小さなデイジー
ショーンが私を愛してくれる理由は何だったのだろう。私には全くわからない。
私はメリックの長い髪に憧れた。先が跳ねたくせっ毛だけど、ショーンが彼の髪を優しく撫でる時、メリックはうっとりと目を閉じる。 メリックはショーンのためなら勇敢に戦い、死をも恐れない。ショーンの誇り高い友人。
彼は時々私をじっと見る。 私はその目に何の感情も見い出せない。
彼は私を嘲笑っているのだろうか。ショーンのために戦うことも歌うこともできない私を。
月のきれいな空、私は見つめ、ショーンが眠ってしまうとそっと家を抜け出した。 何をしたかったかなんて、わからない。 ただここにいてはいけない気がした。
私はショーンのそばを離れたことは、生まれて一度もなかった。 初めて見た外の世界は、私の目を眩ませた。あまりに広い。知らない匂いに不安が込み上げる。
「どこへ行く気だ。」
私は飛び上がり、物陰に隠れた。 暗闇からメリックの姿が抜け出た。私は何も答えず、彼を見つめかえす。
「道に迷い野垂れ死ぬぞ。」
私が震えていると、背後から足音がした。
メリックがそっちを見た。 最初、月が降りてきたのかと思った。丸くて、純白。不思議なひとが立っていた。ふわふわの巻き毛をした、つぶらな目のひと。私のすぐ背後にきて、にっこり笑った。
「こんばんわ。素敵な月夜ね。」
メリックはため息をついた。
「あんたもか、ジェームズの所のお嬢さん。月夜に出歩くものじゃない。早く帰るんだ。」
メリックの声は厳しかった。
「あんたの巻き毛は目立つ。月のように輝くからな。デイジー、お前もだ。」
私にメリックが近づいてくる。
「早く部屋に入れ。道も覚えられないくせに。」
私は駆け出した。草の間に隠れ、巻き毛のひとを振り返った。
「お願い、私を隠して。」
巻き毛のひとは目をぱちっとさせて、頭を低くした。私は巻き毛の中に隠れた。
「デイジー!」
メリックの声がしたけれど、私は黙った。彼には私を見つけられない。動きさえしなければ。
「草の間を通って、いっちゃったわ。」
巻き毛のひとが答えた。
「お嬢さん、よく聞け。デイジーは主人の娘だ。大変なことになるぞ。」
巻き毛のひとはくるりと背中を向けた。
「彼女は好きなところに行く権利があるわ。私だって、ずっとおうちの中しか知らないのは嫌だもの。」
巻き毛の人は歩いて行ってしまった。 私はショーンの姿が見えなくなっても、身を屈めていた。 巻き毛の人は、あちこち歩いた。花を見たり、友達と話したりしながら、月夜の散歩を楽しんだ。私なんかいないみたいに。
「マリー!」
「あらジェームズ。」
黒いメッシュの髪のひとがきた。
「早く帰るんだ! 一体どこから逃げ出したんだ。」
巻き毛の人はしぶしぶ、家に戻った。 そして私をのせたまま、ベッドに横になった。私はずっとそのひとの巻き毛に隠れた。
これからどうするか、どうしたらいいか、さっぱり分からなかったけど、ショーンのために自分が何ができるのか、分かるまで帰りたくなかった。 日が上るにつれて眠くなった。私は巻き毛に埋もれたまま、眠ってしまった。
「おい、お前頭がネズミの巣になってるぜ。」
はっと目を開けて、ここがどこかわかるのにとても時間がかかった。
「デイジーは私の友達よ。今隠してあげてるの。」
私は下を見た。
「おはよう、デイジー。」
にこっと笑って言った。
「お、おはよう。マリー。」
私は周りをよく見た。
マリー以外の巻き毛さんと、おひげの長いおじいさんがいた。 マリーはわたしにキャベツとリンゴを分けてくれた。
「ネズミなんか乗せて歩くんじゃねぇ。こいつら柱かじるわ小麦かじるわロクなことしねぇだろ。」
マリーと同じ巻き毛のひとは、私を見て嫌な顔をした。
「デイジーは柱をかじらないし小麦の袋に穴を開けたりしないわ。ずっと私と一緒にいるもの。」
私はこくりとうなづいた。
「うーん? お前さんネズミとは少し違うの。」
おじいさんが口を動かしながらやってきた。
「尻尾がないぞ。」
「あるわ。」
おじいさんはじぃっと私のお尻を見る。
「ん、これはすまなかった。ちゃんとある。じゃが、ずいぶん小さいの。マリーと同じくらいじゃわい。」
「そうなの? 私も見たいわ。」
マリーが頭を低くしたので、私は水のみ場の上に降りた。
