異世界の召喚陣が現れても気軽に入ってはいけない
「興味深い。ルーンの3文字目を変えるとこうなるのか。・・・おい、片付けておけ。」
豪奢なローブを着た怜悧な目の男が吐き捨てるように兵士に指示を飛ばし部屋から出ていく。
部屋の中央に広がる大量のルーン文字を刻んだ魔方陣、中央にはうごめくゲル状の肉塊がぽっかり空いた口らしき部分から声なき叫びをもらす。
「はーあ、また失敗か。やってらんねぇぜ。」
「あっ、あの、先輩、これって、何でしょう?」
やさぐれたため息を漏らす痩せぎすの兵士に、青年になったばかりのまだあどけなさを残した兵士が尋ねる。
「あ?ああ、そういや前のやつはここを辞めて殉職したんだっけな。よろしくな、新入り。」
「よろしくお願いします、先輩。でも、前任の人は病気で退職したって・・・。」
「バッカだなー、こんな仕事やって円満に退職できるわきゃねーだろうよ。病気って心の病な。そして今ごろ暗部に消されて墓の下ってやつさ。」
「えっ?」
「は?おめぇ何も聞かずにこの仕事に来たの?ぶひゃはは、お気の毒様っ。」
腹を抱えて笑う痩せぎすの兵士に若い兵士は困惑の表情を浮かべた。
「さっきから見てただろ、宮廷魔術師様の召喚をよぉ。で、ここにビクビク動いてる肉塊が呼び出された勇者様などなどってワケ。」
痩せぎすの兵士は手に持ったショベルを肉塊に振り下ろし、肉塊はひときわ大きくビクンと震えるとその動きを止める。
「おら、ボサっとしてねえで樽とショベルもって来いよ。お前も手伝え。」
はじかれたように動き出す若い兵士、肉塊はショベルですくわれて樽を満たしてゆく。
「にしても、異世界のやつってバカなのかねー。安全も確認せずに自分から次元のひずみに飛び込むんだぜ?完成された召喚魔法ならともかく、こんな実験のためだけの失敗魔法によ。そんでうまく世界の壁を越えられずに肉体がグシャリ。称号だけは勇者だったり聖女な肉塊ちゃんの出来上がりって寸法だ。」
えずきながら樽に肉塊を放り込む若い兵士に痩せぎすの兵士はにやにやとした笑いを浮かべる。
「この前なんか最高だったぜ、半分も人間の形のこってんの。溶けかけた上半身だけの女が助けて、助けてってすすり泣いてな・・・そうそう、それを処理してから前のやつがおかしくなったんだった。何をしてても女の声が耳から離れないってよ。」
人間一人分の重さの肉塊が樽に詰め込まれ、兵士二人でそれを担ぐ。若い兵士は蒼白になり細かい息を吐くだけでもう何も話さない。
「うわ、くっせぇ。おい、吐くんじゃねえぞ片付けが面倒だ。・・・でよぉ、何人も何人も勇者だの剣聖だのぶっ殺すだろ、不穏な称号はつくが能力だけはめきめき上がるんだな、これが。この仕事勤め上げれば暗部の騎士爵相当の地位がもらえるらしいぜ。」
樽は地下通路を通って王城の下水へと運ばれる。
「よし、降ろせ。あとはこいつを下水にブチまけばネズミやブロブの腹ん中ってわけだ。簡単だろ?」
「先輩、もし完全な形で勇者様が召喚されたら僕らどうなるんですか?」
「決まってんだろ、いかにも忠実でなんも知らない兵士ですって顔で宮廷魔術師様の後ろで敬礼するのさ。あとは第三王子か第六王女が篭絡してくれる。」
「第三王子ってあの・・・。」
「そ、継承権がない庶子扱いでいつの間にか王宮に居た、やたらと顔がいいあの王子様と王女様だよぉ。完全な形で召喚されたのが男なら王女、女なら王子があなたは人類の救世主ですーっつて持ち上げ、あらゆる手段でこちらに引き込むんだと。」
「それって・・・。」
「おう、いわゆるハニーなトラップだな。まあ、今の実験段階じゃあ当分先のことだろうよ。ああ、クッソ気分悪りぃ。飲み行くぞ、付き合え。」
痩せぎすな兵士は逃げられないよう若い兵士の首に腕を回すと、ぐいぐいと夜の街に繰り出していった。
彼らは知らない。
何千と行われた実験の産物の一部がまだかろうじて生きていたことを。
勇者、魔導士、聖女・・・きらびやかな称号だけを持ち知性すら消え去った無数の肉塊が、ネズミやブロブを逆に吸収し下水の中で少しずつ成長していることを。
たぶん下水の肉塊ちゃんは3匹くらいが生きのこって「はやく人間になりたーい」とか言い出すかも。




