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勝手な行動控えめに

「お嬢様とお茶を一緒にするのは初めてでございますね」


他に連れてこられた麗しい執事達も困惑しながら主の隣に腰を下ろしていく。

揃えられている給仕専用の人達が紅茶を運んで来るのだが、皆一様に戸惑いを隠せない。

それも当たり前かな。

自分達と同じ平民の侍従達が貴族の主達と同じテーブルに着いているのだ。

チラチラ見るだけで非難も無駄口も漏らさない辺り、とても出来た給仕達だ。


「そうね」


当たり前の事を嬉しそうに言わないでほしい。

周りの執事達は恐縮しているのにローニは何もかもすんなり受け入れてこの場に溶け込んでいる。

私よりも優雅にお茶を楽しんでいるように思う。


「ローニは甘いものはお好きかしら?こちらの焼き菓子はアタクシが取り寄せましてよ」


ローニの隣に座るご令嬢が自分の執事そっちのけでローニの方へ体を向ける。

満面の笑みを浮かべて出てきた焼き菓子を1つ摘まんでローニの口許へと差し出す。

それは礼儀という前に人としてどうだろう。

いきなり目の前に出された食べ物を食べろというのは気心が知れた仲でも稀ではないか。

そうは思っていても口には出せない小心者の私。


「さあ、食べてくださいな」


断られるのを微塵も考えていないそんな強気な行動でも、ローニにとって空気だった。

それはそれはものの見事にスルーしただけでなく、令嬢が持っていたのと同じ焼き菓子を自分で摘まみにこやかに私へ近付けてきた。


「ミルティス様、こちらの焼き菓子がとても美味しいそうですよ。さあどうぞ」


「え…」


「え…」


焼き菓子をローニに差し出していた令嬢と声が被ってしまった。


「このお茶会ではこうやって食べさせ合うのが決まりのようです」


しかもそんな事まで言ってきた。

そして中々口を開けない私の顎を優しく掴んで顔を近付けてくる。

周りで悲鳴がこだまする。


「さぁ、口を開けて下さい。それとも口移しの方が宜しいですか?」


色気を存分に放出しながら間近で見るローニの顔に悲鳴の代わりに鼻血が出そう。


「じ、自分で食べれっモゴッ!」


顔から湯気が出てきそうな私が声を上げると、その瞬間を見逃さずローニは持っていた焼き菓子を突っ込んできた。

甘くてほんのり香ばしく確かに美味しい。

サクサクサクと咀嚼すると鼻から抜ける香りに惚けてしまう。


「お口に合ったようでなによりです」


私が感想を述べるよりも先に表情から読み取る。

それはローニの特技であるがとても恥ずかしいと声を大にして言いたい。

私の表情を読んでると言うことは私の気持ちも知っているのではないかと心配で顔を見せたくなくなる。


「ローニはこちらの方が良いのではないかしら」


今度は別のご令嬢が果敢にもローニの前にワインが入ったグラスを置いた。


「ミルティス様はまだお酒を召し上がった事がございません」


「あなたによ」


「その時が来たらミルティス様と頂こうと思います」


「わ、私に遠慮なんかしないで!」


ここまで来ると流石に敵が増幅しそうな空気にご令嬢の後押しをする。

お酒に酔ったローニが見たい等という不埒な動機では決してない。はず。


「いえ、私は禁酒している最中なのです。自分の決めた目標が達成された暁にはミルティス様、一緒に飲んで下さいますか?」


「あ、うん」


このお茶会が始まってからやけに距離が近い。

体の一部にローニの手が触れている状態で私の胸はドキドキと煩く鳴り続けている。

そんな状態の私に極上の笑みを浮かべたローニが更に顔を近付けて来たら、頷くこと以外出来ない。

呼吸困難になりそうです。


「というわけで、どうぞそちらの彼に飲ませて上げてください」


ローニの視線の先にはワインを差し出したご令嬢の連れた執事。

歳は私と差して変わらなそうな若い男性だが、とても羨ましそうにワインを見ていた。

表情を読める特技を持っていない私でも分かる位の態度に少し和んで笑ってしまう。


「ふふ、ローニは飲めないようだから貴方が飲むと良いわ」


「ミルティス様」


「ごめんなさい。いらないと思ったからつい…」


余りにも物欲しそうな彼にワインを差し出すと、眉間に皺を寄せたローニに取り上げられてしまった。

貰ったローニではなく私が渡すのは筋違いだったと反省する。

私が素直に謝罪するとローニは席を立ってワインを彼に渡し、戻ってきて私に手を差し出した。


「?」


「今日はとてもお疲れのご様子なのでこの辺でお暇致しましょう」


「え!?まだ誰ともお話してないわ!」


「お顔の色が優れません。また後日改めてお茶会に参加された方が良いと思います」


確かにここに来てからドキドキハラハラ心臓のお休みがない。

そのせいで疲れているのは確かだ。

でも顔色まで変わる程なのかと自分の顔を両手で触れるとその様な気がしてきた。


「そうね…そうするわ」


ローニの手に自分の手を重ねて立ち上がると、周りでは引き留めたい雰囲気満載のご令嬢達の視線が突き刺さった。

そんな視線も今は疲れに変換されて重くのし掛かる。


「マドリーヌ様、今日はお招き頂きありがとうございました。ミルティス様が少し体調が優れないのでこの辺で失礼致します」


とても良く通る耳に心地好い低音ボイスに聞き惚れている間に主催者への挨拶も済み、帰宅準備されていた我が家の馬車に乗っていた。

目の前にはいつもの笑みではなく少し真顔のローニが外をじっと見つめている。

いつも楽しい話をして笑顔が絶えない馬車の移動は、今日はなぜかとても静かに過ぎていった。

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