「ほんと、デイジーの尻尾とっても短いわ。昔は長かったの? 」
私は首を横に振った。
「私小さい頃尻尾が長かったの。でもいつのまにかぽろっと落ちてしまったわ。」
「落ちたの? 尻尾が? 痛くなかった? 」
マリーはリンゴをもぐもぐほおばりながら言った。
「ちっとも。ママも大きくなる前にぽろっと落ちてしまったって言ってたわ。でもその方がよかったって。だって、髪の毛がふわふわになると尻尾が重くて動かなくなってしまうもの。そしたら、とっても邪魔だわ。」
私は自分の尻尾を見た。
私の尻尾は短いけれど、マリーみたいに素敵な巻き毛にはならない。長くてもきっと役に立たないから、最初からないのだろう。
ふと、騒がしい声がした。昨日マリーを呼びにきたひと、メッシュのジェームズが走ってきた。
「マリー、昨日君どこを散歩した? 大変だよ。バッグウィルさんの家から脱走したこがいるんだ。」
巻き毛のひとがじっと私を見た。
「メリックも来てる。リンジーが疑われて大変だよ。」
「リンジーが? どうして? 」
「リンジーが殺してしまったんじゃないかって。でもリンジーはそんな子知らないって言ってるんだ。」
私はマリーの頭に乗った。
「マリー、ショーンの所に私を連れて行って。」
マリーは私を頭に乗せると素早く出発した。それから、塀の脆いところをひょいっと越えた。
「あそこから……。」
ジェームズの溜息がぽつりと聞こえた。巻き毛のひとは私達に背中を向けて、食事を続けていた。
「こんなに小さいんだ。背中に一本筋が入って、十字になっている。」
ショーンが説明している。
「あんたの所に猫はいないのか? 犬はどうなんだ? 」
「うちのジェームズは自分より身体の小さいものは襲わないんだ。もし見つけても、何もしやしな……マリー! 」
ショーンと一緒に話している男の人が叫んだので、私はマリーの巻き毛に深く潜り込んだ。
「まったくお前は、なんて困った娘だ! 」
男の人がマリーを掴んだ。
「とにかく、見つけたらもって行くよ。背中に十字のあるやつだな。だが……ショーンじいさん、あまり期待はしないでくれよ。」
男の人が気の毒そうに言う。
「猫はリンジーだけじゃないし、小さな生物を襲う動物は森や山にもわんさかいる。」
ショーンは溜息をついた。
「豆が好きで、もしかしたら干してあるのをかじりに来るかもしれん。見ておいてくれ。」
メリックはじっとマリーを見ていた。私に気付いているのかもしれない。
「町にいった娘がわしにくれた子なんだよ。コルクを回すのが好きで……真夜中になると、カラカラ音をたてながら小屋の中で回すんだ……。ヴィクター、あんたの豆をかじとったら弁償する。見つけたらすぐ知らせてくれ。家をもう一度、探してみる。」
ショーンが肩を落として去っていく。メリックは私を振り返ったけれど、ショーンについて行ってしまった。
私はマリーの背中から降りるとショーンを追いかけた。
「ショーン! 待って。」
メリックが振り返った。ショーンの手を振り切って私に駆け寄った。
私はメリックの黒い鼻にしがみついた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
メリックは、黒い目で瞬きをした。
「分かったか、デイジー。あんたは余計なことを考えず、毎日精一杯生きてりゃ良いんだ。」
ショーンが私を見つけた。私を抱き上げてくれて、顔をくしゃくしゃにさせた。
そのまま私の意識はなくなった。ショーンが何か私に言ったけれど、もう目を開けていられなくなった。
「大丈夫なのか? ぐったりしてるが。」
「なに、今はこの子にとっちゃ真夜中なんだよ。」
ショーンの手の中はとっても気持ちよくて、私はぐっすり眠ってしまった。
月の綺麗な空の下、私はコルクを回しながら外を見た。そよそよと話し声が響いてくる。きっと、マリーがまた月夜の散歩を楽しんでいるんだろう。
私も混ざりたい。でも、ショーンが私の部屋の上に重しをしてしまった。一度出れたけど朝方だったから、ショーンが猟に使う上着のポケットの中が、気持ちよかったから眠ってしまった。私の大好きな落花生がつまっていたのだ。
ここは大好きな匂いばかりで誘惑が多い。もう一度外に出るには、たくさんの誘惑に勝たなくちゃけいない。