から更なる一体が迫り、転倒させた一体への対処で反応が遅れ、

 つかみ掛かられる、その寸前で、

 引き金を、引き絞った。



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