ベネル・マスタートル 国際学校 一階 午後六時十九分〇〇秒
長々と引っ張るのも変だったので、別視点ちょこっとで投稿です。
………まずいな。
廊下の角から先をうかがい、内心で呟く。
視線の先、校舎の裏手に出られる出口の正面にいるのは…七体ほどの『奴ら』。全身が目玉ありのふらふら挙動、知能はドアを打ち破った一体ほどはないといっていい。が、それでも学校の廊下は狭い。特にそれが裏口付近、普段必要とされることの少ないであろう区画であれば横に並べて三人が限界だ。
それが七人分、それも安定性とは無縁の不安定挙動をとるものたちで、だ。
到底、通る隙間はない。
が、それでもこの先以外に活路はない。
学内、あの教室での一件の直後、俺は由梨絵とともに廊下へ脱出した。
殺到してきたのは教室前方出入り口、後方は一体の『奴ら』も存在せず、また教室内からは丁度いいフレアが響いていたから逃走はとんでもなく容易に成功、廊下を徘徊する『奴ら』を数体やり過ごし、階段を下って――ここまできた。
残るプロセスはこの廊下の末端近く、物置横に存在する校舎裏への出入り口から脱出して安全地帯、もしくはそれを形成するのが容易な場所を目指す。
その場所に当たりは――ある。
が、そこまで到達するためにはまず校舎からの脱出が必要で、そして校舎からの脱出を妨げる最大の壁が………
「…………くそっ」
小声で毒づき、ちらりと背後に目線をやる。
俺の背後、後方を警戒するようにうかがう由梨絵がいる。
手元に武器は、ない。咄嗟に持ち出し損ねたらしく、持っているのはライトとアーミーナイフが一本のみ。また本人も体格的に恵まれておらず、落下のダメージも……多少はあるだろう。
「……………」
おそらく肋骨が二本。それに加えて、手首に若干の傷み。
表情には表れず訴える言葉もないが、わずかな動作が著実に告げる。箇所は肋骨、手首ともに左側。両利きの由梨絵から見れば大したダメージではないのかもしれないが、それでも逃走時に無茶はさせられない。
………なら、いっそのこと…
手の中のリボルバーを握り締める。
残弾数四発、口径は38、命中精度は折り紙つき。この距離であればまず間違いなくはずさない。一撃必殺、ヘッドショットだ。
が、この状況。弾丸の補給が望めず、どれだけ必要になるかもわからない状況下で、しかもまだ目標地点に向かう工程が始まってすらいないにもかかわらず、現在所有する弾丸のほぼ全てを撃ちつくすというのは――あまりにも、愚作極まりない。
………だけど、
そうでもしなければ、この状況から脱出するのは不可能といっていいだろう。だが打ちつくしてしまった場合、この先どうやって身を守ればいい? どうやって目標まで到着すればいい?
この場における最善は………
………銃弾、四発。一挺分残して、あとは強行突破。
「………由梨絵」
小柄とはいえ由梨絵もあの環境で育った身、ついでに言えば鉈切さんからのレクチャーもちゃんと受けたし、単純な格闘程度ならこなせないはずはない。
多少無茶かもしれない、もしかすると噛まれるやも知れない。
それでもこの場からの脱出には必要だ。
拳銃を握り締め、背後を振り返る。
「……突破?」
小鳥の一鳴きを思わせる返答。
「………ああ。四発撃って、強行突破する」
劇鉄を起こし、
「いけるな?」
その問いかけに、小さく由梨絵はうなずいた。
「よし――――」
呟き、意識を警戒から戦闘へと移行、過去数年間味わい続けたあの感覚の中に再び身を起こす。五感全てが鋭敏となり、思考全てが加速し、世界がスローモーションになったかのような錯覚を得る。
その感触の中、通路から顔を――――
―――― ォー………ン
「?」
「………?」
思わず顔を見合わせ、怪訝な表情を浮かべる。
何だ、この音は。いや、疑問に思うまでもない、ただ失念していただけだ、答えはすでにここにある。あの音はモーター駆動によって昇降する移動装置、災害時に使用することがそのまま愚策に直結する装置であるところの、エレベーターの駆動音だ。
この状況下、仲間内でエレベーターを使うものはまずいないはず。確かに三階から一階まで一気に移動はできるが、その先に何があるのかがまったくわからず、また移動時にかなりの音が立つ。『奴ら』に所在を教えるようなものだ、普通に考えれば、まず使わない。
そう思ううちにエレベーターの駆動音は接近する。距離的に考えて、二階から一階へと移動。
――― ……ポーン
少し遠く、廊下を曲がった先でエレベーターの到着音。
そして訪れたのは、無音だった。
………なぜ?
エレベーターの駆動、それはすなわち内部に人の存在が在ることを暗示する。操作盤は内側、ゆえに操作のためには誰かが中にいる必要がある。なのに中にいない、ということは中にいては都合が悪かった、ということになる。都合の悪いもの、つまり危険かそれに準じる状態になる、今現在の校舎の事情、全員の所持品、そして発想。この状況下、望なら、隔なら、礼先輩なら、燈なら、桜花先輩なら、ハリスなら、どうするのか。
「………っ!」
そして、閃いた。
「由梨絵……」
「ん」
小さな由梨絵の手を握り、無音、かつ急ぎ足でその場から離れる廊下の曲がり角を後退し、降りてきた階段の裏まで移動、壁に面した状態で座り込んで死角に身を潜め……待つ。
一、二、三、四………
そして、五秒目。
―――― ピピピピピピピピピピピ!
校舎内に突如、電子音が響き渡った。